勇者の魂を受け継いだ問題児

ノベルバユーザー260885

*始まる学院生活*



「……さて、本日から君もこの学院で勉学に励むことになるが……何か質問はあるか?」


「……いや、別に」


―――理事長室。
 ユリウスの質問に、センリが首を横に振る。
 ユリウスは「……そうか」と頷いてから、センリの隣に佇む黒髪の少女、リリアナに目をやる。


「……クリシュトフ。彼は、いったい何処まで仕上がった?」


 ユリウスのそんな質問に、リリアナが隣にいるセンリを一瞥して。


「……及第点、というところでしょうか。
まだ細かい魔力のコントロールが出来ていませんが、魔法の基本はマスターしました」


「そうか。……ああ、センリくん」


「……んだよ」


「後で、君に渡したい物がある。本日の放課後、再び此処へ来るといい」


「……チッ、めんどくせぇな」


「……まあ、そう言うな。持っていて損はない代物だ。……それよりセンリくん。何度も言うようだが、くれぐれも―――」


「あー、うるっせえな!!わーってる!! 
『実力見せるな』『学校サボるな』『問題起こすな』だろ!?それ、何度も聞いたっつの!!」


「分かっているならいいんだ」


「…………」


「クリシュトフ。……では、彼の事を頼んだぞ」


「はい。任せてください」




             ※




 【聖グラムハート学院】。
 本校舎の廊下を二人の男が歩いていた。


 一人は黒髪の少年、センリと。
 そして、もう一人はセンリのクラスの担任である、バルバロス・フェイズ。
 年齢は40代前半だろうか?
 顎ひげと頬のキズが特徴の中年のオッサンだ。


「…………」


 そんなバルバロスが一度振り返り、一言も喋らずに後をついてくるセンリに向かって訊ねる。


「……なんだぁ、ヴァンクリフ?さっきから黙ってて……あ!もしかしてお前、緊張してんのか?」


「……いえ、別に……」


 センリは短くそう答える。


「そ、そうか?……んじゃあ、なんでさっきから黙ってんだよ?」


「……俺は元々、口数は少ない方です」


「……そうなのか。……まあ、いいや。お前さんがどんな理由で編入して来たのかは知らねぇが……」


「知らねえのかよ!?」


 ……思わず素でツッコンでしまった。
 しかし、考えてみれば俺自身も、何故ここへ来たのかは分からなかったのだ。
 すると、バルバロスがへらへらと笑い、続けてくる。


「理事長が色々と言っていたが、もう忘れちまった!……ふぃ~っ、にしてもよかったぜ~。ほとんど喋んないから、俺、てっきりお前に嫌われてんのかと……」


「……嫌うって……さっき会ったばかりじゃないですか」


「まあ、そうなんだが……。だが、人は出会ってから3秒で第一印象が決まるって言うだろ?俺、見た目がこんなだから、結構怖がられるんだよなぁ……」


 バルバロスが自分の頬にあるキズを指差しながら苦笑する。


「……どうしたんですか?それ……」


「……ん?ああ、まあ……昔、いろいろあってなぁ……」


「…………」


 センリが訊ねるが、バルバロスは曖昧に苦笑し、キズの原因を話したりはしなかった。
 別にセンリも、他人の昔話などに興味などなく、これ以上、詮索するのをやめた。


 と、そこでようやく、センリのクラスである2年D組の教室が見えてきた。
 そして、バルバロスが入り口付近で立ち止まり、


「それじゃあ、合図をしたら入ってきてくれ」


「……分かりました」


 センリが頷いたのを確認し、バルバロスが扉を開けて教室の中に入っていく。


「よ~し、お前ら~。少し遅れちまったが、HRホームルームを始めっぞ~」


 そして、バルバロスが教室に入ってから1、2分が経った頃。


「それじゃあ、編入生を紹介する。……ほら、入って来ーい」


 教室の中からバルバロスがそう言ってきた。
 そして、センリは扉に手を伸ばし、そのまま扉を開け、教室の中へと足を踏み入れる。
 そして、教壇の隣まで歩いて行き、生徒たちの方を向いて立ち止まる。
 生徒の人数は40人前後だろうか。
 赤髪や青髪、銀髪など……日本の学校では、一発で生徒指導を受ける羽目になるであろう生徒たちが殆どだ。
 まぁ、『魔法』なんてふざけた概念が存在するこの世界で、たかが髪の色くらいで一々突っ込んでいたらキリがない。


 そして、教室の中を見回すと、空いている席が二つあった。
 一番後ろの、窓側の席。
 一番前の、廊下側の席。


 恐らく俺は、このどちらかに座るんだろうなと思っていると、そこで、バルバロスがチョークを持ち、黒板に何かを書き始めた。
 その様子を暫く見ていると。


―――『センリ・ヴァンクリフ』。


 俺の名が、デカデカと黒板に書かれた。
 そしてチョークを置き、バルバロスが再び生徒たちの方を振り返って。


「……さて、そんなわけで今日からお前たちと一緒に勉強する事になる、センリ・ヴァンクリフくんだ。……はい、自己紹介」


「…………」


 バルバロスに自己紹介を促される。
 だが、自己紹介しろと言われても、もうセンリの名前をバルバロスが名乗ってしまったのだ。
 今さら、何を言えばいいのかと悩むが、取り敢えず自分でも名乗る事にした。


「……えー、センリです。これからよろしくお願いします」


 センリはそう言い、椅子に座る生徒たちに軽く頭を下げた。
―――しかし、


「(……あれが噂の編入生か……)」


「(……ああ。あの深窓の氷姫グレイシアと握手したとかって噂の……)」


 そんなコソコソ話が聞こえて来る。
 普通の人間には殆ど聞こえない程度の、本当に小さな声。
 しかし、センリには普通に聞こえている。
 自分が人間ではないからだろうか?
 そういえば森の湖で、自分の視力が異常だった事を思い出した。


 しかし、


―――握手?
―――グレイシア?


 何のこっちゃ?
 ……だが、考えても無駄だ。
 そこで、思考を停止させる。


 どうせ、コイツらと馴れ合うつもりはない。
 身に覚えのない噂がどれだけ流れようが、それで俺自身に関わって来ないというのなら、それはそれで俺もやりやすい。


 そんな事を考えていると、担任が余計なことを言ってくる。


「なんだヴァンクリフ、無難な自己紹介だな。
他にはないのか?」


「……は?いや、特に……」


「自己紹介ってのは最初が肝心だ。……じゃなきゃお前、これから普通の学院生活を送る事になるぞ?それでもいいのか?」


「……いや、別に俺は普通でいい―――」


「うるせえ!こんな時に冗談の一つも言えるようじゃなきゃ、将来、大人になった時に苦労するぞ」


「お前が―――」


 『お前がうるせえよ』。
 一瞬、目蓋をヒクつかせながらも、自分が言いかけた言葉を必死に押し殺す。


 そして、センリは言葉を探す。
 この場で一体、自分は何を言うべきか。
 ここでの発言が、今後の学院生活に大きく影響する事になるだろう。


 そして、それらの事を踏まえた上で、センリが口を開いた。


「俺はお前らと馴れ合うつもりは一切ない」


 センリの一言で教室が静まり返る。
 しかし、そんな事は無視して、センリが続ける


「お前らが俺を陰で何と言おうと知ったことじゃないが、頼むから俺には関わらないでくれ。……いいか?お前らにとって俺は『いない者』……あるいは『空気』とでも思って貰えれば幸いだ。喧嘩せず、干渉せず……お互い、有意義な学院生活を送ろうじゃないか」




              ※




―――教室。
 よくある普通の学校風景。


「…………」


 そこにセンリは、いた。
 2年D組の、一番後ろの窓側の席。


 今は、この学院に来て初めてで、センリにとっては久しぶりのHRの時間。
 教壇では担任であるバルバロスが、これから行われる始業式について話している。


 しかし、担任の話を聞かずに、頬杖をついて窓の外を見ていると、センリの隣に座る銀髪の男が声を掛けてきた。


「……ねえ、君」


「…………」


 センリは無視する。


「ねえってば!」


「…………」


「おーい、センリく~ん?」


「……チッ。……んだよ、うるっせぇな……」


 あまりにもしつこいので、センリは頬杖をついたまま、隣の男に目線だけやる。


「や~っと、返事してくれた~」


「……今はホームルーム中だぞ?静かにしてろよ」


「君、聞いてなかったじゃんか」


「…………」


 銀髪の男が呆れ顔でそう言う。
 ……まあ、確かに聞いていなかったが。


「まあ、気持ちは分かるけどね~。始業式なんて、ただ体育館に集まって、適当に校長の話を聞いているだけだから……今ここで担任から聞いている事なんて、ほとんど意味ないんだよね~」


「…………」


 確かに銀髪の言い分も、一理ある。
 先程から担任が言っている事といえば、何時までに体育館に集まれ~とか、校長が話している時は寝るなよ~、とか。
 別に聞かなくてもいいような内容ばかり。
 こんな話を坦々と聞かされても、退屈以外の何者でもない。


 だがセンリにとって、それすらどうでもいい事だった。
 今、担任が話している事が、仮に大事な話であったとしても聞いていなかっただろう。
 はっきり言ってこの学院生活自体が、センリにとって茶番でしかないのだ。


 ユリウスにも、『実力は隠せ』と言われている。
 恐らく、授業中に先日のような魔力の暴走……あるいは、他の生徒にセンリの実力や正体が知られれば、何かマズイ事でもあるのか。


 どちらにせよ、此方としては願ってもない要求だった。
 この学院の最高権力者に『実力を隠せ』と言われているのだ。
 つまりそれは、日々の授業や、定期テストでどれだけ手を抜いてもいいという事で……。


 そんな事を考えていると、銀髪がへらへら顔で。


「それにしても君、さっきの自己紹介凄かったね~
初めて聞いたよあんなの。一瞬、教室が静まり返って……僕、笑いを堪えるの必死だったんだけど」


 そんな事を言いながらへらへらと笑う銀髪。


「知るかよ」


 それだけ言って、センリは再び窓の外に目をやる。
 しかし、銀髪がへらへらと笑いながら続けてきた。


「えーと、『空気』だと思え、だっけ?
こんな汚そうな空気、僕は吸いたくないな~」


「……だったら近寄るなよ。汚染された空気が、お前の肺を蝕むぞ?」


「はははっ。面白いね、君」


「ところでさ……俺、さっきなんつった?」


「……え?さっき?えーと、『いない者』として扱え、だっけ?」


「ああ、そうだよ。だから、お前とお喋りするのはこれで終いだ。……よし、今から俺は、俺に話しかけてきた奴の肺を蝕む、汚染された無機物だ。自分の身体が大事だと思うなら二度と俺に近づかず、話しかけない事だな」


 そんな事をセンリが言う。
 すると、先程までの銀髪のへらへら顔が、急に呆れ顔になり、此方を見据えながら言ってきた。


「……君、そんな事を自分で言ってて馬鹿馬鹿しくならないの?」


 銀髪の一言に、センリが苦笑しながら答える。


「……ああ、そうだな。お前との会話そのものが阿呆らしくて笑えるよ」


「でしょー?」


「何が、でしょー?だ。……つーか、話しかけんなっつってんだろうが!?」


「そ~んな事言ったって……僕が話しかけたら、君が律儀に返事を返してくれるんだもん。それだけで、会話のキャッチボールが成立しちゃってるんだよ。もう成立しちゃったら、わざわざ会話をやめる必要なんてなくない?」


「…………」


 こいつの言う通りだった。
 なぜ、俺はこいつの言葉にいちいち反応していたのだろうか。
 会話をしたくなければ、俺が一方的に無視すれば解決したというのに。
 まるで、こいつに会話をコントロール……極端に言えば、誘導尋問でもされていたと錯覚してしまうような……。
 ……いや、これは錯覚などではなく―――。


「……お前……まさか……」


「……ん~?なに?」


「……いや、なんでもねぇ」


「そう」


 これ以上、こいつと会話をするのは危険だと判断し、センリは会話をやめた。
 すると、ちょうどHRが終わり、担任が教室から出ていった。
 そして、生徒たちも席を立ち、次々と教室から出ていく。
 銀髪がそれを見て、


「ありゃりゃ~。休み時間に編入生の席を囲んでやる、恒例の質問タイムがないみたいだねぇ~。まあ、それもそうか。あんな自己紹介の後じゃあね……」


「……お前みたいな物好きと違って、クラスのみんなは俺のお願いを聞いてくれているみたいだな。あいつらとは仲良くできそうだ」


「……仲良くできそうの使い方、間違ってない?」


 そんな事を言う銀髪を無視して、センリも席を立つ。
 すると、


「ねえねえ、セッちん!」


「…………」


「君の事だよ!セッちん!」


「……ああ?」


 声のした方を振り向くと、此方を指差す青髪の少女。
 いきなり、声をかけられた。
 しかも、おかしなあだ名で。
 そしてセンリは振り返り、銀髪の男を一瞥して、


「……なあ、銀髪。前言を撤回するよ。物好きはお前だけではないらしい」


 その言葉に、銀髪が肩を竦めながら苦笑して。


「……彼女とは仲良く出来ないって?」


「どうやら、そのようだ」


「あと、銀髪じゃなくて、ソーマ・クリーヴランド。ソーマでいいよ」


 ソーマとセンリがそんな会話をしていると、


「ちょっと!無視しないでよ!!」


 いきなり大声を上げる青髪の少女。
 センリがめんどくさそうに振り返ると、青髪の少女が、自分の手を胸にあて、いきなり名乗ってきた。


「あたしの名前はシャノン!シャノン・フェルレピアス!早速だけど、セッちんと深窓の氷姫グレイシアの関係を―――ッ!??」


「―――ほら、シャノン!行くわよっ!!」


 ところが話の途中で、隣にいた赤髪の少女が、青髪の少女の手を引く。


「ちょ――ちょっと!サヤっち!?な、なにすんのさ!あたしはセッちんに用が……!!」


「うっさい!あんな奴とは関わっちゃだめよ!それに、すぐに始業式だってあるんだから!」


「放してサヤっち!!……私は彼と深窓の氷姫グレイシアとの……わあぁぁぁぁッ!!!」


 そして、悲鳴を上げながら赤髪の女に連れ去られた。
 そして、その二人の近くにいた銀髪の少女が、曖昧な表情でペコリ、と一礼してから、二人の後を小走りで追って行った。


 そんな光景を見て。


「……一体なんだったんだ?」


「さぁ……。って、そろそろ僕たちも行かないとヤバいんじゃない!?」


「ああ、そうだな……。お前は先に行けよ。俺はトイレに行ってから体育館に行くから」


「……随分とマイペースだけど、このままバックレようなんて思ってないよね?」


「はは、まさか」


「……じゃあ先に行ってるけど……体育館の場所は分かる?」


「ああ。つーか、あんなにデカイ体育館を見失う方が難しいだろう?」


 それに、ソーマが苦笑する。


「まあ、確かに……。そのくらい大きくないと、全校生徒が入りきらないんだよ。なんたって、本校だけで3千人以上はいるからねぇ~」


「だろうな」


「それじゃあ、僕は先に行ってるよ」


「……ああ」


 そう言って、ソーマも教室を出て行った。


「…………」


 センリは動かずに沈黙。
 そして、廊下側にある掃除用具入れを睨み付けて。


「……そこにいるんだろう・・・・・・・・・?そんな汚ぇ場所にいつまでも隠れてないで、いい加減出てきたらどうだ?」


 センリがそう言う。
 すると、キイィィ……という奇怪な音と共に、掃除用具入れの扉が開く。
 その中から見馴れた少女が出てきて、眠そうに細められた目で此方を見据えて言ってきた。


「……流石ですね。気づいていましたか……」


「…………」


「まあ、私が教育しただけの事はあります」


「俺の監視役であるお前が、俺と違うクラス……なんて事はないだろうからな。この教室に来て、空いている席が二つあったのを見て確信したよ」


「やはり、少しは頭が回るようですね。
それでは当然、アレ・・にも気づいていますよね?」


「……アレ?」


 センリが首を傾げると、リリアナがムカつく笑みを浮かべて言ってきた。


「おやおや……まさか気づいてなかったんですか。……やはり、まだまだですね」


 そう言ってリリアナが、自分のワイシャツの胸ポケットを親指でツンツンと指差す。
 そして、センリが自分のワイシャツの胸ポケットを見てみると、そこには折り畳まれた一枚の紙が入っていた。


 その紙を取り出し、広げてみると……。






―――【 バーカ! 】―――






 センリは紙を破り捨てる。
 そして、リリアナを睨み付けて、


「……これは、なんの茶番あそびだ?」


「……楽しんで貰えましたか?なら良かったです」


「…………」


「…………」


 ……お互い、沈黙。
 もう、何度目になるか分からないリリアナの茶番に、センリが一つため息を吐いてから、訊ねる。


「……で、一体なんの用だよ?お互い、学院では出来るだけ干渉しないって、昨日、自分で言ってなかったか?」


「ええ、そうですね。……それにしても先程の彼、ソーマさん、でしたか?編入初日からお友達を作るなんて、なかなかやりますね」


 そんな事を言うリリアナに、センリが顔をしかめて、


「はあ?友達!?……お前、本気で言ってんのか?あれ見て友達とか言うんなら、お前の目ん玉か脳ミソ、間違いなく腐ってるぞ?」


 その言葉に、リリアナが細い目をさらに細め、


「……性根が腐ってる貴方にだけは言われたくありませんが……。まあ、見間違いならいいです。それより、貴方に渡したい物があります」


「……渡したい物?」


「ええ。今朝、ユリウス様が言っていた物です」


「ああ、あれか……」


 今朝、理事長室でユリウスが言っていた事を思い出す。
 持っておいて損はない代物、とか言っていたが……。
 しかし、それは、


「今日の放課後に渡すとか言ってなかったか?」


 センリの質問にリリアナが、こくり、と頷く。


「ええ、そうですね。……しかし、予定が変わりました。帝国の貴族定例会の予定が急遽早まり、暫くユリウス様は帰らない、との事なので、貴方にこれを返…渡しておいてくれと頼まれました」


「……あそう」


「という事で貴方に渡しますが……危険な物ですので、くれぐれも気をつけて」


「……は?どういう意味だよ、それ?」


 リリアナの意味不明の言葉に首を傾げるが、急に黙ったリリアナを見据えて、センリも黙る。


「…………」


「…………?」


「――《彼処かしこより来たれ……此処ここに顕現せよ》」


 正面に手を突き出し、そう呟いたリリアナ。
 すると、瞬く間にリリアナの手の周りが光で覆われ……そして―――。


「……ふぅ。召喚魔法は便利ですが……やはり、魔力の消費が激しいですね……」


 そんな事を言うリリアナ。
 リリアナはそれら二本・・を床に立て、右手で倒れないように押さえる。
 そう、リリアナが召喚したもの……。
 それは―――


「…………」


―――二本の刀だった。


 まるで、妖怪や鬼が宿っていそうな、禍禍しい漆黒の刀と。
 まるで、斬られた者の魂が宿っていそうな、忌まわしい暗紫の刀。


 どちらの刀も、見るだけで悍ましい。
 しかし、センリは―――。


 一歩。一歩……と、歩いてリリアナの持つ刀に近づいて行く。
 そして、無意識に刀へと手を伸ばす。―――が、


「―――いけません!」


 突然、それを横から制止したのはリリアナだった。
 そして、


「―――ッ!?リリアナ!?
お、俺は・・……一体・・何を・・―――?」


「…………」


「(俺はさっきまで自分の席に……だが、今はこいつの正面に……!?一体どういう事だ!?)」


―――動揺と困惑。
 今のセンリの感情はそれだけだった。


 そんなセンリの様子を見て……


「覚えていませんか?貴方が自分から・・・・・・・歩いて・・・此処まで来たんですよ・・・・・・・・・・?」


「はぁ?マジかよ……」


「……やはり、ですか……」


「やはりって……?」


「今の貴方にこれを渡すのは大変危険です。
……ので、暫くは私が預かっておきます」


「お、おい……ちょっと待てよ!それは……一体、なんなんだ?」


「……これですか?これは『妖刀』と『霊刀』。強いて言うなら、周りだけでなく自分の身をも滅ぼす、人が触れるべきではない禁忌の塊……ですかね」


「人が触れるべきではない?……お前、ガッツリ触ってんじゃねえか。大丈夫なのか?」


 その問いかけに、リリアナが何かを思いついたような表情になり、


「…………う、ぅうっ……!!私の右手が……疼く……!……駄目だ!鎮まれ……!!」


 などと、リリアナが左手で右手を押えながら、呻く。
 そして、こほんと咳払いをして、リリアナが続ける。


「……というのは冗談ですが……私も危険
ですね~。……私に素質があれば、ですが」


「……素質?」


「ええ。この『妖刀』や『霊刀』……まあ、それらを引っ括めて『魔剣』といいますが……『魔剣』は素質のある者にしか力を発しません。というか、抜刀する事すらできませんからね。私のように素質のない者にとってはガラクタそのものです」


「じゃあ、俺には素質があると……?」


 センリが恐る恐る訊ねると、リリアナは首を縦に振り、


「ええ。というか相性抜群じゃないですか?なにせ貴方は自分の席から、今、私がいるこの場所までの距離離れていても、刀に引き・・・・寄せられて来た・・・・・・・んですから」


「怖っ!?」


「私も初めて見ましたよ。刀に引き寄せられるほどの素質を持つ人なんて……」


 そこで一つ、不思議に思った事を訊ねてみた。


「じゃあさ、仮に今……俺がその刀に触れていたら……どうなっていた?」


「ん~、そうですねぇ……」


「…………」


「貴方がどうなっていたかは分かりませんが……間違いなく私は、悲鳴を上げる暇もなくズタズタに斬り裂かれていたでしょうね」


「―――ッ―――!?!?」


―――恐怖。
 俺がリリアナを殺してしまうかもしれないという事に、ではない。
 リリアナが俺に殺されると分かっていたにも関わらず、あの刀を俺に見せ、そして自分が殺されるという事を平然と言う彼女に戦慄を覚えたのだ。


「おや?なんですか?もしかして、私の事を心配なさっているんですか?安心してください。最初から貴方に触れさせる気なんてありませんでしたから」


 いつもの、リリアナの人を小馬鹿にするような口調で、自分の冷静さが戻ってきた。
 そして、訊ねる。


「今朝、ユリウスは放課後、俺に"それ"を渡すと言っていた。あれは……?」


「本当ですよ。この場にユリウス様がいらっしゃったのなら、私は安心して、こんな刀の1本や2本、貴方に渡せます」


「……そうか」


「まあ、ユリウス様がいない今。これを貴方に渡すのは危険だと確信しました。これは、いずれまたの機会に……」


 リリアナがそう言うと、刀が再び光に覆われて、確かに今まで"そこ"にあったはずの二本の『魔剣』が完全に消滅した。


「……さて、私の用は終わりました。一刻も早く、私の前から消えてください」


「……なんだよ、それ……」


 俺はまだ、さっきの刀の事が頭から離れないってのに……。
 そしてリリアナを一瞥すると、しっしっ、と俺を追い払うような仕草で、此方を見据えていた。
 それに、ため息を吐いて、


「へいへい、わーったよ」


 そう言って、センリが教室から立ち去る。
 そして一人、リリアナが教室に取り残され、


「本当に、どういうつもりだったんでしょうか……」


 一人、呟いていた。


「しかし、なぜ、ユリウス様はあんな事を……?」






"彼にこの刀を返してやってくれ"


"これは彼の下にあって初めて力を発揮する"


"安心しろ。彼は暴走しないさ"






 ユリウス様は、結果が破滅だと分かっている事は決してしない。
 しかしどう考えても、先程の彼の様子を見れば、刀の力に呑まれるのは明白だ。
 そして、私が死ぬという事も……。


 まさか彼を暴走させ、私を殺す事が目的……なんて事はないだろう。
 それに意味を感じないし、仮にそうだとしても、こんな回りくどい事はせず、自らの手でそれをすればいい。


 他に考えられる事と言えば、全てユリウス様の言う通りで、彼が暴走する事なく、刀の力を掌握するという事だが……。


「……分かりませんねぇ……」


 まあ、どちらにせよ私は。
 彼に、センリ・ヴァンクリフに、あの呪われた刀を返せ、というユリウス様の命令を破ったのだ。
 これはさすがに、怒られるかもしれない。


「……まあ、考えても仕方ありませんね」


 そう言って、リリアナも教室を後にした。




            ※




「……で、結局、君は始業式に参加しなかった訳だけど……なんで来なかったのか、理由を聞いてもいい?」


 教室。
 椅子に座り、此方を半眼で見据えながら訊ねてくるソーマ。


「駄目だ」


 そして、ソーマの問いかけを外方を向きながら即答するセンリ。


「……なんで?」


「答える必要がないからだ」


「なんで?」


「さっきから、なんでなんで、うるせぇな!」


 センリが怒鳴ると、再びへらへら顔に戻り、


「……あ!もしかして君、クソづまり?」


「クソづまりって……せめて便秘と……あ!そうだよ。便秘!お前と別れてからトイレに向かったけどなかなか出なくてな~。いやー、苦労した……」


「それは大変だったねぇ。……ところで、君が廊下をブラついているの見たんだけど……あれは?」


「……は?お前、見てたのかよ!」


「……え、嘘!?本当に廊下をぶらついてたの?もしかして迷っちゃった?あんなにデカイ体育館を見失う方が難しいだろう?とか言ってたのに!?マジで笑えるんだけど」(笑)


「…………」


 へらへら笑うソーマを無視して、窓の外を見る。
 窓の外に広がるのは、気持ちいいほどの晴れ渡った蒼穹。


 この日は気温が高く、屋外の空間が歪んでいるようにも見える。
 窓を開ければエアコンのお陰で過ごしやすい教室が、一瞬で灼熱地獄と化すだろう。


 しかし、いくらエアコンがあるとはいえ、センリが座るのは一番窓側の席だ。
 直射日光がキツい。


 ただ、窓の外の気だるい夏の日差しを睨み付け、


「……暑いな、クソ」


 センリ・ヴァンクリフは呻くように言った。




 そして、少年の新たな学院生活は今日から始まったのだ。





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