ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 リセ

アイギス城での責任者と言えば代官を務めるエド夫妻だが、軍事の要となっているのは第一回の採用試験で合格したリセだった。彼女は女性らしい見事なプロポーションを誇り、長い黒髪を後ろに束ね、切れ長の目をした美人だ。


そのリセの生い立ちは、世間一般からすると少々変わっている。彼女は両親が歳をとってから生まれた子供で、父親が五十歳、母親が四十五歳の時の子供だ。その為か、両親は彼女の事を溺愛した。目に入れても痛くないとはこの事だと言わんばかりに彼女を甘やかし、彼女が求めれば何でも買い与えたため、幼少時は何不自由ない生活を送る事が出来た。


そんな生活が一変したのは彼女が十歳の時だ。子供の頃から整った容姿をしていたリセに恋心を抱く一人の少年が告白したのだ。初めての経験に戸惑ったリセはどうしていいのかわからず、あろう事か、自分の最も信頼する人物――両親に相談してしまったのだ。


当然娘を溺愛していた両親は激怒した。自分の娘の周りを悪い虫が飛び交っていて、あげくに娘と付き合いたいとまで言い放ったのだ。普通の家庭ならそこまで大事ではないはずだが、リセの両親は普通では無かったので、ここから彼女の教育方針がおかしな方向に向き始める。


「学校は止めさせる! 家庭教師を雇って家で勉強させて、男から身を守るために俺達が戦い方を教えるんだ!」


彼女の両親は二人とも冒険者で身を立てたので、剣や槍の扱いならお手の物だ。しかし人生の大部分を冒険に費やして来たため、普通の人に備わっている様な常識が欠如している。今回の事も、可愛がっているはずのリセの意思を無視して強引に決めてしまったのだ。


翌日からリセの生活は一変した。学校に通う代わりに、朝から晩まで両親が付きっ切りで彼女を鍛え始めた。息も絶え絶えになるほどの長距離を走らされた後、手に血豆を作るほど素振りをやらされた後、最後には真剣を使って両親との模擬戦だ。そしてようやくそれが終わったかと思うと、今度は家の中での座学が始まる。それは簡単な読み書きだけでなく、ダンジョンに潜った時の生活術や魔物の弱点まで多岐にわたった。


いつも優しい両親が鬼のような表情で自分を追い詰め始めた当初、リセは毎日泣いて暮らしていた。元の優しい両親に戻って欲しいと何度も訴えたものの、二人とも頑として譲らなかったのだ。第三者から見て異常とも言える教育だったが、本人達はこれが唯一娘を守る方法と信じて疑わなかった。


幸か不幸か、リセには剣の才能があったようで、両親の教えを真綿が水を吸うように凄まじい速さで習得していき、十五になる頃には並大抵の冒険者では歯が立たない腕前になっていた。レベル自体はそれほど高くないが、剣術のレベルだけ異常に上がった状態になっていたのだ。


そこまで腕を上げれば身を守るのに十分だと判断した両親が修行の終わりを告げたものの、今度は長年の修行ですっかり人が変わったリセ自身がそれを拒否した。


「私、修行の旅に出る。いろんな国を巡って強い人を見てみたい!」


半泣きになる両親が引き留めるのも構わず、リセは簡単に荷物をまとめると、剣を片手に家を飛び出した。そこからの彼女の生活は今まで以上に過酷になった。リセは自分を冒険者として登録した後、他人と組む事無く一人で依頼をこなしては日銭を稼ぎ、その国で強いと言われる者達を見物に行くと言う生活を送るようになった。


時には師事し、時には手合わせをしながら、そんな生活を五年ほど続け、ふと気がつくと彼女は二十歳になっていた。魔族領を除く大陸のあらゆる国に足を延ばした彼女は、ある時獣人の国リオグランドで国王を選別するための闘技会が開かれる噂を耳にした。


「実力で国王を目指す人達なら、弱いはずが無い。絶対見に行かなくちゃ」


彼女自身が国王に――とは考えなかった。なぜなら当時の彼女の目標は自分の理想とする戦い方を探す事であって、出世欲など皆無だったからだ。


リセが期待した通り、闘技会の本戦に勝ち上がって来た出場者達は、皆彼女の期待以上の強さを見せてくれた。その中でも彼女の心を揺り動かしたのは、決勝まで進んで来たエストの戦い方だ。彼の戦い方は正々堂々という言葉からかけ離れており、よく言えば泥臭く、悪く言えば野蛮で下品な戦い方だった。体裁など気にせず、ただ勝つ、生き残る事を目的としたその戦い方は、リセの目には非常に新鮮に映ったのだ。


「あれが……あれこそが私の目標とする戦い方だ!」


大会後、どうにかしてエストと接触し、彼に教えを乞おうとしたリセだったが、なかなか機会に恵まれなかった。なにせ当時のエストは世界各地を転々としていて、一か所にじっとしている事が稀だったし、彼が何処に住んでいるかの情報を掴んでいなかったからだ。途方に暮れたリセは駄目もとでリオグランドの王城を訪ねた。大会関係者であるフォルザやティグレなら、何か知っているかもしれないと思ったのだ。


当然一般市民がいきなり訪ねて王子や王女と面会させてくれと言っても、つまみ出されるのがオチだったのだが、彼女は幸運に恵まれていた。ちょうど所要で城から出るところだったティグレ本人と話す機会に恵まれたのだ。


「エスト君の居場所? うーん……今どこにいるかまでは知らないけど、彼の領地の場所なら知ってるよ」
「本当ですか!? 是非教えてください!」


リセの勢いに苦笑しながらではあったが、ティグレは自分の知りうる限りの情報を提供してくれた。エストが一代限りの名誉爵位持ちである事と、領地がグリトニルの最南端にあるを事だ。


そして徒歩で移動する事二月あまり、リセはようやくエストの領地に辿り着くことが出来た。話に聞いていた田舎と違い、実際に訪れたエストの領地は急速に発展しつつある街で、奇妙な形の巨大な城や、各国の王都以上とも思われる城壁まで備える城塞都市となっていたのだった。


「凄い……! 何もない所からここまで発展させるなんて。やっぱりエスト様は普通じゃないんだ!」


街を行き交う人々の顔には希望や野心が溢れ、この街で一旗揚げてやろうと言う気概が感じられる。そんな熱気に当てられた商人達が盛んに客を呼び込み、街全体が喧騒に包まれていた。


しかし、リセの目的であるエストとの面会は一向に叶わなかった。なにせ彼はじっとしていない人物だし、後から気がついた事なのだが、リセの滞在していたのはアイギスの街と呼ばれる所で、エストが住み家としているグラン・ソラス城とは別の所だったのだ。それに気がつかない彼女は周辺の魔物を狩っては日銭を稼ぎ、城を訪ねると言う行為が日常となっていた。


そんなある日の事、願ってもないチャンスが訪れる。人手不足のため、エストの領地で大々的に人材を募集すると言うのだ。今回募集するのは治安維持活動の人手であるため、腕の立つ人物を求めているらしい。これこそ運命と思ったリセは、早速募集に飛びついた。並みいる強者を圧倒しての勝ち抜けは、試験官を務めたクレアとディアベルを唸らせるのに十分な腕前だった。が……彼女の存在をクレアとディアベルの二人が同じ女として彼女を危険視していた事など、リセには想像の埒外だったろう。


「リセ様! リセ様!」
「え!? あ、ごめんなさい」


物思いにふけっていたリセを現実に戻したのは、彼女の指導の下、訓練を受けていた部下達だ。今アイギス城は何度かの募兵をかけ急速に戦力を増しているため、軍を統括するリセの仕事はかなりの激務となっている。そんな彼女の助けとなっているのは、昔嫌々やっていたはずの両親からの教えだった。


(人生って何が起きるかわからないわね。私がこんな地位に就くなんて、誰も想像してなかったはずなのに)


「さあ、準備運動は終わり! 今から城外を十周した後模擬戦よ!」
『えええ!』


自分の半生を思い返しながら、リセは剣を片手に立ちあがる。今の彼女はエストに仕える忠実な家臣。ただ剣を極める事だけが人生の目標だった彼女の今の楽しみは、主であるエストに仕え、その力になる事。悲鳴を上げる部下を叱咤しながら彼女は走り出す。いつの日か、目標とするエストに手が届くほどの強さを手に入れる為に。

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