ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 古の勇者②

一時は大陸の南部、砂漠付近にまで追い詰められていた人間達であったが、勇者の出現により戦況は一変した。彼は自ら軍隊を率いるだけでなく、自分の考え方や戦い方を出来る限り仲間達に教えようと教育にも力を入れた。各国の生き残りの中から見込みのある人材を種族の垣根なく集め、実地と研修で教育を施していく。この世界の人々が見た事も聞いた事も無い戦術や、大陸全てを盤上として兵を采配する戦略的な考え方に、人々は度肝を抜かれたものだ。


「これほど高度で複雑な戦法を思いつくなんて、勇者様はどこかで専門的な教育でも受けていたのだろうか?」
「いや、生まれ持った才能だろう。こんなのは何処の国の軍でも、見た事も聞いた事も無いぞ」
「流石は勇者様。あの方に任せておけば、我等の勝利は間違いない」


人材に対する教育や新型の武器防具の開発などを駆使する事で、大陸の半分ほどまで奪い返した人間達。そんなある日の事、彼等は次の大規模な戦いで魔族達に痛撃を与えて、一気に戦局を好転させる作戦の準備段階に入っていた。決戦である。にもかかわらず、自分達の運命が決まる一大作戦の前だと言うのに、人々はどこか浮かれ、気が緩んでいたのだ。


ヨシフルが現れてからというもの、連戦連勝。破竹の勢いで突き進む自分達の勢いに、彼等は完全に調子に乗っていたのだ。勇者さえ居れば勝てる。勇者の言う事を聞いていれば負けるはずが無い――と。そんな人々の期待を一身に背負ったヨシフル自身は、浮かれる人々とは正反対に、苦しむ日々を送っていた。


エストほど楽観的でも、見ず知らずの人間に冷たくも出来ないヨシフルの性格上、彼等の思いを無視する事など出来ないのだ。自分が失敗すれば、この人達はどうなるだろう? 再び地獄のような生活に戻ってしまうのだろうか? 道ですれ違い、手を振った子供達も死んでしまうのか? 俺の手を取って涙を流していた老夫婦は、再び絶望するのだろうか? そんな事を考えるあまり、ヨシフルは日々憔悴していった。


そんな悶々とした日々を送っていたある日の事、彼は人生を一変させるような出会いを果たす事になる。海竜リーベとの出会いだ。地上軍と共に海軍を編成し、海から敵の後背に上陸してかく乱させる手を思いついたヨシフルは、人間達に協力してくれていた心優しき海の支配者リヴァイアサンと面会する機会を得たのだ。


この世界に来てからと言うもの、ある程度年齢を重ねたドラゴンが人間の姿を取れる事を知っていたヨシフルだったが、人の姿になったリーベには一瞬で心を奪われてしまった。


まだドラゴンとして年若く、半人前とも言っていいリーベは快活を絵に描いた様な女性で、明るい性格をした彼女の周りには自然と人が集まって来る。そんなリーベに惚れる男は数多く居たが、運よく彼女の心を射止めたのはヨシフルただ一人だ。なにせ彼女に声をかける男と言えば、ある程度以上の実力を備えた猛者ばかりであり、自分の力に絶対の自信を持っていた彼等のアピールは如何に自分が優れているかの主張ばかりで、彼女の話を聞こうともしない連中ばかりだったからだ。


そんな連中にうんざりしていたリーベにとって、静かに自分の話に耳を傾け、些細な事でも褒めてくれるヨシフルと言う男の存在は、彼女の目に魅力的に映る存在だったのだ。そんな二人だったから、当然のように親密になっていく。誰にも打ち明ける事が出来なかった不安をリーベにだけは打ち明けるヨシフルを、彼女はただ黙って抱きしめ、「大丈夫。何があっても私だけはヨシフルの味方だから」と安心させる。


心の支えを得た事で精神的にも余裕が生まれ、以前と見違えるほど精力的に働くようになったヨシフル。そんな彼に率いられた人々は次々に勝利を重ねていき、ついに以前の勢力範囲を取り戻す事に成功していた。魔族達は大陸北部にある山脈――後に光竜連峰と呼ばれる山脈の更に北、最果ての地と呼ばれる土地に逃げ込んで徹底抗戦の構えを見せている。


最果ての地に侵入するには険しい山々を徒歩で越えねばならず、大軍の行軍にはまるで向いていない土地だ。おまけに道らしい道も無い上に、邪神に与するドラゴン達が時折姿を見せるので危険極まりない。この事態に対し、ヨシフルが選んだのは少数精鋭による敵本拠地の急襲だった。


ヨシフルと共に最果ての地に乗り込んだ面子は全部で十人。いずれも各種族を代表する一騎当千の猛者揃いだ。人族のヨシフルに獣人の戦士。弓の名手であるエルフと精霊魔法の達人であるダークエルフ。ドワーフ一の戦士と言われた斧使いや素早い動きで敵を翻弄する小人族の若者など、人々の期待を一身に背負った彼等は多くの犠牲を出しながらも魔族の首魁を倒し、グリトニル神の力を借りて邪神の封印に成功したのだった。


世界から闇は払われ、全てがめでたしめでたしで終わるはずだったのだが――ヨシフルとリーベの関係だけはそうはいかなかった。最終決戦に赴くまで、既にヨシフルの存在は勇者という枠を超え、王としての責を負わされるまでになっていた。そんな彼が全ての責任を放り出してリーベと二人だけの生活など送れるはずもなく、ヨシフルは生き残った人間の姫を娶り、王国の建て直しを迫られる事になってしまった。


これがエストであれば「そんな事俺が知るか。お前等だけで勝手にやってろ」と突っぱねるのだろうが、責任感の強いヨシフルに困った人々を放り出して自分だけ幸せになると言う選択肢はどうしても取る事が出来なかったのだ。


結果、ヨシフルは泣く泣くリーベと別れることになり、国王と言う望まぬ地位に就いたのだった。


その後の彼がどうなったのかは定かではない。ただ、王の座に就いたものの、決して子供を儲ける事はなく、生涯妻と交わる事は無かったとだけ伝えられている。彼が建て直した王国は長い年月栄えていたようだが、数千年の月日の中、痕跡すら残さず消え去ったらしい。


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グラン・ソラス城の中庭で、リーベはそんな昔の事を思い出しながら、正面に座る愛娘の顔を眺めていた。彼女の娘レヴィアは昔の自分によく似ていて、明るく元気な女の子だ。彼女の顔には、どことなく勇者ヨシフルの面影がある。ヨシフルと別れる前に身籠った命が長い年月をかけて卵になり、生まれ落ちたのがこのレヴィアだった。


「母様? どうかした?」


カップの中の液体の苦さに顔をしかめながら、自分を見つめるリーベを不思議そうに見返すレヴィア。そんな表情豊かな娘に笑みを浮かべ、何でもないとリーベは手を振る。


「ううん、何でもないの。それよりファフニルから貰ったそのお茶は美味しい?」
「う~ん……このコーヒーって飲み物、私は好きじゃないわ。兄様は好きみたいだけどね」
「……そうね。やっぱりあの人と同じ世界の人だから、この味が好きなのかもね」


リーベは今は亡きヨシフルとの日々を思い出す。そう言えば、彼もこのコーヒーと言う苦い飲み物を好んで飲んでいた事があったな――と。


「それより母様。無理に聞く気はないんだけど……出来れば父様の事を教えて欲しいの」


娘の突然の申し出にリーベは面食らう。昔レヴィアが自分の父親の事を聞いて来た時があったが、その時ははぐらかしてしまったのだ。それ以来、レヴィアが父親の事を聞いて来た事は無い。彼女なりに気を使っていたのだろう。そんな娘がどう言った心境の変化か、出生の秘密を知りたいという。


「そうね。黙っている理由もないし、あなたにも話しておこうかしら。かつて勇者と呼ばれた、あなたの父親の事を」


リーベは自分のカップにコーヒーを入れ直し、少し喉を湿らせてから話し始める。別の世界から突然現れた、偉大な勇者の伝説を。そして別れる間際、彼が自分と生まれて来る子供に対して何を語ったのかを。仲良く話す海竜の親子を、優しい木漏れ日がいつまでも照らしていた。

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