ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 ルシノア②

ルシノアの主であるエストと言う男は、基本自分の領地に居る事が少ない。彼はルシノアが今まで仕えてきた領主達とは違い、勇者と呼ばれる特別な人間なために、基本領地の経営はルシノアに丸投げしている。各国を巡ってトラブルを解決し、その褒美で目も眩む様な金銀財宝を持ち帰ったかと思うと、それを何の躊躇もなくルシノアに押し付けるのだ。そしてまたすぐフラッと居なくなる。その豪胆なのか何も考えていないのか判断に困る彼のやり方に、ルシノアは当初かなり戸惑ったものだ。


「私が金を持ち逃げするとか、悪用するとか考えないのかしら……?」


エストのもたらす財で彼の領地は飛躍的に発展し、それに伴ってルシノアの仕事量も激増していった。それでも何とか新しく入ったシンシアとマリアと言う二人の奴隷の手を借りて、ルシノアは仕事を懸命にこなしていたのだが、押し寄せる物量に一人二人増えたところで焼け石に水だった。


なにせ仕事が忙しすぎて、ろくに食事を摂る時間も確保できないのだ。若い女性としては身だしなみを常に整えていたいものの、その余裕すらない。何とか一日一回風呂に入る事を最後の砦にしているぐらいで、化粧だとか髪や爪の手入れにまで時間を割く余裕は無かった。


そんな時、しばらく前に出ていったエスト一行が、見覚えのない二人の人物と共に再びふらりと帰って来た。驚いた事に、そのうちの一人は海の支配者リヴァイアサンの娘を自称する、絶世の美少女だった。その美少女が屋敷の外で巨大な水竜の姿に変化した時は腰が抜けそうになったものだが、ここで重要なのはもう一人の人物だ。


リーリエと言う名の小柄な女性の第一印象は、小動物みたい――だった。常に周囲の物音にビクビクし、他人の顔色を窺っている、口数の少ない物静かな女性だった。それもそのはず、後にエストから聞かされた彼女の事情は悲惨の一言。故郷を守るべき国の兵士に攫われて、集団で長時間慰み者にされたらしい。エストはそんな彼女を救い出し、行き場のない彼女の新たな住処としてこの領地に連れてきたんだとか。


同じ女性として彼女の境遇に同情したルシノアだったが、当初彼女の能力にはそれほど期待していなかった。リーリエ本人の話によれば、もともと特に特技も学も無く、両親と共に細々とした畑を耕し日々を過ごして来ただけと聞いたからだ。だがその認識は、彼女が働き始めたその日によって変えられる事になった。


とにかく料理の腕前が完璧なのだ。以前王都で食べた事のある一流店の味に勝るとも劣らない。いや、出て来る速さと気軽さ、そして何より彼女の人柄がもたらす暖かさと相まって、一流店より上かも知れなかった。それに加えて掃除や洗濯などの家事も完璧にこなし、ルシノア達に少なくない劣等感すら抱かせたほどだ。


そんなリーリエの加入もあり、ルシノア達の生活環境は劇的に向上した。生活の雑事に追われる事が無くなったおかげで仕事の効率も上がり、それによって領内の発展も急速に進んで行く。もはや名も無い村の姿は影も形も無くなって、エストの領地は新しいチャンスを求める希望に燃える人々が殺到する新天地となっていたのだ。


「これだけ環境が整ってくれば、やり甲斐があるわね」


もう彼女にとって、中央に戻るなどと言う考えは頭の片隅にもありはしない。これだけやり甲斐のある仕事と地位を与えてもらった上に、全面的に彼女に任せてくれるエストの信頼に対して、一生かけて応えるつもりでいたのだ。


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「ルシノア様、こちらの書類の決裁をお願いします」
「ええ、わかったわ」


今彼女はエストが築城した城の一室にある、この国の頭脳とも言うべき執務室に身を置いている。四階建ての城の最上階はエスト達パーティーのプライベートなスペースとして、普段人が寄り付く事は無い。ルシノア達が居るのは城の三階だ。その執務室の中で、ルシノアはシンシアから受け取った書類に目を通して片付けると、すぐ次の仕事に取り掛かった。


彼女の主エストが魔族領で邪神の封印に成功し、魔王を討伐した事で、この国は晴れて独立国となる事が各国の王達によって承認された。その為にルシノアの仕事は以前にも増して忙しくなり、その責任も比較にならないほど重い物となっていた。なにせ独立後、彼女は国の政治の一切を取り仕切る宰相の地位に就く事が決まっていたからだ。


「本当に人生ってわからないものね。ただの代官がここまでこれるなんて」


もう彼女の顔に昔のような陰は無い。その目からは希望とやる気が溢れ、彼女の容姿を以前にも増して魅力的なものとしていた。


「落ち着いたら街に家を買って、お父さん達を呼び寄せなくちゃね」


両親とは手紙でのやり取りだけで、この数年会っていない。招待できるような状態でも無かったし、何より自分自身の事だけで精一杯だったからだ。だが今なら大丈夫。細々とした生活を続ける両親を呼び寄せ、男爵だった時以上に贅沢な暮らしをさせてあげられるはずだ。親子三人水入らずで暮らす――ルシノアが長年夢見てきた事が、いよいよ現実になりつつあるのだ。


「そのためにも、もっと頑張らなきゃね」
「ルシノア様? どうかなさいましたか?」


独り言を聞いていたシンシアに何でもないと手を振ると、ルシノアは再び仕事に取り掛かるのだった。

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