ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 凱旋②

魔物の死骸の片づけや領内の治安回復、壊された建物の修理や被害を受けた人達に対する補償など、やたら忙しい日々を重ねていると、あっと言う間に一か月が過ぎた。幸い俺の領地は他の国に比べて被害は皆無と言っていいほど軽微であり、戦勝式典に出発する前に全ての仕事を終わらせる事が出来ていた。


「じゃあ行ってくるよ。明日か明後日には帰れると思うから、後の事はよろしくな」
「はい。行ってらっしゃいませエスト様」
「安心してくれ。もう魔族も居ないし、エスト達の手を煩わせる事もないだろ」


見送りに来てくれたルシノアとアミルの二人に手を振り、俺達はいつも冒険で使っていた装備を身に着け、グラン・ソラス城を後にした。他の王族達と違って俺達にはドラプニルの腕輪がある為、移動は転移で一瞬だ。と言っても移動したのはグリトニルの王都の前で、城の中にではない。普段ならともかく式典の準備段階で直接グリトニルの王城に現れては礼儀を欠くし、警備の人間を困らせる事になってしまうので、俺達は騎乗した形で王都正門へと現れた。


多くの人が行き交う中、突然現れた俺達を目ざとく見つけた警備の兵士がすっ飛んで来る。若干顔が紅潮し、笑みを浮かべながら走って来る様子から察すると、彼は俺達の顔を見た事があるのかも知れない。兵士は俺達の前で足を止め、荒い息をつきながら馬上の俺達を見上げる。


「よ、ようこそお越しくださいました勇者様方! リムリック王子からお話は伺っておりますので、私が王城までの案内を務めさせていただきます!」
「え、ええ……。ではよろしく」
「お任せください!」


兵士があまりにも大声で話すものだから、周囲の人々が何事かとこちらを遠巻きに観察していた。参ったな……うぬぼれる訳では無いけど、下手に注目を集めると動きにくくなるから、なるべく目立ちたくなかったんだが。しかし兵士はそんな俺達の気持ちなどお構いなしに、先ほどよりも大声を張り上げた。


「さあみんな、道を空けてくれ! 世界を救った勇者様方のお通りだ!」
「勇者様!?」
「本当だ! 勇者パーティーだ!」
「すげえ! 本物だよ!」


正門前で並んでいた人々が驚きながらも一斉に左右へと散り、道を開けてくれた。誰も彼もが興奮気味に俺達を見て、自らの連れ合いと話しながら口々に何か話しているのが目に入る。そんな中を兵士に先導されながらゆっくりと歩くものだから、さながら相撲か野球の優勝パレードのようになってしまった。


「こんなに人が集まるなんて……」
「我等も有名になったものだな」
「それだけ兄様が凄いって事よね!」
「本番はまだ先だってのにな……」


居心地悪そうにしている俺達と違って、こんな時でもマイペースなのはシャリーとドランの二人だ。シャリーは群衆が手を振ってくれるのが楽しいのか、さっきからしきりに笑顔で手を振り返している。ドランは邪神を封印してからと言うもの、もう姿を隠す事も無くなったので、今はシャリーの頭の上で干し肉に夢中だ。滅多に見る事の出来ない幼竜は俺達より注目を集めていた。ひょっとしたら群衆に揉みくちゃにされるかも知れないと覚悟したのだがそんな事は無く、人々は興奮している物の一定の距離以内に近寄ろうとはしなかった。レベルが高すぎるから本能的な恐怖を感じているのかもな。


「これより先は、別の者がご案内をさせていただきます! 勇者様方、お会いできて光栄でした!」


見世物になりながらたっぷり時間をかけて王城へと辿り着くと、先頭を得意げに歩いていた兵士は出発前と同じように声を張り上げ、元気よく今来た道を戻って行った。やれやれ、一番興奮していたのは間違いなく彼だったな。騒ぎを聞きつけていたのか、既に俺達の前には身なりの良い人物が数人、笑顔を浮かべて立っている。貴族がわざわざ迎えに来るとも思えないから、たぶん文官なんだろう。


「お久しぶりですエスト様。ここから先は私がご案内させていただきます」
「……! ああ、どうも。久しぶりですね。こちらこそよろしくお願いします」


誰かと思えば、以前クロウと共に使節団を務めていた面子の中に見た顔だ。彼は使節団の頃と違って血色も良く、やつれた様子など微塵もない。やはり外交と言うのは肉体的にも精神的にも疲弊する仕事なのだろう。馬を預け、彼の後ろを歩きだしてしばらく経つと、世間話でもするかのような軽いノリで先頭の彼が口を開く。


「エスト様と同行した時は何度も寿命が縮む思いをしたものですが、今では良い思い出ですよ。あの苦労があったからこそ、今の部署で多少辛い事があっても耐えられているんです」
「……そうですか」
「いえいえ、本当に感謝しているのですよ。エスト様の常識外れの行動には本当に鍛えられました! 他国との交渉の場で何度も刃傷沙汰に及ぶなど、なかなか体験できることではありませんからな!」
「…………」


にこやかな表情を浮かべながら俺に対して毒を吐く彼に返す言葉が無い。確かにクロウ達には少しだけ迷惑をかけた様な気もするな。昔の事なんであまり覚えていないな。横を歩くクレア達が、また何をやらかしたんだという目で見ているのが気になったが、深く考えないようにしよう。


「ではここでお待ちください。じきにリムリック王子がいらっしゃいますので」


王城の中にある貴賓室まで案内された後、文官の彼はそう言ってさっさと姿を消してしまった。


「主殿、一体我等の居ない所で何をやっていたんだ?」
「さっきの人、目が全然笑ってなかったよね」
「ご主人様……悪い事をしたら、ちゃんと謝らないと駄目ですよ?」


予想通りと言うか、やっぱり説教コースだった。居心地が悪い事この上もない。俺はリムリック王子が一刻も早く訪れて来る事を、願わずにはいられなかった。



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