ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 凱旋⑦

先の戦争でミレーニアの被害はほぼ皆無だったと聞く。魔族達の侵攻はグリトニル、バッカス、リオグランドで食い止められたため、彼等ミレーニアの被害と言えば援軍として送り出した兵士達の犠牲だけだ。それでもあの激戦の中多数の兵士が亡くなり、戦死者遺族に対する恩給や補償は馬鹿にならない金額になったとか。


それとは対照的に、直接国土を侵されなかった割には被害の大きかったのがヴルカーノだ。彼等は人間側の偵察要因として多数のドラゴンライダーを前線に張り付かせていたため、飛行能力を持つ敵に真っ先に狙われたのだ。その上他国より少ないとは言え地上軍としてリザードマン達を多く出撃させていたため、割合で言えば最前線の三国の次に被害が大きかった国だろう。


そんな二国の首脳である女王デゼルと国王ボルカンに挟まれる形で、アルゴス帝国次期皇帝クロノワールの姿があった。彼女の国アルゴス帝国は、今回の戦争の中で一番うまく立ち回ったと言って良いだろう。援軍として一番多く兵を出した割には後方支援が多く、戦死者はそれほどでも無かった。その貢献をもって戦後の経済支援の額を他国より少なくすることに成功している。これも全てクロノワールの先を見通す力かと思うと、寒気がしてくる思いだ。


「あらエスト殿。先ほどはどうも。ご一緒にいかがかしら?」


俺の姿を見たクロノワールが、杯を片手に手招きしてくる。断るのも失礼なのでその三人の輪の中に加わると、デゼルが自ら新しい杯を手渡してくれた。


「式典では挨拶だけだったので、少しお話がしたいと思っていたんですよ」
「そうですね。顔を合わせる機会もあまりありませんし、ゆっくりお話しでもしましょうか」


クロノワールと俺はお互いににこやかな笑みを浮かべてはいるが、内心はそうでもない。少なくとも俺は彼女に隙を見せないよう、細心の注意を払うべく緊張に身を固くしていた。この美しいお姫様が少しも油断がならない人物だというのは、今までの経験で嫌と言う程わかっているからだ。


「エスト殿の領地は、この戦争でどの程度被害を受けたのですか?」


笑顔を浮かべたまま話そうとしない俺達二人を気遣ってか、デゼルが話を振ってくれる。


「お陰様で被害らしい被害はありませんでした。これも領地に住む皆のおかげです」
「それは何よりですね。ガルシアからも一部領土を割譲される事ですし、ますます発展される事でしょう。羨ましい事です」
「ありがとうございます」


一瞬会話が途切れる。同席したボルカンはもともと無口なタイプだし、デゼルとしても一方的に話し続けてクロノワールが話す機会を奪う訳にもいかない。しかし、当のクロノワールが話さないために間が持たなかったのだ。しょうがない。何か俺からネタを振ろうかと口を開きかけたその時、やっとクロノワールが口を開いた。


「エスト殿。その事について一つ提案があるのですが」
「な、なんでしょうか?」


また何か無理難題を言ってくるのかと身構えそうになるのをこらえ、笑顔のまま彼女に向き直る。クロノワールは優雅に杯を傾けて喉を潤し、話を続けた。


「両国の利益のためにも、早めに通商条約を結んでおきませんか? 新興国であるグラン・ソラスはこれから何かと物が入り用でしょう? 復興に忙しいグリトニルやバックスから復興に必要な物資を買い取るのも難しいでしょうしね」


何かと思えば商売に関する話だった。確かに彼女の言う通り、街や砦を壊され、多くの避難民を受け入れたグリトニルの王都などでは仮設住宅の建設に忙しい。材木や石材はいくらあっても足りない状態だろう。だが、俺はそこまで考えてふと気がつく。アルゴスがそれらの資材を余らせているのなら、俺の国に売るよりグリトニルら最前線の三国に売り払った方が利益が出るはずなのだ。何か俺に見落としでもあるのだろうか?


「確かに今後住民が増える我が国でそれらの資材は必要です。しかし、それはグリトニルやバックスでも同じでは?」
「当然そちらにも物資は提供しています。しかしそれらはあくまで復興支援と言う名目ですので、タダ同然で譲り渡しているために利益が出ないのですよ。その点エスト殿の国はこれから伸びしろがあり、人もどんどん集まるはず。悪い取引ではないと思いますが?」


ふーむ……彼女の言う通りなら、確かにアルゴスとしてこの状況はあまり美味しくないのだろう。うちとしても今まで頼りにして来たグリトニルからの流通が止まるのは痛い。それをアルゴスが肩代わりしてくれるなら渡りに船とも言える。


「もちろんそれだけではありません。現状、他の国では売れない嗜好品なども流通させていただけると助かります」


なるほど、そっちが本命だったか。グリトニルやバックス、リオグランドが無傷なら、わざわざ規模の小さい俺の国に取引を持ち掛けるまでもなかったろうが、三国は経済的にも精神的にも厳しい状況にある。例えば酒や装飾品の類を街で売り出したところで、国全体が喪に服しているような状態で売れるはずが無い。物が売れなければ仕入れをする必要もない訳で、物を輸出したいアルゴスとしては少しでも引き取ってくれる相手が欲しいと言ったところか。デゼルやボルカンと話していたのも、どうせそんな所だろう。必要以上に緊張して損した気がするが、そんな話なら断る理由もなかった。


「構いませんよ。他国程利益になるかどうかはわかりませんが、後日正式にアルゴスの民が我が国で商売出来る事を許可するとお約束します」
「よかった。では近い内にこちらから使者を派遣しますね。グラン・ソラスとは今後とも良い関係を築いていけると確信しました」
「こちらこそ。アルゴス帝国は友好的にやっていける事を願っていますよ」


花の咲いたような笑顔を浮かべるクロノワールに、俺は心底ほっとしていた。やれやれ、ただ商売がしたいだけなら最初に言ってくれればいいのに――と思わなくもないが、俺が勝手に緊張していただけなのが悪いのか。そこは少し反省だな。


結局、彼女達三人とは少しだけ世間話をした後離れた。彼女達はいずれも大国の首脳。新米の俺と違って忙しいのだろう。帰ったらルシノアに今回の事を報告しないといけないなと思いつつ、俺は近くのテーブルに手を伸ばし、料理を口に運ぶのだった。



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