ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 シャリーとディアベル ①

こことは別の世界、アーカディアと言う大陸の中にガルシア王国と言う国がある。現存する国々の中でも歴史の古い王国で、優れた王達によって善政の布かれてきた国だ。そのガルシア王国の片隅にある名も無い村で、平和に暮らしていた親子がいた。彼等は三人家族であり、夫婦の間には目に入れても痛くない愛娘がいる。その娘の名はシャリーと言い、天真爛漫で誰にでも好かれる元気のいい子供だった。


「おとうさん、おかあさん、あれ見て!あんなとこにキツネがいる!」
「本当だ。シャリーは目が良いな。お父さんには見つけられなかったよ」


シャリーは今、親子そろって遠く離れた王都を目指している最中だ。彼女達の乗る馬車を操るのはシャリーの父親のチェスタ。獣人にしては珍しく目が悪いので、使い古した眼鏡をかけているのが特徴の犬族の獣人だ。彼は教師と言う職業についているためか、一般的な獣人の成人男性に比べると体の線が細い。いつも穏やかな笑みを浮かべてシャリーを見守るチェスタは、争い事の苦手な優しい男だ。


「本当だわ。二匹いるから親子かしらね?」


チェスタの妻であり、シャリーの母親でもある女性の名前はイブ。彼女も同じく犬族の獣人だ。夫に比べると少しふくよかな体形をしていて、優しい笑顔で自然と人を引き付ける魅力のある女性だ。


彼等親子が王都を目指しているのには理由がある。シャリーの父であるチェスタは教師を務めており、村では多くの子供達に勉強を教えていた。ある日、薄給にもかかわらず献身的に子供達に尽くすチェスタを見た教会の神官が、王都に戻った時に彼の話を上司に報告したらしい。それだけ熱意のある教師なら、王都に招けば王都に住む多くの子供達のために働いてくれるかもしれない。そう考えた王都の神官の招きにより、彼等親子は王都に移り住む事になったのだ。


彼らを招いた神官はかなりの好条件をチェスタに提示してくれて、村での生活に比べると収入が倍ほども違う。今まで苦労させてきた妻や娘をやっと幸せにしてやれる。そう考えたチェスタは大して悩む事も無く王都行きを決定し、今に至る。チェスタには、自分達家族の未来が薔薇色に輝いている様に思えてならなかった。


だが次の瞬間、そんな家族を絶望の底に叩き落す出来事が起きた。どこからか飛来した一本の矢がチェスタ達の乗る馬車の馬に突き刺さり、崩れ落ちた馬は馬車ごと横倒しになったのだ。


「うわああっ!」
「な、なんなの!?」
「きゃああ!」


馬車の中で跳ね回された彼等は、痛む体を擦りながら馬車の外へと這い出てくる。幸い三人とも深刻な怪我はなく、今すぐ治療が必要な程の負傷ではなかった。だがそれよりもっと問題なのが、こちらに近づいて来る数騎の騎馬に乗った男達の姿だ。薄汚れた外見に継ぎ接ぎだらけの皮鎧、それに悪意に満ちた鋭い眼光。あれを見て自分達を助け起こすために近づいているとは誰も思うまい。


「逃げろ!盗賊だ!」


痛む体を擦っているシャリーとイブに鋭く指示を出し、チェスタは横倒しになった馬車に駆け寄る。彼は護身用に備え付けてあった剣を取る為、馬車の座席を引っぺがしだしたのだ。


「チェ…チェスタ…」
「何やってるんだ!シャリーを連れて早く逃げろ!俺が時間を稼ぐから!」


シャリーを抱きしめながらそれを見ていたイブは弾かれたように走り出す。その手はしっかりとシャリーの手を握っていた。イブの知るチェスタは滅多に怒るような人物ではなく、およそ戦いと言うものに向かない人だ。そのチェスタが自ら時間を稼ぐと言っている事の意味。彼は自分達を逃がすため命を捨てる気なのだ。直感的に理解し振り返らずに走るイブの瞳からは、自然と涙が溢れていた。


「お、おかあさん!おとうさんは!?」
「いいから走りなさい!お父さんは後から来るから!」


不安げに問いかけるシャリーをイブが叱咤する。本当ならシャリーだけ逃がして自分も残りたい。だが状況がそれを許してくれなかった。チェスタがいつまで持つかわからないこの時、次に捨て駒になるのは自分なのだ。愛娘のシャリーだけは何としても生き延びさせねばならなかった。


その頃、武器を構えたチェスタの下に盗賊達が辿り着いた。彼等は慣れない武器を振り回して必死に威嚇するチェスタを嘲笑うように、彼の周囲をグルグルと回りながら攻撃のタイミングをうかがっていた。


「貴様等!こんな真似をしてただで済むと思ってるのか!必ず裁きを受ける時が来るぞ!」
「随分と威勢がいいな兄さんよ。お前状況がわかってるのか?」


へらへらといやらしい笑みを浮かべながら、盗賊達はチェスタを取り囲む包囲を小さくしていく。自分の正面を気にするだけで精一杯のチェスタに、それに気がつく余裕は無かった。


「すぐに騎士団が駆けつけてくる!今考えを改めれば…!」
「うるせえよ」


男の冷たい声と共に激痛が腹に生まれたチェスタは、恐る恐る自分の体を確認する。するとチェスタの腹部からは、彼の血で汚れた槍の穂先と千切れ掛けた彼の内臓が飛び出していたのだった。


「あ…あぐ…うっ…」


あまりの激痛に呼吸もままならないチェスタは、何とか槍を押し戻そうと力を籠めるが、彼に槍を突き立てた盗賊は無情にもそれを無視すると一旦それを引き抜いて、再び彼の体に突き入れた。再び襲って来た激痛にチェスタは身動きも出来なくなる。急速に力が抜けて視界が暗くなり、自分が死ぬのだと理解した。


「が…あ…シャ…リ…イブ…」


絶命する瞬間までチェスタが願っていたのは残された二人の無事のみ。家族思いの優しい男は、家族と引き裂かれたまま無残な死を遂げた。


「チェスタ…!」


夫が死んだ事を直感したイブは、追いかけてくる盗賊達を振り返りながら必死で逃げる。既にシャリーの息は上がり、足がもつれて今にも倒れそうだ。


「シャリー走って!頑張って!」
「おか…おかあさん…シャリーもう…」


子供の体力でこれ以上走り続ける事は出来ない。息も絶え絶えのシャリーを見てそう判断したイブは咄嗟にシャリーを抱き上げ、最後の力を振り絞って走り始めた。だが何の訓練もしていない女性が小さいとは言え子供一人抱えて走れば、当然あっと言う間に体力が尽きる。その上走る速度も極端に落ちるので、追いかけてくる盗賊達との距離が一気に縮まってしまった。


盗賊達の乗る馬の蹄の出す音はもうすぐ後ろまで迫っている。だがその時、正面から数騎の騎馬がこちらに向かっている事にイブは気がついた。


(まさか新手の盗賊なの!?)


一瞬絶望しかけたイブの表情に一気に明るさが差す。正面から駆けつけてくるのは眩いばかりの装備に身を包んだ騎士達だ。この国の治安を維持する彼等にかかれば、盗賊達など物の数ではないだろう。これで助かった。チェスタの無事はまだ確かめていないが、少なくてもシャリーを助ける事は出来たのだ。安心して走る速度を緩めたイブだったが、次の瞬間彼女の体を強い衝撃が襲った。苦し紛れに投げた盗賊の槍がイブの体を貫いたのだ。槍はイブの体を貫いたもののシャリーの身体はかすめただけで、彼女に大した怪我はない。激痛に顔を歪めながら完全に足を止めたイブの横を騎士達が駆け抜けていく。


「おい!しっかりしろ!」


ただ一騎その場に残った騎士が慌ててイブの傷を確認して、悔し気に顔を歪める。普段から命のやり取りを多く経験している彼には、イブの傷が致命傷だと一目で解ったのだった。助ける事が出来なかったと後悔する騎士は素早く思考を入れ替え、イブに問いかける。


「おい!何か…言い残す事はあるか!?」
「あ…シャリーを…この子を…助け…て…」
「わかった!安心しろ!この子の面倒は我々が見る!」


騎士の言葉に安心したのか、イブはゆっくりと目を閉じていく。最後に震える手でシャリーの頬を一撫でした後、彼女は息を引き取った。呆然とその光景を見ていたシャリーは少しずつ状況が理解できたのか、その目に涙が溢れだす。そして狂ったようにイブの体に縋りつき、大声で泣き始めた。


「おかあさん!おかあさん!おきて!おきて!おかあさん!」


泣き叫ぶシャリーの背を撫でながら、騎士は黙祷を捧げる。盗賊達をせん滅して騎士達が戻って来ても、シャリーはいつまでも泣き続けていた。もう彼女の両親は居ない。わずか五、六歳の少女は、これから一人で生きていく事になったのだ。

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