ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 シャリーとディアベル ③

シャリーとディアベルは牢の中で束の間の平和を享受していた。食事は一日一食、パン一切れと生ぬるい水の貧しい物だったが、ディアベルは食べ盛りのシャリーに自分の分を分け与えて彼女の腹を満たす事を優先していた。


「シャリーが食べたらディアベルの分がなくなっちゃうよ」
「気にするな。我等エルフはもともと小食なのだ。多少食事を抜いたことろで何の問題も無い」


遠慮がちに断ろうとするシャリーの口に千切ったパンを少しずつ与えながら、ディアベルは穏やかな顔で彼女の頭を撫でる。戦いに敗れ奴隷となった今、ディアベルにとってはシャリーの存在だけが心の癒しだったのだ。それはシャリーにしても同様で、両親が居なくなった後唯一信頼できたのがディアベルだった。ディアベルは口調こそ男っぽくて不器用だが、彼女なりに精一杯シャリーの面倒を見ようとしている。それを本能で感じ取ったシャリーは、亡き母の姿を重ねるようにディアベルを頼るのだった。


しかしそんな時間も長くは続かなかった。奴隷に落ちたと言う事は、いつか買われると言う事を意味している。自称冒険者を名乗る男二人組が奴隷商に連れられて、彼女達の居る牢の前へと立ったのだ。


「こいつは元軍人で精霊使いだ。見ての通りのいい女だし、戦い以外にも色々と使い道はある。安くしといてやるぜ」


奴隷商の説明に客である男達は下卑た笑みを浮かべていた。その視線はディアベルの体を舐め回す様に這い回り、欲望丸出しの目で見られた彼女は生理的嫌悪を隠そうとしなかった。妖精族の男性は人族に比べて淡泊であるため、彼女は性的な目で見られた経験などが無かったのだ。


「買おう」
「まいどあり」


商談が成立し、奴隷商の手下達が牢の中に入って来る。怯えるシャリーを背後に隠し力で抵抗しようとするディアベルだったが、あっさりと手下達に取り押さえられる。奴隷を閉じ込めておく牢には魔法を封じる仕掛けがしてあるため、彼女が得意とする精霊魔法が使えないのだ。万全の態勢なら素手でもある程度抵抗も出来ただろうが、食事も満足にとっていない今のディアベルに抵抗する力はほとんど残されていなかった。


「は、離せ!」
「ディアベルをイジメちゃだめ!」


ディアベルの危機と見たシャリーが咄嗟に手下達の腕にすがりつくが、腕を振り回されただけで簡単に吹き飛ばされ、牢の壁に叩きつけられる。


「う……うぅ……」
「シャリー! おのれ貴様等……!」
「大人しくしろ!」


抵抗を諦めずにいるディアベルを手下達は体重をかけながら押さえつけ、その彼女の正面には顔面に入れ墨を入れた男が立ち、彼女の胸元にゆっくりと手を伸ばして来た。そして男が彼女の豊かな胸に手を添えた瞬間、彼女の全身に鋭い痛みが走った。


「がっ……!?」


それは奴隷紋を体に刻む痛み。奴隷紋の呪いは体の細部にまで張り巡らされた神経と同調し、奴隷が主に逆らった場合これと同じ痛みを全身に与えるのだ。全身を針を刺されたような痛みに襲われ、苦痛の声を上げそうになるのを歯を食いしばって耐えるディアベル。プライドの高い彼女にとって、こんな下卑た男達に屈服するのは体の痛みよりも耐えられない事だったのだ。


やがて入れ墨の男が離れ儀式は終了した。ディアベルの胸元には主となった男の奴隷だと言う事を証明する奴隷紋が刻まれている。痛みに顔をしかめている彼女の首に首輪がはめられ、その先についている鎖は今金を払った男達の手にあった。まるで犬でも扱うように力一杯引っ張られ、息がつまりながら強引に立たされた後、もう用はないとばかりに男達は契約所を出ていこうとする。


「シャリー! くそっ! 離せ!」
「ディアベルー! いっちゃヤダ! ディアベルー!」


引きずられながら抵抗を諦めないディアベルは、鉄格子から手を伸ばして泣き叫ぶシャリーの名を必死に呼んだ。だが無情にも二人は引きはがされ、彼女達の短く幸せな時間は終わったのだった。


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「ほら入れ!」
「お、押さなくてもいいだろう!」


突き飛ばされるように押し込められた部屋は安宿にある一室だ。薄いくて汚れきった、見るからに不潔そうなベッドが二つある以外何もない部屋だった。男はそんなベッドにディアベルを放り投げ、いやらしい笑みを浮かべながら覆いかぶさろうとして来る。


「戦いで役に立つ前に、こっちでも役に立ってもらわねえとな」
「なっ!? ふざけるな! 誰が貴様等の相手など!」
「うるせえ! それ込みでお前を買ったんだよ!」


驚くディアベルを無視して二人組の男が彼女の衣服を脱がしかけたその時、部屋の中に突然嵐のような突風が吹き荒れた。家具が横倒しになり、固く閉ざされた窓が内側から吹き飛ばされる。安い作りのベッドは風の勢いに耐えられず軋みを上げていた。


「な、なんだぁ!?」


突然の事態に慌てふためく男達。よく見ると、この風はディアベルを中心として吹き荒れているのだ。


「この身を好きにされるぐらいなら……貴様等を道連れに死んでやろう!」


仮にも契約主である男達に敵意を向けてタダで済む筈がない。魔法を使っている今この瞬間、彼女は全身を襲う激痛と戦っていた。それだけの痛みに耐えながら魔法を使うのはかなり困難なのだが、ただ精霊を暴走させるだけなら話は別だ。自分の魔力を餌にして、制御しきれない程の精霊を集めれば、ディアベルやその周囲に居る人間達は狂った精霊達にズタズタに引き裂かれてしまう。歯を食いしばり、集めた精霊の制御を解き放とうとした正にその時、男達は慌てて彼女から離れ、必死になだめるように説得を始めた。


「わ、わかった! 止める! もうお前に手を出したりしない!」
「そうだ! お前を元居た牢に戻す! だから落ち着け!」
「……確かだろうな?」
『本当だ!』


彼等の言葉を完全に信用した訳では無いだろうが、ディアベルを中心に吹き荒れていた荒らしは徐々に収まり、部屋は完全に静けさを取り戻した。男達は冷や汗を流しながら大きく息を吐き、命が助かった事に安堵する。


「まったく……とんでもない奴を買っちまったな」
「さっさと返品しに行こうぜ! 命令を聞かない奴隷なんか居る意味ねえよ!」


ディアベルを連れて今来たばかりの道を戻る男達の背中を見ながら、ディアベルはうっすらと笑みを浮かべていた。



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