名無しの道化師 (名無しのピエロ)

茶畑 智

変わる世界

「久しぶりだなディモル。……突然なんだが、なにか変わった依頼は届いてねぇかい?……例えばゴーレムの討伐依頼、とかよ」


開口一番、そんな事を言った男は顔を黒色の仮面のようなもので覆っているので何を思っているのか読み取ることは全く出来ない。
「ゴーレム……ねぇ?」
ディモル俯きながら俺の方をチラッと見てきた。その意図をすぐに察した俺は特に隠す理由も無かったので、それに対し頭を縦に振って答えた。
「……丁度今、新種の報告を受けてたとこなんだわ。俺はシャドウゴーレム、と今ここで呼ぶことにした。……どーでもよかったかな、騎士団長様?」
漆黒の鎧に身を包んだ男は両手を腰に当てため息をつく。
「その呼び方はやめてくれディモル。……昔は仲良くやってたじゃねぇか」
それを聞いたディモルはなにか癪に障ったのか少し口調が変わった。
「変わったのはお前だ。それと昔は……だ。今はもうなんの関係もない」
「き、貴様! アンスウェラー様になんて口を……」
騎士団長の取り巻きが無礼を働いたディモルにつっかかる。だが、それをすぐに制し
「まぁ、待て。この男とは縁があるんだ。許してやってくれ。まぁいい……そのシャドウゴーレムとやらの生体をお聞かせ願おうかな」


そう言うと、俺とディモルの間にあった空席になんの躊躇もなく座った。










この世界には複数のジョブを持った人間__ランカーがいるのだが、このシャクナ帝国騎士団、団長ジン=アンスウェラーは世界最強のランカー。扱えるジョブは四つ。ガーディアン、ネクロマンサー、ソードマスター。そして残りの一つは本人以外知る者はいないらしい。


__世界一、攻守共に最強の騎士団長様が一体こんな辺鄙な場所に普通の依頼なんか受けに来るのだろうか、ましてやゴーレムだなんて。
そんな事を考えていると、ジンが俺を見て唸り声をあげた。
「ふむ……こんな少年が新種を発見か。しかもタイミングよくゴーレム種と来たもんだ。少年、名前は」
人様に名前を尋ねる時はまず自分からだろ。とか思ったがそれを心の奥底にしまい込んだ。
「……へリクブロッサム、餓鬼で悪かったな。騎士団長様」


へリクは嘲るように、前方にいる男の兜の中を睨みつける。


「ほう、なかなか生意気な餓鬼だな。そのくらい元気がなきゃこの世界ではやっていけねぇけどな。ただ、相手を見誤るなよ。話が逸れたな、早速だが、本題に入る。へリク君、君の見たゴーレムについて詳しく教えてくれるかな?」


こちらが煽ったのにも関わらず比較的穏やかな声で諭すように話しかけてくる。
だが、詳しく、という補足を聞いて急に面倒くさくなった俺は正当性に欠けるがこの場を逃れるには最適な言い訳を思いついた__街の掃除だ。


「……そこのデカいオッサンが報告書持ってっからそれ見てくんねぇかな。俺、これから街の掃除してこなきゃいけないんで」
俺はディモルを一瞥し、残っていた紅茶を一気に飲み干した。


「あ、あと俺はあんたの名前聞いてないんだけど?」


ふん、と軽口が止まらないへリクの態度を鼻で笑ったが丁寧に名乗った。


「そうだったな、俺はジン。ジン=アンスウェラーだ。帝国騎士団団長を務めている。満足か?」


「ジン=アンスウェラー……。うし、覚えた。それじゃ、失礼します」


一旦振り返り軽く礼をすると、騎士団の列をかき分けてギルドから去っていった。


へリクが居なくなったことで一気に静まり返ったギルド内に音を取り戻したのはジンだった。


「……お前の子供か?」


「そんなわけねぇだろ!」


突如始まったオッサン同士の他愛ない会話がこの後もしばらく続いた。






────────────────






「なんなんだよあのオッサン共……俺を巻き込むなっての」


ギルドから徒歩で数分。シャクナ帝国の掃き溜めとも言われている最も治安の悪い場所。
あまりの治安の悪さに、抑止力のため国が敢えてギルドを近くに設置したとも言われている。
「ここの掃除って言われてもなぁ……スキルでも使って焼き払ったら綺麗さっぱり、埃一つ残らないと思うんだけど」


建物の壁には血痕やら、使われなくなったボロボロの家具やら埃の積もった大きめの樽が捨てられていたりと公共のゴミ溜めになっている。


聞いていた以上の不潔さに大きく溜息をつく。そして下げた目線の先にかなり綺麗な球体の小石を見つけた。
不意にそれを蹴りたい衝動に駆られ、無意識に助走が取れる距離まで下がっていた。ここまで来たら蹴るしかない!と意味も無い事を心に固く決め、しっかりと勢いをつけてから突き当たりの壁目掛けて小石に渾身の蹴りをぶつける。
すると……
道に沿って真っ直ぐ飛んでいった小石が壁にぶつかる直前でピタッと空中で静止した。
「…………」
突然の怪奇現象にへリクは蹴り上げた足をゆっくりと地面に下ろし、数秒間そのまま動かなかった。
「い、石が……石が!!」
思わず走って逃げようとした時だった。
「……待って」
空中で静止している石の周辺から女性の声が聞こえた。
「あんた、何が目的? 私達がここにいるって誰から聞いたの」
逃げるのをやめ、改めて石のある方を向く。やはりそこには誰もおらず空中に石が静止しているだけだ。
「私達……ね。俺はただクソ環境の悪い場所の掃除をして歩いてるだけだ、依頼を受けてね。何か問題でも?」


姿の見えない相手に探りを入れつつ、右足を少しずつ後ろに引き、両手を構え腰を落とす。相手を不用意に警戒させないようゆっくりと臨戦態勢をとる。


__敵は複数、そして今話してるのは女、物体に触れること無く操作するスキルを持っているかもしれない__そんなものは聞いたことがないのだが__。さっきもディモルのオッサンが、暫くは変わったことが起きるかもしれないと言っていた。だからそんな異能力は無いと断言することは出来ない。実際に俺もそれに当てはまるわけだからな。


「そっちがその気なら私もそうするけど、いいかしら。ただ本気は出さないであげる。死なれちゃ困るからね」


その言葉が終わった時、ついさっきまで何も無かった突き当たりの壁__その前方に一人の女性が立っていた。


__いつの間に……! 俺でさえ認識する事が出来ないレベルの認識阻害……恐らく俺と同等、それ以上の可能性が高い。……俺と同じで左手は見えない、か。 ……あと2人くらい隠れてるのか? さっきよりステルスが弱まっているせいか気配を感じる。


「あんた名前は! あとー、そこら辺にいるお二人さんも出てこいよ、もしかして恥ずかしがり屋さんなのかなー?」


わざと煽るような口調で相手を挑発する。
挑発にわざと乗ったきたのかどうかは分からないが一つの気配が近づいてくるのが分かった。
__お、早速キタキタ。……3、2、1。


心の中でカウントをする。タイミングを合わせ、瞬時に振り返り腰を落とす、そして力を入れ引ききった右腕に体重を乗せて何も無い自分の正面の空間に全力の右ストレートを打ち込む。


「ガハッ……!」


何も無かったはずの空間に、ちょうど今自分の後ろ側にいる女とは別の女性が咳き込みながら現れた。足元に跪く女には目もくれずもう一人に意識を集中させる。


「あと一人……!」


その瞬間__空気を切り裂く音とほぼ同時にへリクは身体を後ろに逸らす。
__あぶね……今の音はナイフか?もう少しリーチの短い武器、短剣…… ?  地面が濡れてる……何か塗ってあるのか? とにかく、触れる事だけは避けた方が良さそうだ。
どこから攻撃を仕掛けられてもいいように周囲から意識を逸らすことなくスキルを無詠唱する。


__アクセルエンハンス


ナイフを切り出してきた方向に向かって加速された右脚を横方向に薙ぐ。


へリクの右脚に一閃されたその周囲が音を立てて抉られる。


__いない……か。見えないんじゃ埒が明かない、不可視を可視化させる事が出来れば……何か、何かな……いか……


一人目とさっき殴りつけた女がいない……一体いつの間に……


「シャッ……!」


コイツ……的確に頭を狙ってくる。しかもほぼ確実に目と耳の位置だ。


__俺から位置は分からないが逃げていないことは明らかだ。逃げる……いや、待てよ? どうして同時に襲ってこなかったんだ? ……まさか




圧倒的に不利な状況にも関わらず僅かな音と感覚、気流の変化だけで相手の連撃を全て回避するとへリクはすぐ近くにあった樽を蹴りあげる
立ち上がった子供と同じくらいの大きさがあった樽は他の家具などを巻き込みながらも粉砕された。


__その方向に敵が入れば1番よかったのだが当たった感覚は無かった。だが、多分これで最後だ。


隙が出来たと思ったのか、そのチャンスを逃すまいと攻撃を仕掛けてきた。


__よし来た!


空気を切り裂く高音が響くと同時に辺りに舞った塵が風を受けて円形に割れ、そこにある物体を避けるように空間が生まれる。


そこに出来た空間を掴むように手を伸ばす。すると何も無いはずのそこに物体を掴んだような感覚を得る。何を掴んだかは想像でしかないがそれを自分の身体に近づけるように勢いよく引き込み身体をひねりながらそれに肩を割り込ませる。
「おらぁぁ……!」
気合で見えない何かをなぎ倒す。一瞬軽くなったと感じた時には自分の前方、裏道の床に最初に現れた黒髪の女性が倒れていた。


「はぁ……やっぱりコイツ一人だけだったな。ていうか、どんな異能力使ったら分裂紛いのことができるんだぁ? それも含めてしっかり確かめてやんねぇとな」








「へぇ……なかなかやるじゃん」


遥か頭上、建物の上に人が居たことを知る由もないへリクは気を失っている謎の女性を目の届くところに放置し、大きくため息をつくが、自分でさらに汚した辺り一体を嫌々ながら掃除し始めたのであった。






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「お前ら、少しの間外で待っててくれ。話が終わったら呼びに行く」
数十の鎧が動く音がピッタリと重なって聞こえる。
「失礼します!」
ギルドの正門からパレードの行進を連想させるような一矢乱れぬ動きで出ていった。


「……部外者がいなくなった所で本題に入らせてもらう」


ジンは辺りをよく見回して誰もいないことを確認する。
「ゴーレムの話と無関係じゃねぇんだろ?いいぜ、いくらでも付き合ってやるよ」
「話が早くて助かる」
ジンは漆黒の兜をとってテーブルの中心に置く。
「お前……その傷」
顔の中心よりやや左__正確には右眼のやや上あたり__に鋭く、確かな一筋の傷があった。
「あぁ……ちょっとな。……この世界は広いもんだな、と思わされたよ。俺の知らない所で少しずつだが変化してるのかもしれん」
それから一度、話を切るとそれまで見たことがない程真剣な眼差しでディモルを見る
「シャクナ帝国、騎士団第三部隊の存在を知っているか」
その問を聞いた時、ディモルが初めて息を飲んだ。
「あぁ、知っている。彼らを集めたのは俺だからな。それはお前もよく知っているはずだろ」


「そうだな……その後どうなったかは」


「勿論、知っている」


「……そうか」




「……質問を変える。お前は今、何種のジョブを持っている、あれから増えたりはしてないか?」


「いや、あの時と同じだ。特に変化はないぞ」


その答えを聞いたジンは、そうか。と呟いて立ち上がった。


「時間をとってすまなかった、聞きたかったことはたったのこれだけさ。また機会があったらよろしく頼むぞ、ディモル……」


そう言い残し、テーブルの中央に置いてあった兜を装備すると振り返ることなくギルドから出ていった。




暫くして、誰もいなくなったギルドの中に男の声が静かに響く。


「ジン……お前もこの世界の真実に辿り着いたのか。……もう少しなんだ……あと少しでこの腐った世界を終わらせることができる。だから……少しの犠牲は見逃してくれ……」

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