ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 クレア④

城に戻ると、さっきとまったく同じ場所でクレアがうつむいていた。話を聞きに行った彼女の両親と同じような態度でいるクレアを見て、ああ、やはり親子なんだなと実感する。クレアは近づいてくる私に気がついたらしく、静かに顔を上げた。


「ディアベルさん……」
「待たせたなクレア」


クレアは私と彼女の両親との話が気になるらしく、尻尾が落ち着き無く動いている。シャリーほどでもないが、クレアもある程度尻尾で感情表現するのでわかりやすい。その微笑ましい動きに顔の筋肉が緩みそうになるのをなんとか堪え、努めて真面目な声色で事実だけを告げる事にした。


「まず結論から言うと、クレアの両親は、クレアの事を金づるだなんて思っていない」
「!」


私の言葉を喜んで良いのか、信じ切って良いのか、クレアは複雑そうだ。無理も無い。彼女は一度売られているのだから。


「お母さんが言っていたよ。クレアが売られてから、毎日ずっと心配してたって。どんな人に買われてどんな生活をしているのか、気が気じゃなかったそうだ。金だけが目的なのかと尋ねたら、お前のお父さんは随分怒ったな。よほど心外だったんだろう」
「そう……ですか」


金だけが目的じゃないと知らされて、クレアの表情が若干和らいだように感じる。そんな態度を見て、彼女の無自覚な部分――心の奥底では、きっと両親との交流を望んでいるのだと思った。少し希望が見えたので、慎重に話を進めなければ。


「ご両親は今夜だけ宿屋に泊まって、明日の昼頃国に帰るそうだ。クレアにその気がないのなら、恐らく二度と会う事もあるまい」
「!」


無情な事実を告げられて、あからさまに動揺するクレア。――ここだ。ここで言葉を誤れば、クレアは心を閉ざしてしまうだろう。たとえ後で心変わりすることがあっても、クレアの性格から言って自分から会いに行こうとはしないはず。娘に拒絶された両親も同様だろうし、クレア親子がどうなるかは、私の言葉にかかっていると言っても過言ではあるまい。私はほうっと息を吐き、緊張に堅くなりかけた体をほぐす。


「なあ……クレア。少し昔話を聞いて欲しい」
「むかし……ばなし?」
「ああ、そうだ。あるダークエルフの昔話だ」


突然関係のない話を始めた私にクレアは戸惑っていたが、構わず続ける。


そのダークエルフは両親と妹の四人暮らしだった。いつも厳しく厳格な父と優しい母、それにお転婆な妹に囲まれた彼女はすくすくと成長し、やがて軍人になる事を志すようになった。それに対して彼女の父は猛反対する。女は軍隊になど入らず、良い伴侶を見つけて幸せに暮らすべき――と言うのが彼女の父の主張だったのだが、父親譲りの気の強さをもった彼女は、父の主張に折れるどころか反発して家から飛び出してしまったのだ。心配した母や妹の取りなしで互いの近況報告程度はしていたものの、それでも気まずさが残った二人は直接顔を合わせる機会が皆無になっていた。いつか立派な軍人になって父に認めてもらいたい――それまで決して父とは会わない。そう思っていた彼女の願いはついに叶う事なく、二人が再会する機会は永久に失われてしまう。


戦争が始まったのだ。海の向こうにある国がある日突然攻めてきて、彼女の国は蹂躙されてしまった。多くの兵や民が無残に殺され、彼女も奴隷として捕らわれてしまった。そして犠牲になった民の中には、彼女がいつか再会することを願っていた父親や、いつも優しくしてくれた母親も含まれていたのだ。


「――あの時、素直に謝っていれば……また家族で食卓を囲める素晴らしい時間を共有出来たかも知れない。私がつまらない意地を張らなければ、ひょっとしたら違う未来もあったかも知れない。今でも時々思い出す事があるよ。ま、後悔先に立たずと言う奴だな」


自嘲気味に笑う私の話を。クレアはただ黙って聞いていた。


「ディアベルさんは……後悔しているんですね」
「してるさ。みんなは私の事をさっぱりした気持ちの良い人物と思っているようだが、中身は情けないものだぞ。失敗するのが怖くて、後悔するのが怖くて、弱みを見せないように虚勢を張っている。……私はそんな女だよ」


肩をすくめる私をクスクスとクレアは笑う。その笑みは決して私を馬鹿にしたものではなく、自分の同士を見つけた嬉しさで自然と湧き出てきたものだ。


「クレア。今すぐ仲直りをしろなんて無茶を言う気はない。ただ、後で気が変わっても、その時両親が元気で居てくれる保証なんかないんだ。お前には、私と同じ後悔はして欲しくない。私やシャリー、それに主殿も、もう両親に会いたいと思っても二度と会えないのだから」
「…………」


今の我等の中で、親が元気で生きているのはクレアとレヴィアのみ。ドランがどんな出自かはハッキリしないが、彼も親代わりであるファフニルが居てくれる。パーティーの半分が既に親なしなのだ。それを考えれば、クレアの両親は不仲ではあっても生きていてくれるだけ幸運だろう。


「ディアベルさん……手紙を……届けてもらえませんか?」
「良いとも。気が済むまで何枚でも書くといい。お前の気持ち、私が必ず両親のもとに届けて見せよう」


クレアは無言で立ち上がると、頭を下げて自室へと戻っていった。どうやら心を決めたらしい。知らずに吹き出ていた額の汗を手で拭い、私はテーブルに突っ伏した。


「やれやれ……私には不向きな役だと言うのに、我ながら頑張ったものだ。こういうのはリーベの役目だろうに……」


そうは言いつつも、私は満足していた。一つの家族の橋渡しをする――これが父に対する罪滅ぼしになるとは思わないが、天国なんてところが本当にあるのなら、きっと今頃両親は私を褒めてくれているはずだ。


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『お父さん、お母さん、昨日はちゃんと話せなくてごめんなさい。口では上手く言えそうにないので手紙にします。ディアベルさんから二人の気持ちを聞いて、少し安心しました。まだ私の事を大事に思ってくれていると知らされて嬉しかった。でも、あんな事があったから、今すぐ二人を赦す事は出来ないと思う。それでも、私は二人の事を嫌いにはなれないの。また家族揃って話が出来たら、どんなに素敵だろうって思うけど……今の私には、まだその勇気が無い。いつか気持ちが落ち着いて、二人を赦せる決心がついたら、その時こそ会いに行きます。それまで私に時間をください。どうかその時までお元気で。二人の娘――クレアより』


クレアからの手紙を読んだ彼女の両親は、静かに涙を流していた。複雑なクレアの心境――手紙という手段ではあるが、それを本人から伝えられた事で彼等は安堵しているようだ。


「……ありがとうございました。ディアベルさん。この先あの子が赦してくれるかどうかはわからないけど、どんな結果になってもその切っ掛けを作ってくれたのは貴女だ。感謝します」
「なに、大した手間じゃ無かったから気にしなくて良い。それより、二人もクレアと同じように手紙を書いてはどうだろうか?」
「手紙……ですか。確かにそれも良いかもしれませんね。でも……」


良い思いつきだと一瞬喜んだのも束の間、彼等は躊躇してしまう。口にこそ出さないが、その理由は簡単に察する事が出来た。簡単に手紙を送ると言っても、リオグランドからこのグラン・ソラスまではかなりの距離がある。その間盗賊や魔物の襲撃をかいくぐるためには、そこそこの腕の冒険者か行商ついでの商人に頼むしか方法が無い。しかしどちらを選ぶにせよ、かなりの金額を要求されるのは共通しているはず。金に困ってはるばるクレアを尋ねてきた二人にとって、それは難しい方法なのだ。


「料金の事なら心配はいらない。冒険者ギルド経由で請求はこの私に回せば良いのだ。なに、私はこれでも世界を救った勇者パーティーの一人だからな。金などいくらでもある」


いくらでもあると言ったのは勿論嘘だ――が、あまり使う機会が無いので貯金だけは多いのも事実。彼等の手紙代を肩代わりしたところで、特に困る事もないのだ。


「でも……」
「いいから。お二人とクレアの手伝いをさせてくれ。私にとってもクレアは家族なのだから」


何か言いかけた二人は、私の言葉を聞くと深々と頭を下げた。


――乗合馬車の荷台から何度も頭を下げる二人を見送り、私はその場で大きく背伸びをし、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


「はぁ~……! なんとか……上手くいったと思うべきかな? 今は凝り固まった心も、手紙をやりとりする事でそのうち解れるかも知れない。とりあえずできる限りの事はしたんだ。後は当人達に任せれば良いだろう」


この後は、城に戻ってクレアを連れ出してやろう。シャリーとレヴィアの騒がしい二人組も一緒につれて行けば、クレアも少しは気が晴れるはずだ。主殿が戻っていられ馬車代わりに使わせてもらうとして、さて――何処の街に出かけようかな?

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