名無しの道化師 (名無しのピエロ)

茶畑 智

高速解読(リーディング)

__手遅れだったか……まさか騎士団がここまで実践に慣れていないとは。もう少し……あと少し異変に気づくのが早ければ!


隣で立ち尽くしている男は恐らくこの騎士団の隊長だろう。見た限りだと……息があるのはこの人くらいだ。団員を全て殺されたというならば俺はかける言葉を持ってない__声、出せないのだけれど。


____ッ!


周囲の状況に気を配りながら的確に"黒の人"の攻撃を回避して一体ずつ、確実に仕留めていく。
 此方が動きを止めたら相手も攻撃をやめてくれる、なんて生温いことは有り得ない。
戦いながら相手の弱点を探る、決して深追いはしない、何事においても引き際を判断する力は重要である。
焦らず適切な対処を心がけるだけでコイツらは確実に仕留めれる__だが、心に僅かな動揺や隙が生まれるとその限りではなくなる。


これまでの経験とある程度この黒いのと格闘して分かった事を整理するとこのゴーレムの特徴が浮かび上がってきた。


それは__一つの生命体として活動している時と、複数の個体に分裂した後では特性が変化する事だ。


さっき俺が倒したゴーレムも騎士団が相手にしていたものと同じ見た目をしていた。そのゴーレムが今は居なくなっていて代わりにこの黒いのが沢山いる。この状況とそれだけで何となくだが察しはつく。
一つの生命体として活動している時には魔法属性は効いた__まぁ、そのお陰で俺は手こずらずに一撃で殺すことができたのだが。
なのに、だ。 この黒いのに魔法を撃ち込んでも当たる直前で打ち消されてしまう。これだけでも判断材料としては充分だろう。
合体後と合体前__言い方を変えれば分裂前と分裂後__で特性が変わっていなければこんな事は有り得ない。
ゴーレムに関して言えばだが通常個体が分裂や爆発をする時、それは個体の死を意味する。だが今回のゴーレムは何らかの理由で分裂、爆破した後、残された個体が生命活動を続けている。
そうなると、一つの個体として召喚されたゴーレムとは考えにくい。
俺の推測になるが、先程までいた特大のゴーレムは複数の生命体が集まって出来た集合体であり、今この黒い人型の生物が本体であるということ。この個体についての報告例が無いので恐らくは新種だろう。
そしてこの人型の生物の特異体質だが、そこらじゅうに落ちている一部だけ溶かされた魔導具から推測するに金属繊維を溶解する体質である事、攻撃した感じだが魔法攻撃の無効化、数体だが、首元に圧迫痕がある死体があった。そしてその死体だけ、少しだが他のものよりも枯れていた、その事から恐らくだが生命力の吸収。
現状、俺の持つ予備知識と戦った感じで分かったコイツらの特異体質は恐らくこの3つだろう。




__この騎士団は訓練されたエリートだと思っていたのだが……隊長も見た感じかなり若いし、死体の纏っている装具も真新しい物が多い。もしかすると……完全な新人なのかもしれない。


新人と言っても彼らも立派な騎士団、ゴーレム形態の時少なからず魔導具などを使って攻撃はしたはずだ。そしてなんの問題もなく攻撃が通ったはず……。だが、何らかの原因でゴーレムが分裂し、黒いのが沢山現れた。先程まで効いていた攻撃が弾かれる様になり、魔導具で物理攻撃を仕掛けるも刃の部分や柄の部分が溶かされてしまった。


魔導具が金属と霊属石で造られているというのは割と有名な話だが、金属を含んでいるので攻撃した時勿論武器は溶かされる。その時物理攻撃が無効化された、と錯覚し平常心を失った。そして何をしていいか分からないまま抵抗すること無く、無残にも殺された__というのが俺の想像だ。
__数十体、黒いのを殺した痕跡が残っている。何人かは冷静に対処し、反撃もできたのだろう。だが、敵は数百を超えている__多勢に無勢だ。敵の数が多すぎる、というのも勿論だが今回の事故の原因は知識不足と新人の経験不足が一番だと思う。俺は貴重な生き残りを守りながらココを切り抜ける事以外果たすべきことは無い。


「すまない……助かったよ……」
隊長も相手の攻撃をよく見て回避し的確に攻撃を打ち込んでいる。どうやら物理攻撃が貫通する事に気づいているらしい。
__動きは悪くないし、状況も的確に把握している。ここまで的確な状況判断が出来るなら何故咄嗟に指示でもなんでも出さなかったのだろうか……被害を抑えれたかもしれないのに。




伸ばされた黒色の腕を避けると、身体を落として相手の内側に入る。右手に力を入れ相手の顎辺り目掛けて思い切り振り上げる。立て続けに3体程撃退すると勢いに乗ったまま身体を捻りながら飛び相手の背後に回ると首に手をかけて横に引き切る。
__背後に二体、二十時の方向
右脚を少し浮かせて一息置く。敵をギリギリまで引きつけてから身体を横に捻って相手の腹部に神速の回転蹴りをねじ込む。ヘリクの右脚は"黒の人"の腹部を貫通し、それは蒸発し地面に黒い焦げ跡が残る。ヘリクは一度全身から力を抜き数回その場でジャンプをする。軽くストレッチを終えると前傾姿勢になり、力強く地面を踏み込んで直線上にいた"黒の人"の顔を右手で触れるとそのまま地面に叩きつける。
__さぁ、次いきますか!






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「はぁぁぁ!!」
身体強化をかけた、というのもあるが隊長さんは俺と同じく武術を利用して敵を撃破している。その動きは実に見事で、キレがあり速さ、力強さがある。
__騎士団に入るだけはあるな……ん、あれが最後かな。
「終わった……のか?」
__おっと……
俺は、不意に脱力して倒れそうになる隊長を支える。
「ありがとうございます……」
隊長はゆっくりと地面に腰を下ろして大きく深呼吸をし、こう続けた。
「助けてくださってありがとうございました。俺はもう大丈夫ですので、向こうで待っている研究者の方達を先に迎えに行ってください」


俺はこちらの顔をみて話す隊長さんの瞳を見て一瞬だけ、向こうへ連れていこうか迷ったが全てを拒絶する様なそれはもう何を言っても無駄なのだろう、と割り切ってその場に一礼。そして血にまみれた戦場を後にした。






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「助かった、本当にありがとう! 君、名前は。褒美をやろう。あ、あと騎士団の皆さんにも何か褒美を与えたいのだが……何処に行ったのかね?」
不意に核心を突くような事を言ってきたがあまり取り乱すことは無く、少し間をあけてから俺は喉元に向けてバツ印を指で作り話せないことを促す
「そうか……すまなかった。では、なにか欲しいものがここにあれば……だが、それを指さしてくれないかね」


____よし、話が変わった。


__車とか言ってもくれるんだろうか……。いや、辞めておこう。最初から目当てのものがあったから車の救助を優先した、というのが実のところの本音だ。今となっては先に向こうの救助に行ってれば……と後悔がやまない。ただ、目的のものはここにしかない。仕方なかったといえばそうでもある。


少し悩んだふりをした後、へリクはおもむろに手を上げると、白衣を着た一人の女性を指さした
「わ、私?」
キョトンとした顔で女性が呟く。
「き、君?流石に人を取引の道具に使うわけには……」
間髪いれずに首を突っ込んできたオッサンは割と常識人らしい。
「所長、私は大丈夫ですよ。すぐ戻ってきますから待っててください」
__研究所の所長だったのかよ! ……じゃなくて……ホントに上手くいくと思ってなかったんですけど。まぁいい、ちょっと失礼しますよ!
「きゃっ!ちょっ……キャァァ!!!」
女の研究者をお姫様抱っこすると、近くの岩陰まで一気に飛んでいく。飛行ではなく、脚力を全力で使った飛翔で。




岩陰についた時に気がついたが、女の研究者さんにはショックが強すぎたのか気絶していた。だがそれをいい事に俺はあらぬことを考えていた。
__これ、めちゃくちゃチャンスじゃね?起きてる時にやるとなるとかなり気まずいし……。今のうちに終わらせるか!  これが上手くいけば遂に俺も……!


気合を入れ直したヘリクは、左腕の包帯を全てほどく。そして、岩陰に寝そべらせた女の研究者の胸元に左手を押し付ける
__なんかイケ無いことをしてる気分になるな……。駄目だ!駄目だ!変なことを想像しちゃいかん。これを済ませれば俺でもみんなと会話出来るように!


左手に意識を集中し、一瞬力を込める。
その瞬間__女の研究者を包むように透明の魔法陣が浮き上がり、それは研究者の紋章を象ると一瞬光ってからヘリクの左手の甲に溶け込んでいった。


「……ック!  ……ぁ、ぁ。  ……ぅぅう」
__ヤバい……なんだ、これ。頭が……焼けるように痛い……!


「た、大変! どうしたの!?」
ついさっきまで気絶していた女研究者が起きたらしい。体を必死で揺すってくる。
__だ、大丈夫です……


「……大丈夫です」
「そ、そうなの? ならいいんだけど……」
__あ、あれ? 俺……今……。
無意識で喉元に触れる。だがそんな事気にしてる暇もないのか女研究者はこう促してくる。
「なんで私をここまで運んできたのか分からなけど心配だから向こうに戻りましょう。何かあったら大変だもの」


俺は無言で立ち上がると女研究者に肩を貸してもらい、無事に魔導車の前まで戻った。






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辺り一面には数十個の死体が転がっている。男はそれら一つずつ、丁寧に、ゆっくりと顔を確認しながら力無く呟く。
「ごめんな……皆。今からそっちに行くからさ。……俺の事、笑って迎え入れて欲しいな……」
俯いた視線の先に映りこんだ魔導具の欠片__大剣の刃の部分を持って手に力を込める。
だが手元がカタカタと震え、狙いが定まらない。
「は、はは……。やっぱ、怖ぇな死ぬのって。……みんな俺なんかよりよっぽど苦しかったろうな」


男は目を瞑って大きく息を吐くと刃を両手でしっかりと握り直し、力強く喉に押し込んだ。


喉を鋭い刃が貫通し、喉元から吸いきれなくなった空気が漏れる。


徐々に意識が遠のいていく。喉元の辺りが急激に焼けるように熱く、痛い。血が大量に溢れ、体が重く足先から冷えてくる。
   

__……これで罪滅ぼしになるなら……。俺の命一つで……許して……くれるかな……。




そして____男は息絶えた

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