ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 ディアベル

こことは別の世界、アーカディア大陸の中にファータと名の言う国がある。ファータは四方を海に囲まれた小さな島国だ。国土の大半が深い森に覆われていて、そこには多種多様な亜人、いわゆる妖精族と呼ばれる人々が住んでいた。人口のほとんどがエルフとダークエルフと呼ばれる耳が長く美しい人種で構成されており、彼等の違いと言えば肌の色ぐらいだ。島国のため外敵に侵略される事が滅多に無く、住民達は長年穏やかな生活を満喫していた。


だが、そんな国にも突然災いが降りかかる。海を挟んだ大陸にあるシーティオと言う名の軍事国家が、突如として侵略戦争をしかけてきたのだ。ファータと言う小国の軍事力は低い。長寿ではあるが繁殖力の低い住民と、志願制の僅かな兵士ではとてもシーティオには対抗できそうになかった。それでもファータの国王以下、兵達や臨時に集まった義勇兵は必至で戦った。彼等の得意とする精霊魔法を駆使し、大軍で押し寄せるシーティオ軍の多くを苦しめる事に成功する。


しかし、いくら倒しても後から後から湧いてくるシーティオ軍にファータの兵達は次第に疲弊し追い詰められ、一人、また一人と戦場の中で倒れていく。そんなファータの兵の中に、ディアベルと言う名の女ダークエルフがいる。彼女はある程度の数を纏める立場にある小隊長で、この日も押し寄せるシーティオ軍相手に死に物狂いで戦っていたのだ。


「隊長!ここはもうもちそうにありません!」


既に王城まで押し寄せてきたシーティオ軍は圧倒的数の差を活かし、味方の損害を無視しながら突き進んでくる。精霊魔法の使い手たるファータの兵が魔法で撃退する隙を突いて突撃を繰り返し、あっと言う間に槍や剣を突き立ててくるのだ。ディアベルが守る城の一角にも何度目かの突撃をされており、辛うじて持ちこたえているような状況だった。


「やむを得ん…ここを放棄する!全員後退しろ!体勢を立て直す!」


雨あられと射かけられる矢を風の精霊の力で防ぎながら、ディアベルの率いる部隊は後退を開始した。何度か撤退を繰り返すたび敵の圧力は増し、反対に味方の数は減っている。終わりは近いと誰もが予感していたが、それでも彼等は戦いを止めなかった。


「いいか?正面の敵集団に居る派手な兜を身に着けてる男が見えるな?あいつが恐らくこの部隊の指揮官だ。あいつさえ倒せば一時的にでも敵は後退する。その隙に体勢を立て直すんだ!」
「倒すったって、どうやって…!」
「今から私が飛び出るから、お前達は風の精霊の防御を重ね掛けしてくれ。至近距離まで近づけば何とかなる!」


無謀としか言えない作戦だが、既に覚悟を決めたディアベルの意思が変わらないと判断した彼女の部下達は、無言で彼女に魔法をかけていく。風の精霊の密度が高まったため、彼女の体を中心に極小の嵐が吹き荒れた。風圧に押された部下たちがじりじりと下がる中、ディアベルは単身敵の集団の前へと飛び込んでいく。それを見たシーティオ軍がすかさず矢を射かけてくるものの、風の精霊の力で多くの矢が見当違いな方向へと飛んで行く。だがそれでも全てを防ぐ事など出来ず、何本かは彼女の体をかすめながら地面に突き刺さっていく。


「くっ!」


それでも彼女は止まらない。体の至る所に切り傷を作りながらも敵に向かって駆けて行く。敵集団の目前まで走ったディアベルは、槍が届くギリギリの位置で踏み止まると、敵の指揮官目がけて手に持っていた剣を全力で投擲した。風の力を纏った剣は凄まじい勢いで指揮官の首を狙って真っ直ぐ飛んで行く。


「笑止!命懸けの攻撃がそんなつまらん手か!」


指揮官の首に深々と突き刺さるかと思われたディアベルの剣は、鋭く抜刀された指揮官自身の剣によって天高く跳ね上げられ、弧を描きながら明後日の方向に飛んで行った。攻撃が失敗したディアベルは逃げる事も無く、その場に踏み止まって指揮官を睨み付ける。


「終わりだな女。無駄な足掻きをしないのは感心だ。一思いに楽にしてやろう」


指揮官が手を上げると、それに反応するかのように最前列の兵達が槍を掲げる。彼等が殺到すれば、ディアベルは無数の槍を突き立てられて一瞬の内に原形を留めない肉片へと姿を変えるだろう。だがその時、弾き飛ばされたと思われた剣が唸りを上げながら再び飛来し、油断していた指揮官の首に深々と突き刺さったのだ。


「がっ!?」
「隊長!」
「隊長が!何という事だ!」


ディアベルがその場から動かなかったのには理由があった。彼女は決して絶望した訳でも逃げられなかった訳でもなく、剣に纏わせた風の精霊をコントロールするために危険を冒して踏み止まっていただけなのだ。正面から投げつけた剣が防がれるのは予想の範囲。問題は一度防がれた剣を油断しきった敵指揮官に、どうやって突き刺すのかだった。


「隊長が…やむを得ん、一時後退!後退だ!」


討たれたばかりの敵指揮官は、シーティオ軍にとってそれほど敬意を抱かれていないようだった。敵討ちだとばかりに血気盛んに攻撃されれば今度こそディアベルは逃げられなかっただろうが、敵は敵討ちよりも一時後退を選んでくれた。その幸運に感謝しつつ、彼女は最後の力を振り絞って風の精霊を足に纏わせると、全力でその場から後退した。再び陣地に戻った彼女は尊敬の眼差しで見つめる部下達に鋭く指示を与える。今は呆けている時ではないのだ。


「今の内だ!城内に後退して味方と合流しろ!負傷者の回復と矢の補充を急ぐんだ!敵はすぐに押し寄せてくるぞ!」


城内に退却したディアベル達は、再び押し寄せて来たシーティオ軍と交戦を開始する。だが先ほどの事もあり、彼女の率いる部隊は士気が高くなっている。何倍もあるシーティオ軍相手に一歩も引かず、逆に押し返すほどだ。だが彼女達が奮闘していたその時、突如として後方が騒がしくなる。味方の兵が血相変えて駆けてくるとほぼ同時に、敵集団から歓声が上がったのだ。ディアベルの胸に嫌な予感が走ったが、部下の手前努めて平静を装う。だがそんな彼女の努力も、伝令からもたらされた内容によって脆くも崩れ去るのだった。


「さ、先ほど玉座まで敵兵がなだれ込み…こ、国王陛下、討ち死になさいました…!」
「まさか!」
「馬鹿な!ありえない!」


部下達が口々に否定しているが、それが間違いでないと勝鬨を上げている敵兵が証明していた。負けたのだ、自分達は。その事実に絶望したファータの兵達は、先ほどの奮戦が嘘のように一人、また一人と手にした武器から手を離していった。


「これで…終わりか…」


戦意を無くす部下達の姿を眺めながら、ディアベルはポツリと呟いた。国王が討たれたと言う事は、ファータと言う国が滅んだとい事を意味していた。かくなる上は一人でも多くの敵を殺して自分も死を選ぼうかとも思ったが、自分の我が儘に部下達を付き合わせるのも気が引けたし、敵に囲まれた状態ではもはや逃げる事も出来ない。結果、彼女達はシーティオ軍に投降する事にしたのだった。


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敬愛する国王が討たれ、精神的支柱を失ったファータ軍の崩壊は早かった。諦めきれずに抵抗する者も少なからず居たようだが、元来彼等妖精種は闘争本能があまり強くなく、一度戦意を失うと立て直すのが容易ではない。結果、抵抗を続けるファータの兵は味方の援護も無い状態で容赦なく殲滅されていく。それでも一部は戦場から逃げ去り、国を取り戻すための地下活動を始める。この中には将来ファータを再興させるレベリオと言う名のエルフも居たが、それはまた別の話だ。


ファータ王都ではなだれ込んだシーティオ軍が乱暴狼藉を働き、そこかしこで地獄絵図が展開される事になった。戦う力を持たない彼等は、戦いで気が高ぶったシーティオ軍の玩具になるしか道が残されていなかったのだ。親の目の前で幼い子供に槍を突き立て、恋人の目の前で女を犯す。泣き叫ぶ幼児を生きたまま火にくべたかと思うと、子供を守ろうとする父親を集団でいたぶり殺す。正に地獄だった。


生き残りのファータ兵は捕らえられた後、次々と奴隷船に乗せられて大陸へと移送される事になった。彼等はこれから奴隷としての生活が待っている。手足に鎖をつけられて奴隷船へと乗り込む元兵士達を、シーティオの兵士達は下卑た笑みを浮かべながら眺めていた。王都の住民達とは違い、彼等元ファータ兵が乱暴される事は少ない。それは決してシーティオ軍が騎士道精神を持っていたから…ではなく、単に自決されて儲けが減るのを嫌がったためだ。王都に無抵抗の住民が居るのだから、危険を冒して彼等に危害を加える必要が無いのだ。それに精霊魔法の使い手である彼等を下手に暴れさせれば自分達の命まで危うくなる。乱暴するにはリスクが高すぎる相手なのだ。


そんな奴隷達の中にディアベルの姿もあった。他の奴隷達と同じように襤褸を身に纏った彼女は、暗くて臭い船倉に押し込められ、手足を鎖で繋がれていた。奴隷商に引き渡された彼等はこれから各国の港へと運ばれ、そこから更に馬車で各都市へと分配される事になる。


「私達、これからどうなるの?」
「知るかよ…奴隷の末路なんて、どこも同じだろ…」


ひそひそと話す仲間達を他所に、ディアベルは妹の身だけを案じていた。自分と同じように軍に所属していた妹。生きているのか死んでいるのかも定かではない。どうか上手く逃げ延びてくれと願わずにはいられなかった。そんな彼女達を乗せた奴隷船は、激しい波に揺られながら大陸目指して海原を進んで行くのだった。

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