ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 凱旋③

「やあエスト! 久しぶりだな! 今回は本当によくやってくれた!」


部屋に入って来たと思ったら、いきなり俺の手を取って興奮気味に労ってくれるリムリック王子。普段冷静な王子が珍しく興奮しているなんて、例の教皇騒ぎの時以来だろうか。邪神戦争当時、俺達が魔族領に潜入している間、グリトニルの国内は相当な被害を受けたと聞いている。王子自身も兵を率い、血と泥にまみれながら何度となく魔族との激闘を繰り広げていたようだ。圧倒的大軍の魔魔王軍を寡兵でもって散々翻弄し、甚大な被害を与えたんだとか。そんな王子も今ではすっかり落ち着いて、こうして俺達の目の前にやって来ている。


「お久しぶりですリムリック王子。顔を出すのが遅れて申し訳ありませんでした」


立ち上がって一礼する俺達を手で制し、王子は向かいの席にどっかりと腰かける。


「気にしないでくれ。君達にも自分の領地があるし、そっちを優先するのは当然だ。それに独立も近いしね。そうそう、その独立に関してだが、ガルシア王国のアルフォンソ王が君に話があるそうだ。恐らく割譲する予定の領地の事だろう」


そう。戦いに赴く直前、俺は各国の王が居並ぶ中独立を宣言し、その際ガルシア国王アルフォンソに自国の領地を割譲すると約束されている。現在俺の領地はグリトニルとアルゴスの一部だけだが、それに面するガルシア王国の領地も加えて国としての体裁を保つ訳だ。


「ありがたい事です。後でご挨拶に伺った折に、具体的な話をつめておきましょう」
「うん。そうするといい。で……だ。実は、我がグリトニルからも追加で領地を与えようと思っている」
「え!?」


突然の申し出に目が点になる。そんな話は一切聞いていない。各国から共同での報奨金と言うならまだ話が分かるが、なぜ今更領地の割譲なのだ? 今のグリトニルにそこまで余裕があるとも思えないのだが。リムリック王子の意図が掴めず思わず彼の顔を凝視すると、彼はばつが悪そうに視線を逸らせるだけだ。


「……我が国の内部から、世界を救った勇者に対する報酬が報奨金だけでは少ないのではないかと言う声が少なからず上がっているんだ。将来はともかく現在君はグリトニルに籍を置く身だし、領地を下賜するのはそれほど不思議じゃないだろう?」
「まあ……言われてみれば、そう思えない事も無いですが……」
「だからここは、新たに領地を加える事を認めてほしい。追加予定の土地は現在君に与えている領地に面している所だから、飛び地になる心配はないよ」
「…………」


なぜだろうか。どうにも額面通りに受け取る気にならない。裏があるような気がしてしょうがないぞ。詳しい説明をしてもらおうと口を開きかけたその時、俺の肩を何者かがポンポンと叩いた。誰かと思えばディアベルだ。


「主殿。ここは有り難く好意を受けて差し上げてはどうだろうか? 断られては王子の立つ瀬がないし、グリトニル王国としても面子が潰れると思う」


今までこう言った事に口を挟まなかったディアベルの提案に少し戸惑ってしまったが、王子は我が意を得たりとばかりにうんうんと頷いている。よくわからんが、ここはディアベルの言う通りにしておいた方が良いみたいだ。


「わかりました。ではご厚意に甘えさせていただきます」
「そうか! 良かった。では後日担当の者を派遣させるので、詳しい話その者から聞いてくれ。では私はこれで失礼させてもらうよ。ご挨拶がまだ残っているのでね」
「はあ……」


まるで逃げるようにそそくさと部屋を後にしたリムリック王子。取り残された俺達は、ただ黙ってその背中を見送るだけだった。王子が退室した直後、さっきの発言の意図がわからなかったので早速ディアベルに問いただす。


「ディアベル。さっきのは何か理由があるのか?」


俺の質問に、ディアベルは世間話でもするかのように口を開く。


「理由なら簡単だ。グリトニルは主殿に負債を押し付けようとしただけだよ」
「負債?」
「うん。つまりは――」


ディアベルの説明では、邪神戦争で国力の衰退したグリトニルは、養いきれなくなった国民を俺に押し付けたかったのだろう。大戦で多くの兵士や国民が死亡し、田畑や街も壊滅的な打撃を受けた。全力で建て直しを計ってはいるものの全てを救う事など出来ず、どうしても優先順位をつけざるを得ない。どう頑張っても飢え死にするか、運よく生き延びても野党などに身を落とす人々を放っておく事も出来ない。どうしたものかと頭を悩ませた時、思い至ったのが俺の存在だ。


領地は小さいながらも自前のダンジョンや冒険者学校などの真新しい施設で景気が良く、それに戦争中ほぼ無傷ですんだ上に籠城用の耕作地を大量に抱えている。アルゴスやガルシアに民を押し付ける事など体面的に出来はしないが、仮にもグリトニル貴族の俺になら褒美と言う体で領地ごと住民を押し付ける事が出来ると言う訳だ。


「一時的に苦しくなるとしても、将来の事を考えたら受けておいた方が良いと思ったのだ。それにグリトニルに貸しを作る事にもなる。主殿を差し置いて口を挟んでしまったが、あの場で王子を追求するのもマズイだろうしな」
「なるほど……そう言う事か。いや、助かったよディアベル。俺だけなら理由がハッキリ解るまで話を聞こうとしてただろうし」


ルシノアに相談なしで決めてしまった事だけが引っかかるが、まあこの際仕方がない。それは後で謝まっておこう。とりあえず今は戦勝式典の事だけ考えるとしよう。俺は頭を素早く切り替え、式の準備に望んだ。

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