ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 ネメシス①

ネメシスと言う名の魔族が生まれたのは、『邪神戦争』と呼ばれる忌まわしい戦いのおよそ百五十年ほど前だった。当時の魔族領は現在より遥かに貧しく、至る所に魔物が我が物顔で跋扈する危険な地域だった。少ない食料を巡って魔族同士で争うなど日常茶飯事で、飢えに苦しんだ者は魔物を殺して食おうとするものの、返り討ちに遭って逆に魔物の食料になる事も珍しくなかった。


そんな中、魔王の血族に新たな男子が誕生した。名はネメシス。彼の一家は子沢山で、彼は十一番目の男子としてこの世に生を受けた。魔王の血族と言っても決して裕福ではなく、何とか日々食つなぐだけで精一杯の状態だ。そんな家だから子供は重要な労働力であり、彼や兄弟達は一人の例外もなく家の仕事を手伝わされた。そのため、彼の能力が非凡である事に周囲の人間が気がつくのは、随分後になってからだ。


ある日、定期的に行われる兵役検査で彼の魔力量が常人と比較にならないほど巨大な事が判明した。検査官はその膨大な魔力に腰をぬかしかけたものの、すぐ気を取り直して王都へと知らせを送る。金の卵を発見した事で浮かれた彼の手紙には、こう書かれていた。『次代の魔王候補発見』と。


魔王の座は世襲ではない。魔王として君臨する魔族の力が衰え始めた頃、その魔王自らが次代の魔王になりえる人物を見定め、徹底的に教育するため、特に継承争いも起きずに譲位が行われる。力こそすべてと考えがちな魔族にしては珍しく、この魔王の譲位だけは今まで反対を唱えられた事は無かった。


次代の魔王候補の選定には国中から多くの子供が集められる。彼等はまず同じように各地から集められた子供の中で、競争する事になる。魔王候補として魔王直々に教育を受けられるのはたった一人のみ。それ以外は能力に応じて、各分野に振り分けられることになる。


集められた子供達は、魔王候補と言うだけあってどれも傑出した能力を持っていた。それこそ成長すれば国を支える優れた人材になってくれるだろう。だがその中でもネメシスだけは別格だった。他の子供を圧倒する魔力量に加えて、真綿が水を吸うように一度教えた事は完璧に覚えてしまう記憶力。そしてどんな厳しい状況でも最善の手を選び出す判断力。とても子供とは思えない能力に選別役の軍高官達は舌を巻いたものだ。


ネメシスが軍に引き取られてから五年の月日が経った。その間彼は他の魔王候補を抑え、常にトップの座に居座り続けた。朝起きて座学から始まり、軍事教練や野外訓練など代り映えのしない生活を続けてきた彼の人間関係に、少しばかりの変化が訪れた。他の上位成績優秀者が彼とつるみ始めたのだ。つるむと言っても友達のように接するのではなく、部下が上官に付き従うように、常にネメシスに対して敬意を払ってはいたが。


その成績優秀者は全部で四人。まず剣での戦いを得意とし、ネメシスの副官とも言うべき立場のブレイド。彼は無口なネメシスの意を素早く汲み取る事に長け、ネメシスが口を開くより前に周りの人間に指示を飛ばす事が多かった。


次は槍での戦いを得意とするランス。少し粗野な感じのする男ではあったがネメシスには絶対の忠誠を誓っており、取り巻きの四人の中では先頭を切って敵に突撃するタイプだ。


その次が弓を得意とするアルク。強面のブレイドやランスと違い、優男のような外見だったが、その胸に秘めたネメシスへの忠誠は他の三人を上回る。仮に自らとネメシスが同時に命の危機に陥れば、彼は一瞬も迷うことなくネメシスの生存を優先するだろう。


そして最後が四人の中の紅一点、精霊使いのフューリだ。彼女の基本的な戦術は精霊を召喚して自らの代わりに戦わせる事。女性であるため他の三人程肉弾戦は得意ではないが、その呼び出される精霊は強力で、生半可な魔物では束になっても敵わない程だ。そして彼女はネメシスに次いで魔力量が多い。やや冷たいとされる冷静沈着な性格で、四人の中では知恵袋的な存在だった。


その四人は常日頃からネメシスに付き従い、何かと彼の世話を焼く。平凡な成績の者が同じ事をすれば太鼓持ちだと揶揄されただろうが、彼等はネメシスに次ぐ実力者揃い。内心はともかく、誰も口に出して彼等を非難しようとはしなかった。彼等はネメシスの力に惚れ込み、将来必ず魔王になる彼の役に立つ事を心に誓い、日々の修行に明け暮れた。


そしてネメシスが次期魔王候補確実となり、現魔王から直接指導を受ける段階になった時、魔族領にある事件が起きる。


クーデターだ。


魔族領の現状を憂い、現魔王の能力不足を理由に玉座を奪おうとしたのは地方の有力魔族だった。彼等は軍の三分の一ほどを味方につけ魔王城に押し寄せる。不意を突かれた魔王側は城にそれほど兵を常駐させていなかったため、クーデター軍に良いようにやられてしまう。各地に伝令を送ったものの、最速でも丸一日はかかるため、魔王が生き残るには城に留まる兵達だけで敵を撃退しなければならなかった。しかし全盛期ならともかく、力の衰えた今の魔王ではそれは絶望的。謁見の間に殺到する敵軍にこのまま討ち取られるかと思ったその時、それらの兵を一瞬にして消し飛ばす光がどこからともなく放たれた。その光は魔王城と謁見の間をつなぐ一本道の上に群がる敵軍をまとめて消滅させ、そのまま魔王城に直撃して大爆発を起こす。


その攻撃を放った人物――ネメシスとその取り巻き四人衆の参戦で、形勢は一気に魔王側へと傾いた。なにせネメシスだけでも軍を圧倒する実力がある上、その取り巻きは現職の将軍すら上回る実力者揃いなのだ。彼等はまるで無人の野を行くが如く敵軍を散々に打ち破り、ついにはクーデターの首魁を討ち取ってしまった。


この出来事がきっかけで、魔族領全体で彼等の名が広まる事になった。次期魔王と――四天王として。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品