いつか見た夢

B&B

第30章

 ステージで予想もしない出来事が立て続けに起き、客共は再びざわめきだした。俺はそんな中で、一人冷静にステージ中央に立ち、全体を見渡した。
 なるほど。ショーのために照らされたライトのため、観覧席はやはり見事に逆光で見えなくなっている。
 だが訓練された俺の目には、なんとか奴らの輪郭をみることが分かる。これなら、たとえ良くは見えなくとも、気配で撃つことができる。
「貴様ぁ……こんなことをして、ただで済むと思うなよ」
 大男がマスクの下から俺を睨みつけながら、馬鹿なことを言う。
 ただで済む? たしかにそうだ。自分でもそう思う。これからお前をなぶり殺しにできるのだから、ただで済ますはずがない。
 俺はそんな大男を尻目に、嘲りを含んだため息をついた。まだ、自分の未来が分かってもいないのだ。
 そんな態度をとる俺に、大男はなおも腹立たしく何か喚いている。もちろん、そんなことなど耳に入ってきているわけもない。無言で大男の肩に銃口を向ける。
 喚き立てていた奴も、さすがに押し黙った。それを合図に引き金を引く。立て続けに反対側の肩にもだ。
 この場にいる誰もが、俺の行動に注目しているのが分かる。一瞬の静寂があった後、悲鳴があがった。それらは当然客共のものだが、予想外にも女の声が多かった。男と同伴しているのだろう。
 客席を見ようとして、ステージの目の前にいる客と目が合った。六十代くらいの奴だったが、俺と目が合った途端に顔を恐怖に歪め、一目散に逃げようと席を立った。
 だが次の瞬間、その親父は床にぶち倒れる。俺の指が動いた奴めがけ、反射的に引き金を引いたのだ。
 これにはさすがにまだ状況を掴みきれていなかった客共も、自分をとりまく状況を理解できたようだ。
 パニック状態に陥った連中に一発一発正確に、逆光で暗く、見えにくい客席に弾丸をぶち込んでいく。もちろん弾数も正確に数えながら、弾切れになりそうになったら、マガジンを取り出して準備しておくことも忘れない。
 連中は恐慌状態に陥っているため、我先にと観覧席から立って動くので、動いた瞬間がよく分かるのだ。
俺はそれに向かって、引き金を引けばいい。目さえ慣れれば、夜目がきくためにそれを察知できる。
 一分と経たずに客達は動かなくなった。皆地獄に落としてやったのだ。それを無感動に見て振り返る。今度は例の大男だ。
 こいつはただではすまさない。こいつにはしばしの間、苦しんで死んでもらうことにしよう。六年前にここができた頃からこんなことをしていたのなら、こいつのおかげで今まで、何百何千という犠牲者が出てきたに違いない。
 その犠牲者達の何千何万分の一の苦しみも与えずに死なせるなど、死んでいった者達に申し訳が立たないというものだ。
 ステージには、何がなんだか分からないという顔をした幼い兄妹が、俺のことを見ていた。そんな兄妹を尻目に、俺は台に置かれた鞭を手に取った。まずはこいつで、それを味わってもらうとしようか。
 前のショーでこの大男がやったように、俺も鞭のしなりを確かめるように、床に打ち付ける。乾いた、小気味良い音が響く。
 大男もそれを察知したのだろう、マスクに顔が覆われていても目と口元には、明らかに引き攣ったものが見える。さぁ、覚悟するがいい。
 俺は腕を振り上げ、しなりを利かせながら振り下ろした。大男の苦悶の声が漏れる。もちろん、一回で終わるはずもなく、二度三度と立て続けに、うずくまる大男めがけ打ち付けていく。その度に大男は、辛そうに苦悶の声をあげる。
 だが、いくら辛いと言えどこの程度でやめるはずもない。この大男は少女に、何十回、下手したら百数十回と打ちつけていたのだ。こんな程度でやめていては、彼女に申し訳が立とうはずがない。
 そのうちに、大男の皮膚が裂けて血が流れ出した。気付けば俺も随分と息があがっている。サディストでもない俺にとって、これ以上は息をあげてまでしたい行為でもない。だが、まだこれだけで済ましたいと思ってもいない。
 どうしようかと、ふいに台の方を見ると、ナイフがあった。俺の時にはなかったが、今回はナイフをショーに使うつもりだったらしい。
 まだ幼く、北欧人特有の肌白さというのは、ナイフを使って膚を裂けば、赤い血の色は映えるかもしれない。きっと、そんなことなんだろう。
 ならば俺はこいつを使って、鞭なんか比じゃない痛みをこの野郎に与えてやる。
 俺はやっとのことで鞭打ちから解放され、荒い呼吸をしている大男の喉元をつかんで、気管を絞めながら引きずる。先ほど、あの膚の浅黒い兄妹を犯した台にまで大男を引きずってくると、右手を台につかせた。
 いや、つかせたというより、叩きつけたという方が正確だろう。こんな野郎に、慈悲など必要もあるはずないのだから。
 台におかれた手の平に、俺は容赦なくナイフを突き立てた。
「っっあああああああああ!?」
 大男の低いながらも、妙に甲高い叫びが響いた。ナイフは完全に手の平を貫通し、下の台に突き刺さったのだ。血が流れだし、台から滴っていく。
 痛みのために、ぶるぶると手が震えている。左手で、突き立てられた右手を押さえようとするが、俺はその手を掴んで台の上に叩きつけた。 更なる責め苦に、大男は再び苦悶の呻き声を漏らす。だが幼い少女は、貴様以上の責め苦を味わされたのだ。
 今度は奴の頭を掴み、台に何度もぶつけていく。これには、さすがに堪えたようで、途中から呻き声すらあげなくなった。
(つまらないな。どうした、もっと抵抗しろよ)
 あまりに呆気なさ過ぎる大男に、俺はそう思う。
 いや、この手の奴というのは、実際にはこんなものなのかもしれない。いざ自分が責められる立場になると何もできず、ただそれを過ぎるのを待つだけ……それで少しは彼らの気持ちも分かるというものだろう。
 大男は俺に対して、完全に畏怖しているようだった。マスクから覗かせる目は、明らかに恐怖を滲ませている。
 もう俺はなりふり構わずただ痛めつけているにすぎず、面倒にも感じ出していたのだ。こんなとこにきて俺はお人よしなのか、もう十分だという気持ちになったのである。
 俺はようやく、この大男に対して口を聞いた。
「……さて、お前にはいくつか聞きたいことがある。まず、あの子供達を一体どこから手に入れたんだ」
「うぅ、し、知らねぇ」
 唐突に現れて、唐突に痛めつけられたことに、恐怖とともに混乱もしているようだが、簡単には口を割るわけでもなさそうだ。
 俺はそうか、と一言だけ言い、突き刺さったナイフをさらに深く突き刺そうと、えぐった。大男の口から、またもや苦悶の呻き声が漏れた。
「おまえが喋らないというのなら、もうここで終わりにしてやろう。いいか? こいつは脅しじゃない。最後通告だ。いいな」
「ひっぐっ、あぁ、かっ」
「頭が悪そうだからもう一度聞こう、分かりやすく説明してな。どういうルートを使って子供達を買ったんだ」
 突き刺さったナイフを、ぐりぐりと動かすようにしながら問い詰める。正直に言うと、こんな奴がそれを知っているとはあまり思えないが、やることはやっておくべきだ。
「がっ、かっ、ぐう……オ、オーナーしか知らないんだ。俺は知らない、本当だっ」
「ならそのオーナーは、伊達は今どこにいるんだ」
「し、知らん。き、きっと自宅に戻ってるはずだっ」
「自宅……。伊達の自宅はどこにある?」
「そ、聡一郎様の自宅は……」
 大男が一瞬言い淀み、その先を言おうとしたその時だった。
「いたぞっ」
「!?」
 暗闇になっている観覧席から、男の怒声が聞こえた。俺の位置からは暗闇に紛れ、敵の姿が判断できない。おまけに俺はショーライトのために、敵からは丸見えなのだ。
 そう思った次の瞬間には、連中は銃をぶっ放してきたのだ。
「ちっ!」
 舌打ちしながら、床に身を投げ出す。
「ぎゃっ!?」
 大男が短い悲鳴をあげた。きっと連中の撃った弾丸に当たったのだろう。奴の息の根は俺が止めるつもりだったことを考えれば、とんでもない横槍を入れられた気分だが仕方ない。
 どの道、連中を一人たりとも生かしておくつもりはない。暗闇から一瞬だけ見えた、銃口から発射された弾の火の粉を頼りに、そこめがけ反撃する。
 さきの大男のように、男達の短い悲鳴が聞こえる。弾を五発撃ち終えたところで、連中の気配がなくなる。とりあえず第一陣は殲滅できたようだ。
 大男は、流れ玉を心臓に受けたようで、即死だったようだ。こんな簡単に死なせるつもりがなかっただけに残念でならないが、死んでしまったのだから仕方ない。いずれにしろ、こいつが死んだのは自業自得なのだ。
 俺は直ぐさま、子供達のところに走り寄る。
「大丈夫か」
 日本語が通じるかは分からないが、安否だけは確認しておく。幸い、銃撃戦が始まってすぐに隅で伏せていたようで、怪我らしい怪我はしていないようだ。
 しかし、やはりあの膚の浅黒い幼い少年は、すでに息をしていなかった。俺は目を細め、俺と同じ兄としての責務を果たそうとした君に誓って、必ずや君と妹の復讐をしてやると改めて約束した。

 奴隷部屋から閉じ込められていた子供達を、檻から出す。弱っているが、なんとかなるはずだ。
 いや、自力でなんとかできなければ、その先にあるのは死だけだ。体力が衰えて痩せ細り、体重のない彼らと言えど、さすがの俺も何人も担いで行くわけにもいかない。
 始め、再び入って来た俺に子供達は恐怖の表情を見せはしたが、鍵で檻を開けてやると、怪訝そうにしながらも出てきた。例の膚の浅黒い妹は兄同様、やはりすでに息をしていなかった。それと、檻の隅に横たわっていた日本人かと思われた少年少女も、同様に息をしていなかった。俺は三人の遺体を担ぎ、ホールに横たえてやる。
 君達を地上にあげてやれないのが心残りだが、せめて同じ仲間同士、そして血の繋がった兄妹と一緒にいたいだろう……。
 二組の兄妹に、それぞれ手を繋がせるようにした俺は、ほんの数秒の間だけ黙祷した。君らと何百の先輩たちの待つ地獄に、奴らを必ず送ってやるからな。もうしばらく待っていてくれ……。
 檻から出した子供達も雰囲気を悟ったのか、表情を曇らせる。
「良し、行くぞ」
 短く言い、子供達を先導しながら武器庫へとたどり着く。
 武器庫にたどり着いた俺は、今度はマシンガンと予備のマガジンを持ち出し、すぐにそこを後にした。子供達は何も言わずに、俺の後を着いてくる。一応は、俺のことを味方だと思ってくれているようだ。正直に言えば、ただの成り行きでしかないが、これも何かの縁だろう。
 階段をあがり、地下一階にまで来た。再びその廊下を真っ直ぐ進み、十字路になっているところまできた。壁を背にし、子供達に俺と同じようにするようにジェスチャーした。そっと左右を確認する。
 地上にあがるための階段の前に、黒服の連中が五、六人たむろし、何か叫んでいる。
 俺は子供達に耳を塞ぐようジェスチャーする。そして、袋の中から手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いた。
 ヒューズが切れる前にわずかな時間だけ待ち、連中に向かって投げた。
 爆音が響く。黒服達のいた辺りに、いくつもの肉片が飛び散っている。
 そんな中、子供達を行かせなければならないのは少々酷というものだが、生き残るために、今は我慢してもらおう。
「良し、今だ」
 行くぞとジェスチャーし、子供達を立ち上がらせる。俺に勢い良く子供達が続いてくるが、黒服達だったものを見ると、さすがにその足が止まった。
 無理もないだろう。こんなものは普通に考えて、お目にかかれるものでもないし、ましてや子供だ。手榴弾ではなく、マシンガンにしておくべきだったかとも思ったが、もはや後の祭りだ。
 今はもう、そんな悠長なことも言っていられない。
「早くするんだっ」
 語気を強めながら、子供達に進むよう促す。俺のすぐ後ろにいた子供達の手をとって、強引に進ませる。ともすれば、皆進もうとするはずだ。
 辛いだろうが、今は一刻も早くここから脱出することが先決なのだ。皆一様に表情を強張らせながら、歩を進める。
「早く先に進むんだ」
 歩を進めると言っても、決して速いペースとは言えず、おどおどとした遅いペースであるため、つい命令口調になる。
 その時、危惧していたことが起こった。子供らの後ろから、黒服達が四人こちらに向かってきたのだ。
「早く階段へ行けっ!」
 最後尾の子供達を強引に掴んで走らせる。それと同時に、肩に下げていたマシンガンを奴らに向かって撃った。フルオートにしてあるため、すぐさま何発もの弾丸が発射される。
 これにより二人を倒すことができたが、二人はとっさに物陰に隠れてしまった。俺は断続的に撃ちながら、後退していく。
 階段では子供達がこちらを伺っていた。
「何してるっ、早く行けっ」
 日本語を理解できるのかは分からないが、俺の言ったことが伝わったようで、階段を昇っていった。
 ポケットの中に予備の手榴弾があったのを思い出し、それを取り出す。
階段に着いたところで犬歯に安全ピンをひっかけて抜き、隠れた二人に向かって投げた。俺は一目散に階段を駆け上がる。
 後ろで爆発音が響いた。連中のところまでは距離があったため、おそらく届かなかっただろうが、逃げるための時間稼ぎにはなるはずだ。
 その階段の上の方には、子供達が俺を待っていたようだ。再び俺が先頭に行き、子供達を誘導する。
 ポケットからもう一つ手榴弾を取り出し、ピンを抜く。それを階段の下に投げいれた。子供達の頭上を、黒い楕円形の金属球が弧を描きながら階下へと落ちていく。
、篭った爆音と同時に階段の一部や、その周辺の壁が吹き飛んだようで、崩れるような音がした。これで後ろからの追っ手は気にしないでいいだろう。
 だが、今度は前方に奴らが出張っていて、すでに陣をしいていたのだ。子供達に階段に伏せているようジェスチャーし、俺もまた階段に伏せた。
 マシンガンをフルオートでバラまき、その間に片手でポケットにある最後の手榴弾を取り出した。
 ピンを抜き、わずかな間ヒューズが切れるのを待って、陣をしく連中に投げた。こちらに投げ返す暇を与えないためだ。
 俺はさらに袋からもう一つ手榴弾を取り、ピンを抜いた。直後に前方で爆発が起こる。
 爆発により、巻き上げられた埃などのために視界がぼやけているが、関係なくそいつを投げた。
 男の小さな悲鳴が聞こえた瞬間、再び爆音が響く。多分、これで第二陣は殲滅できたはずだ。
 階段で伏せていた子供達に、先に進むよう叫ぶ。巻き上げられた埃なんかが、徐々におさまり始め、視界が明瞭になってきた。前方を見ると、予想通り連中は無惨な肉片に変わっている。
 立ち上がって小走りに、連中が陣取っていた手前の角にまできた。屋敷の構造上、ここを抜けさえすれば、後は玄関まではすぐだ。
 壁を背にホールの方を見ると、連中はホールの中央にいて、すでに砦をなしていた。子供達も俺の後ろに着いて、ことの成り行きを見守っている。
 一瞬だけ顔を覗かせただけだったが、連中の一斉掃射により、反撃もままならない。こういう時、武器庫にあったロケットランチャーを持ってきておくべきだったと、わずかばかり後悔した。
 手榴弾があるうえ、さらに言うとかさばるので持ってこなかったのだ。せっかく武器庫にあったのに、惜しいことをした。
 あれの威力を持ってすれば、奴らの陣取っている意味などないも同然なのだ。ここからでは、手榴弾も奴らを全滅させるには到らないはずだ。
 袋の中にある手榴弾の数を手短に数えた。後残り四発。……なんとかなりそうだ。 問題はこの狭い通路から、これを投げ飛ばせるかだ。野球選手のようにこいつを投げれば、もちろん最初の一発だけでも、かなりのダメージを与えられるだろう。
 だが、その前に今のような一斉掃射を浴びて、オダブツになるだろう。かといって、ピンを抜いて転がすように投げたとしても、奴らのところまで届くか怪しい。奴らとの距離は、そんな微妙な距離なのだ。
 そんなことを考えていたところ、再び連中の掃射が始まった。何十発もの銃弾を浴びて、徐々に壁が崩れだしている。このままでは、隠れる場所が削り取られていってしまう。
(ちっ、なんて脆い壁なんだ)
 内心毒づきながら、俺は深呼吸する。こうなっては、覚悟を決めるしかないだろう。どの道俺には、持久戦などできるわけでもない。
 手榴弾は四発。後は、マシンガンが一梃と拳銃が二丁。これらがなくなれば、俺の敗北なのだ。
 まぁいい。いつまでもこんなところにいるわけにもいかない。ここを抜ければ後は玄関までは目と鼻の先だ。というよりも、連中の後ろが玄関になっているのだ。
 俺はかぶりを振った。あれこれと先のことを考えていてもしょうがない話だ。後のことはその時考えればいいだろう。今までもそうだったではないか。
「いいか、おまえたちはここから絶対に動くんじゃぁないぜ」
 子供らに動かないようジェスチャーした。腹をくくった俺は、手榴弾のピンを抜き、素早く転がすように投げた。たいしたダメージにはならないはずなので、早速二発目を用意する。
 直後に轟音が鳴り響き、爆風によって通路の壁がえぐれた。
 すでに用意の出来た俺は、まだ埃や細かくなって粉のようになったコンクリートの破片が巻き上げられている場所めがけて、ピンが抜かれている手榴弾を全力で投げた。
 一拍おき、手榴弾が破裂する。爆発する瞬間、男達の悲惨な悲鳴が聞こえた。
 俺はそれを成功の合図とみなし、左手にマシンガン、右手に拳銃を持ち特攻をかけた。
 こうなれば、後は己の経験と技術を信じるのみだ。立て続けに起こった二度の爆発で、連中も混乱しているはずだ。このチャンスを逃すなどありえない。
 視界はまだ明瞭ではないが、何人かはすでに肉塊に変わっているのは分かった。
 それと同時に、飛び散ったコンクリートの細かい破片や埃のため、咳込むようにしている者も数人いる。物陰からむせるように出てきた奴に、鉛玉をぶち込む。
 さすがに銃声で、俺が特攻をかけたのに気付いた者もいたようで、咳込みながらも反撃してきた。
 俺は撃つために頭を出した瞬間、そいつに向かって撃つ。
 しかし、そのために連中が混乱から立ち直りだしたのも事実で、巻き上げられていたた埃なんかも収まりを見え始めている。
 俺は特攻前にポケットにしまい込んだ手榴弾を取り出して、やはり奴らに向かって投げた。それも今度は、陰に隠れているその後ろに向かってだ。
 それにいち早く気付いた者は、そこから逃げようと物陰から飛び出すが、俺はそいつらに向け、正確に引き金を引いていく。
 ついにヒューズが切れて爆発が起こる。それに三人ほど巻き込まれ、吹っ飛んでいく。
 ざっと数えると、すでに十人近い奴らが死体に変わっている。後はいるにしても、二人か三人というところだろう。
 案の定、撃ってくる奴らは二人だけのようで、何かこっちに向かって叫ぶように喚き立てている。
 俺はあえて反撃せず、身を乗り出した。危険だが早く外に出るためにも、こいつらを片付けようと思ったのだ。
 二人は反撃してこない俺に、再度身を乗り出し銃を向けた。それを俺が待っているとも知らずに。
 一人目は簡単に頭をぶち抜けたようで、撃つ間もなく床に倒れた。最後の一人は再び物陰に隠れたが、お互いに、どちらかが死なない限り生き残ることはできないということは、理解しているはずだ。
 もしかしたら、まだ屋敷のどこかに黒服の奴がいて、その援軍を待っているとも考えられる。
 だが、これほどの時間があったにも関わらず、そんな連中が一向に姿を見せないとなると、その可能性は限りなく低いと思われるが、こちらに時間がないのは事実なので、ここは難しいが、アレをやるとしよう。アレ……そう、跳弾というやつだ。
 俺は足音を立てずにゆっくりとそこを移動し、跳弾になりえそうな場所まで移動する。
 奴が隠れている場所は、跳弾をしやすそうになっているため、後はこちらが跳ね返りやすそうな場所にまで移動すればいい。そしてそのポイントも、ほんの僅か数メートルの場所だ。
 俺はそこに移動し、狙いを定めた。
「じゃぁな」
 短く別れの言葉をつぶやいた俺は、引き金を引く。
 発射された弾丸はうまいこと跳ね返ってくれたようで、銃が床に落ちた音が聞こえた。遅れて、ドサリと人が倒れ込むような鈍い音もだ。
 跳弾なるものは、実戦では初めて使ったが、初めてのわりにはうまくいった。俺はニヤリと唇を歪め、子供達のところに戻った。
 銃声が聞こえなくなって逆に不安になっていたのか、子供達は俺が戻ってくると安堵の表情をしてみせた。
 俺は、それに思わず苦笑しながら、行くぜ、とだけ短く告げた。

 玄関の扉を開けると、俺は絶句した。なんとそこには、制服姿の警官や機動隊が群れをなしていたのだ。
 俺はただちに扉を閉めた。ざっと見たところ、三、四十人は確実にいた。なんということだ……後少しだったというのに。
 もしや、俺と同時に潜入したと思われる奴が通報したのだろうか。それとも別の奴が……。いや、この際誰でもいいか。一つだけ言えるのは、俺が犯人であり、テロリストか何かだと確実に思われているという事実だ。
 子供達も、そんな雰囲気を感じ取ったのか、不安そうに俺を見つめてきていた。
「犯人に告ぐ。武装解除し、今すぐにそこから出て来るんだ。そして子供達を解放するんだ」
 待て。その言い草は、まるで俺が子供達を餌に、ここの連中を脅迫していたみたいではないか。
 冗談じゃない。俺はそんなことなどした覚えはない。第一、俺が何をしたというのだ。なんの罪もない子供らをいたぶり、揚句の果てにはボロクズのように死にいたらしめる……そんな連中から、成り行きだったとは言え、子供達を救い感謝こそされど、こんな風に犯罪者扱いされるようなことは、今回に至っては全くと言っていいほどしていないはずだ。
 ここの連中は、皆地獄に堕ちて当たり前の奴らばかりなのだ。
「犯人に再度告ぐ。武装を解除し、すみやかに子供達を解放するんだ」
 どことなく苛立ちを感じさせるような口調で、刑事が拡声器を使って叫んだ。
 やかましい。人の気も知らないでよくそんなことが言えるものだ。思えば、警察というのはいつもそうだ。六年前、沙弥佳の時だってそうだった。こっちの気も知らず、適当に言いたいことだけ言って、ほとんど役に立たなかった。
 それでいながら、人を疑い、そうと決めればたいして調べもせずに事件を終わらせようとする。後はこちらが何を言っても、終わったんだの一点張りだ。
 そして今回も通報があり、それをそのままに受け取ったのだろう。子供達の心からの叫びも聞かずして。
 そんな子供達を無視し、知ろうともせず、ただ俺をテロリストか何かのように扱おうとするこの連中も、地獄に堕ちていいはずだ。
 いや、この屋敷にいた連中と同罪として扱うべきだろう。ここにいた奴らと同じで、人の金で生活しておきながら、でかい顔をする。
 片や罪のない子供の命を餌に、片や人々の稼いだ金で生計を立てているのに、そういった人間に感謝の字もありはしないのだ。それどころか、立場は違えど、何もできない人を蹂躙するという点で言えば、全くの同罪ではないか。
 決めた。俺は外にいる連中を、この屋敷にいた奴ら同様、地獄に叩き落とすことにした。
 とは言え……マシンガン一梃に拳銃二丁、それに最後の一個になってしまった手榴弾だけでは、どうにも心もとない。連中は、しっかりと防弾チョッキや防弾ガラスを用いた装備を持っているのだ。あまりにこちらが不利だ。
 手榴弾一つでうまいこといけば、七、八人は葬れるだろうが、その後には待っているのは投獄か、正当防衛を盾にした銃殺だ。ここにきて、やはりロケットランチャーがないのは実に口惜しい……。
 その時だった。欧州庭園に陣取っていた警察たちが急に慌ただしくなり、何発かの銃声が聞こえたのだ。
 外の様子がおかしいと思った俺は、そっとドアを開けて外を窺った。なんと一つしかない扉をぶち破り、大型トラックがこちらに向かって突っ込んでくるではないか。
 砂利を弾き、玄関前に陣取る警官隊やパトカーを吹っ飛ばし、玄関の前で急停止した。
「荷台に早く乗れっ」
「田神っ」
 トラックを運転していたのは田神だった。その荷台にはエリナが乗っていて、早く乗るように叫んでいる。
「あれに乗り込むんだっ」
 トラックを指差し、子供達を走らせる。
大急ぎで子供らを荷台に乗せながら、俺は警官達にマシンガンをバラまく。
 この攻撃で幾人かがぶち倒れる。運が良ければ死んでいないだろう。
 それと同時に、俺も荷台に転げ込みながら叫ぶ。
「出すんだっ」
 田神はすぐにアクセルを踏み、急発進させる。
 最後に、残り一つとなった手榴弾を連中に向かって投げる。それを見て、連中は何がなんだか分からないという顔をしていた。
 その連中の顔を最後に、荷台の扉が閉められる。そして、最後の金属球は豪快な音を立てて、爆発したのだった。




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