勇者の魂を受け継いだ問題児
*本物のクズになる為に*
「べ、別にあんな奴のためなんかじゃ……! って、ちょっとあんた!なに気配消して勝手に帰ろうとしてんの!?」
「……チッ」
センリが立ち止まり、サヤの言葉に舌打ち。
目の前で繰り広げられている茶番を尻目に、さっさと帰ろうと踵を返したセンリだったが、すぐにバレて呼び止められる。
センリはめんどくさそうに振り返ってサヤに問いかけた。
「はぁ……。これ以上、俺になにをしろと?」
ため息混じりにそう訊ねると、サヤが目尻を吊り上げて言ってくる。
「あんたはまだなにもしてないでしょう!? ……まぁ、強いて言うなら今日の態度を改めて、明日から真面目に学院生活を――」
「断る」
「…………」
サヤの言葉を遮って即答するセンリ。
サヤの方もセンリがそう答えるという事が分かっていたとでも言うような表情で、こちらを見据えてきた。
センリが続ける。
「……この生き方は俺のモットーだ。 大体、俺みたいな奴が真面目に生きたところで、損する事はあっても得する事なんてねえんだよ……! それは、今まで17年間生きてて嫌ってほど思い知らされた」
センリのその言葉に、呆れたように目を細めたサヤが言ってくる。
「……ああ、なるほど。つまりあんたも、一度は真面目に生きてた事はあったのね? ……でも、結果が出なかった。そして真面目に生きるのを、やめた。 人生から逃げたのか」
「…………」
サヤにそう言われ、俺は何も言い返す事ができなかった。
その通りだった。
俺だって、友達作りを頑張っていた頃も一応はあった。
だが、そんな事をして得られたものはなんだ?
―――友達?
―――友情?
―――信頼?
ふざけるな。
そんなもの、なんの役にも立たなかった。
友達なんて、たかが人間関係の『称号』。
友情なんて、一時的な気の迷いで出来た『幻想』。
信頼なんて、押し付けがましいだけのただの『依存』でしかないのだ。
そんなものを手に入れる為に貴重な時間をかなり浪費してしまった。
もし可能なら、あの頃に戻って人生をやり直したいと思った事が、今までに何度あった事だろうか。
……だがそんな事をこいつらに話したところで何の意味もない。
センリはサヤたちにもう一度背を向け、この場を立ち去ろうとする。
すると、しつこく背後から声がかかる。
サヤだ。
「あんた……まさか図星指されて、逃げるつもり?」
「…………」
センリは答えない。
「……はぁ……」
背後から、サヤの心底呆れたようなため息が聞こえた。
……ああ、そうだ、これでいい。
手っ取り早く他人を突き放す、いや……他人から突き放される方法を思いついた。
明日から卒業するまでの約2年間。
女一人に好き勝手言われても反論せず、尻尾を巻いて逃げるような腰抜け……。
そして、座学・実技ともに常人以下にも関わらず、努力もせず、競争もしない『本物のクズ』でいく。
「(……それに、こんな光景をアイツに見られ続けるのも癪だしな)」
そう決意したセンリはサヤの言う通り、そのまま逃げるように廃虚街を後にした。
※
「ふぅ……、無駄な時間を使っちまった。 さて、今からどこへ行くかな……?」
時刻は既に19時を回っている。
そんな時間に、センリが賑わう繁華街をぶらつきながらそんな事をため息混じりに言う。
周囲には、ひと。ヒト。人。
360度、人間で囲まれている繁華街を、元引き籠りのセンリが突き進む。
「……はぁ……。 今となっては、あの生活が恋しいな……」
そんな事を、空を見上げながらぼそりと呟くセンリ。
元の世界では、自分は引き籠もりだった。
好きな時に起きて、好きな時に食って、好きな時に遊んで、好きな時に寝る。
毎日、その繰り返し。
そんな暮らしになった切っ掛けは、周り、そしてなにより、自分自身に対してへの嫌悪。
そして、それらを紛らす為に、食って遊んで寝るだけの生活になった。
だがこの世界に来てからは、どうだ?
目を覚ますと、そこは夜の森の中。
昼間になってから森をさ迷い、その果てで、一人の少女を見つける。
自分と似た運命を持って生まれた、唯一の理解者との出逢い。
……そして、その理解者との唐突の別れ―――。
その後すぐ、センリは気を失い……目が覚めたら病院のベッドの上。
そして、世界最強の聖騎士であり、公爵家の長男でもあるユリウスにこの世界の事を聞く。
そこで色々あって、二度と学校へ行かないと決めていた自分だったが、再び学校に通う羽目にまでなった。
だが、そこからが地獄だった。
近くに控える学院生活もそうだが、何よりリリアナによる教育がスパルタ過ぎる。
いくら時間が無いとはいえ、ほんの数日前までぐうたらな生活を送っていて体が鈍りきっていたセンリにとっては、地獄そのものだった。
国語や数学など、普通科目は問題ない。
そして最初は苦戦した魔法学も、仕組みさえ理解してしまえばそれほど難しいものではなかった。
だが、センリが一番苦戦したのは、肉体・武器・魔法を用いた戦闘術。
その時のセンリの課題は、二つだ。
―――鈍りきった体を戻す事。
―――今まで体験した事のない戦い方を身に付ける事。
鈍った体を戻すだけならばともかく、『魔法』という概念のない世界で育ったセンリにとって、それを応用した戦い方を身に付けるという事は、決して簡単な事ではない。
だが、リリアナのスパルタ教育のお蔭もあって、たった一週間という短い期間で基本的な魔法の知識と、それを応用した戦い方をこの頭と体に叩き込んだ。
そして、そんな生活に一週間耐え、今に至るのだが……。
「……いい加減にしろよ、お前!」
ついに我慢の限界値を迎えたセンリが、人通りの少ない路地裏に入ってから、『背後の気配』に向けて大声で怒鳴り散らした。
「…………」
すると、路地裏の物陰からひょっこりと湧いてきた黒髪の少女。
センリの監視役であり。
センリの師であり。
センリがこの世界に来て初めて会った人間でもある少女。
―――リリアナ・クリシュトフ。
彼女の目は眠そうに細められ、世の中の出来事全てに興味が無さそうな漆色の瞳でこちらを見上げてくる。
そんなリリアナを睨み付け、センリは低く冷たい声で問いかける。
「……さっきから黙ってりゃ、好き勝手に人の周りをちょこまかと……! 監視役ってのは、対象者を執拗につけ回すストーカーか何かか?」
センリの問いかけに、リリアナが相変わらずの無表情で応じてくる。
「はっ。面白くもない冗談言わないでください。 私も好きで貴方をストーキングしている訳ではありません」
「…………」
ストーキングしていたという事を自分から認めやがった。
どうやら彼女にも、一応、自覚はあったようだ。
センリが本題に入る。
「……で? 今回は俺に何の用だ?」
「……別に。ただの監視ですよ」
「…………」
―――ただの監視。
それは、言葉としてどうなのだろう。
もちろん意味的なものではなく、常識的なものとして。
「……それにしても、先程は随分と楽しそうでしたね?」
リリアナがそんな事を言ってきた。
それにセンリが肩を竦めて、リリアナに問いかける。
「……アレが、お前の目には楽しそうに見えたのか?」
俺がリリアナの立場から見れば、かなりシリアスな場面だったと思うのだが……。
すると珍しくリリアナの表情が綻び、微笑みながらこんな事を言ってきた。
「ええ、とっても楽しかったです! ……前々から思っていたのですが、もしかしたら貴方には、心の底からヒトを嗤わせる才能があるのかもしれませんよ?」
「――それ!ただのお前の感想じゃねーか!!」
どうやら彼女が見せた笑顔は『微笑み』ではなく『嘲り』だったようだ。
しかし、リリアナはセンリの突っ込みを無視。
いつもの無表情に戻って、言った。
「……そうそう。貴方に言い忘れていた事があるんです」
「……俺に言い忘れていた事?」
「ええ。 あれから一週間、寝る場所に困りませんでしたか?」
そして、思い出す。
今まで自分がどんな所に寝ていたのか。
「ああ、そうだ! 聞いてくれよ!俺、今日まで一週間野宿だったんだ! ……正式に学院に通うようになったら、宿泊場所を提供してくれるのかと思ったら、ユリウスは定例会とやらで今日いねーし! しょうがねえから、あいつが帰るまでの辛抱だと思って今日も――ってお前、今なんつった?」
今日までの一週間分の愚痴をリリアナに零した時、ふと嫌な予感がしてもう一度言うよう、促す。
すると、
「……言い忘れていた事があります」
「…………。 で?言い忘れていた事って……?」
「ユリウス様からステータスプレートは貰いましたよね? ……えーと、以前、私が遊んだ……この帝国で生活していく為には必要不可欠である、貴方の命の次に大事なあのカードですよ」
「…………」
大切な物だという事は分かっていたが、改めて聞くとあのカードって、それほど大事な物だったんだな。
つーか、命の次に大事な物をこいつのおもちゃにされたんだな、俺……。
そして、センリが胸ポケットからステータスプレートを取り出す。
「……これが、なんだって?」
「そのステータスプレート、実はこの学院の寮の個室の鍵でもあるんです」
「……えーと、つまり……どういう事?」
理解できない。
いや、理解はしたが、理解したくないという俺の本音が面に出た末、首を傾げて「……どういう事?」とリリアナに訊ねるという結果になったのである。
そして、リリアナが斜め上の方向を見ながら、言ってきた。
「そうですね。つまり……貴方は編入手続きを終え、ステータスプレートを受け取った瞬間から、寮の出入りの許可も貰っていたという事です」
「……な、ッ……」
こめかみをヒクつかせながら、声にならない声を上げるセンリ。
しかし、リリアナはさらなる追い討ちを掛けてきた。
「……つまりですね。貴方はわざわざ手入れのされていない草木の生い茂る公園で、一週間も野宿する必要はなかった、という事です。 理解していただけましたか?」
「……り、り……」
「……?」
「『理解していただけましたか?』……じゃねーよ!! てめぇのせいで俺は毎日虫に刺されたんだぞ!! 朝起きたら身体中が腫れてるなんて経験した事あるか!?」
「……それは、災難でしたね。 本当に、貴方には悪い事をしてしまいました。……すみません」
そうして頭を下げるリリアナ。
普段は決して頭を下げるようなキャラじゃないリリアナが、俺に頭を深々と下げているのだ。
そんな光景を見たセンリは小さなため息を吐き、そんなリリアナを優しく見つめて、言う。
「……もういい。頭を上げてくれよ、師匠」
「……え……?」
すると、おずおずといった感じでゆっくりと頭を上げ、驚いたように目を見開く。
そして、センリがにこりと微笑んで、言ってやる。
「失敗は誰にでもある。重要なのは、失敗した後どうするか、だろ……? 正直、あんたが謝罪するとは思わなかった。だが、こうして実際に頭を下げたんだからな……むしろ天晴れ!見上げた心掛けだ!」
「ゆ、許して……くれるんですか?」
「……フッ。『優しく真っ直ぐに生きろ』 ……とある人に、幼い頃からそう言われて来たんだ。 ここで女を許さない奴は漢じゃない……そうだろ?」
「……セ、センリさん……」
「……リリアナ……」
「…………」
「…………」
そのまま暫く二人で見つめ合い……お互い無言。
―――そして、数秒後。
男前だったセンリの表情に……亀裂が入った。
「――なぁんて……甘い結末になるとでも思ったか! この、腹黒偽善者!!」
「……チッ」
―――早くも茶番劇は終了。
リリアナもすぐに表情を崩し、そのまま舌打ち。
そんなリリアナの様子を見たセンリが、荒ぶる感情を抑えようともせずに、怒鳴りながら続けた。
「俺はしっ…かりと聞いたかんな!? お前今、『草木の生い茂る公園で、一週間も野宿する必要はなかった』っつったろーが!? なーにが『言い忘れてました』だ!! ……知ってたんだな? 知ってて、敢えて黙ってやがったんだな!?」
「私としたことが……思わず口を滑らせてしまいました」
「こっちは本当に大変だったんだぞ!?」
「センリさん。貴方、こんな言葉を知りませんか?『騙す奴より、騙される奴が悪い』」
「知ってるよ! つーか俺の場合、騙されたんじゃなくて、知らされなかったんだよ!」
「なら『知らす奴より、知らされぬ奴が悪い』?」
「理不尽にも程がある!! まあ、聞かなかった俺も悪いが……」
「ですが、これでも少しは反省しています。 ……すみませんでした」
「…………」
先程とは違い、ペコリと軽く頭を下げるだけの謝罪。
まあ、確かに俺も少し言い過ぎたかもしれないな。
こいつのおふざけは今に始まった事じゃない。
今更、こいつの遣る事、為す事に一々怒鳴り散らしていたらキリがない。
「ところで、お詫びと言っては何ですが、これを……」
リリアナが何かを手渡してくる。
「……なんだ、これ?」
「見て分かりませんか?ステータスプレートのケースですよ。 そのケースは適当に買ってきた安物ですが、ステータスプレートをケースに入れたまま使用する事ができます」
渡されたのは黒い合成皮革で出来た、どこにでも売ってるような安物のカードケースだった。
かなりコンパクトで持ち運びも楽そうだ。
「……へぇ。じゃあ、貰っとくよ」
「はい。楽しませていただいたお礼……もとい、迷惑をかけてしまったお詫びとして受け取ってください」
「…………」
今のは聞かなかった事にしよう。
いちいち反応していたらキリがない。
「あ!それと、恐らく知っているかと思いますが、明日からは実技試験があります。 そこで今のお詫びとは別に私から貴方に渡したい物が」
突然そんな事を言ってくるリリアナの言葉を遮って、言う。
「はぁ?実技試験? 俺、初耳なんだけど……?」
それにやれやれと首を振り、わざわざ説明してくれた。
「実技試験とは、二学年のみ行われる試験の事です。 ……まあ、簡単に言えば生徒同士を直接戦わせ、優劣を決めるための試験です。 もちろん、その結果だけで全ての成績が決まるわけではありませんが、しかし、今期の評価のかなりのウェイトを占めるのは間違いありません」
「ああ、なるほどね。 つまり、俺には関係のない行事だと言うことか……」
「関係ない……? ……って、ああ、そういう事ですか。 いいですよね。どれだけ怠けても落第しない人は、気楽で」
そんな事を言うリリアナに、センリがニヤリと不敵な笑みを浮かべて問いかける。
「ほほう……。 一週間前は俺をあんな簡単に打ち負かしていた師匠が、もしかして焦りでも感じてるんですかぁ?」
「まさか」
「……チッ」
センリの見え透いた挑発には乗らず、短くそう答えるリリアナ。
リリアナの反応の薄さに、センリがつまらなそうに舌打ちした。
「……ですが、一週間前まで禄に魔法も使えなかった人が、よくここまで魔法の事を理解したものです。 ……それも、私の指導がよかったからでしょうか?」
「…………」
「……なにか言ったらどうです?」
「……あ?」
もしかして、突っ込んで欲しかったのだろうか?
センリが黙ってリリアナの話を聞いていたら、リリアナが不満そうに睨み付けてきた。
そして、リリアナが咳払いをし、続けてくる。
「……まあ、正直私も驚いています。 たった一週間でここまで魔法の使い方を完璧にマスターしますかね?普通……」
「…………」
今朝、リリアナはユリウスに嘘をついた。
『……クリシュトフ。彼は、いったい何処まで仕上がった?』
という質問に、リリアナは、
『……及第点、といったところでしょうか。
まだ細かい魔力のコントロールが出来ていませんが、魔法の基本はマスターしました』
そう、答えた。
……だが、実際は……
及第点?
基本はマスターした?
とんでもない。
彼はこの……たった一週間という短い期間で、魔法の基本をマスターするどころか、固有魔法まで発動させたのだ。
一体、この男は何者なのか。
ユリウス様は、ただのハーフヴァンパイアだと言っていた。
だが、本当にそうだろうか?
ハーフとはいえ、ヴァンパイアだ。
身体能力にかけては、ヴァンパイアに並ぶ種族はこの世にいないと言われている。
そして、ヴァンパイアはほぼ不老不死。
一定の年齢を迎えれば、それ以上成長する事はなく、もっとも身体能力の高い、20代~40代の姿のまま一生を生きると言われていた。
……だが、その分。
体内に宿るオドは少なく、あまり強力な魔法を使うことは出来ないのだ。
そして、その弱点をついた魔王軍が、ヴァンパイア族を全滅させた。
だが、彼は?
身体能力が高く、強力な魔法も使える。
―――まさに、ハイブリッド。
人間の長所である『魔力量』と、吸血鬼の長所である『身体能力』を掛け合わせた最強の混血児。
そして、そんな混血児に魔剣を二本も持たせろという。
だが、その命令にも背き、その魔剣は今、私が持っている。
彼には、魔剣を持つにはまだ早いなどと言い、彼自身を納得させている。
確かにまだ魔剣を持たせるには早い、という事は嘘ではない。
今の状態で魔剣を二本も持たせれば、間違いなく暴走……。 周りだけでなく、自分自身をも破壊するだろう。
だが、彼なら少し特訓しただけで、魔剣の力をもコントロールしてしまうのではないか?
以前、オドの使い方を教えた際、危うく暴発しそうになったとはいえ、簡単に使い方を教えただけですぐに理解し、実際にオドを用いた魔法をも発動させたのだ。
そんな彼が魔剣を使いこなすようになったら?
ユリウス様は魔王を倒す武器にすると言っていたが、もしも彼が……彼の意思で人類の敵になったら?
恐らく……いや、間違いなく、それは史上最悪の事態だ。
それを回避する為というのが、リリアナが主に嘘を吐き、命令を背いている理由でもあるわけで。
まあ今の彼なら、世界征服などには一切興味はないだろう。
だが、自分と魔剣の力に酔って、そうならないとも限らない。
下手をすれば、魔王より厄介になるかもしれないという事はユリウス様自身も理解しているだろう。
だが、私が彼の事を聞くと、「お前が知る必要のない事だ」や、「言われた通り彼の特訓・監視をし、なにか変化があれば、どれだけ小さな事でも俺に報告しろ」の一点張り。
そしてユリウス様は、彼に実力を隠せとも言っていた。
確かに、学院にヴァンパイアの生き残りがいるなどと言う事が発覚したら世界中で大問題になる。
それを避ける為に実力を隠せ、というなら分かる。
私もそうした方がいいと思う。
……だが、本当にそれだけか?
もしも……もしも、ユリウス様が『魔王』などではなく、それ以上の高位存在を倒すために、彼を利用しているなら?
なぜここまで頑なに話そうとしないのか……。
なぜ危険を冒してまで、こんな化け物を育てる必要があるのか……。
もしそうだとしたら……完全とは言いきれないが、辻褄が合ってしまう。
……本当に、
「(……本当に、何を企んでいるのですか?ユリウス様……)」
と、そんな事に思いを馳せていると、いきなりセンリが訊ねてきた。
「そんで? ……俺に渡したい物ってなんだ?」
「……?あ、ああ、そうでしたね……。 えーと」
そう言って、リリアナが呪文を唱える。
「……彼処より来たれ……此処に顕現せよ」
そして光に包まれ、リリアナの手に表れた一本の刀。
「……それは?」
センリが問う。
それに、リリアナが答える。
「ただの刀です。 教室で見せた魔剣ではなく、ただの刀です」
「……いや、別に二回言わなくても……」
「明日から実技試験がありますが、魔法を使わないのであれば恐らく必要になります。 そして、いずれ使う事になるであろう魔剣。 それを使う前の練習だと思ってください」
「ああ、そういう事か……」
「……まあ、魔剣に比べればこの刀は鈍同然。 はっきり言って、使い物にならないレベルのガラクタですが、人間の肉くらいなら簡単に斬れます。間違っても、これを振り回して自分を斬らないように……」
「わーってるよ!! ……それより、これを学院で持ち歩いても良いのか?」
「いいえ。許可を取れば持ち込みは可能ですが、持ち歩きは禁止です。 なので、下駄箱の隣にあるロッカーにでも入れておいてください。 そのロッカーの開閉もステータスプレートを把手の部分に翳すだけで出来ます。 ちなみに、もう学院側には許可を貰っているので、明日から持ち込んでもいいですよ」
「助かる。 ……しっかし、随分と便利なんだな、これ」
センリが自分のステータスプレートを見ながら、呟く。
それに、リリアナが頷き、
「ええ。便利ではありますね。ですが、以前も言いましたが、絶対に無くさないようにしてください。 それは貴方の個人情報の塊、貴方の文身と言っても過言ではありません。 もし盗まれるような事があれば、貴方自身、ただでは済みませんよ?」
「……ああ、分かってる」
「まあ、盗まれるのは論外ですが……間違ってもステータスプレートを部屋に置いたまま外出したりしないように。 寮にマスターキーはないので、もしそんな間抜けな事をすればドアを破壊しなければなりません。 ですが、寮のドアは簡単に破壊できるほど脆くなく、仮に破壊できたとしても学生が弁償できる金額でない事は明白です。 貴方の間抜けさで、ユリウス様に迷惑をかけぬよう、十分に――」
「わーってるっつぅの! そんな、間抜けな事はしねえよ」
「そうですか。それでは、私はこれで失礼します」
「……ああ」
そう言って路地裏から去っていくリリアナ。
繁華街に出るとすぐに人に埋もれて、姿が消えた。
リリアナを見送ったセンリは何かを忘れている気がした。
暫し、自分の名が刻まれたステータスプレートを睨み付け、寮へと向かおうとした。
―――が、
「……あ、寮の場所聞くの忘れてた……」
そして今夜、センリがどこで寝たかなど言うまでもないだろう。
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