とある魔族の成り上がり

小林誉

第144話 グリフォンとドラゴン

アンジュがスキルを使った瞬間、寝ていたはずのグリフォンが飛び起きた。そして周囲を落ち着きなく見回したかと思うと、全てを威嚇するような絶叫を上げた。


『ギエエェェェェッ!』


俺達の間に緊張が走る。実際に戦わなくとも、そんじょそこらの魔物など足下にも及ばない程格上だと、今の叫びだけで十分理解出来たからだ。グリフォンが叫ぶと同時に、アンジュの支配下から解き放たれたゴブリンどもが一斉に行動を開始する。この場に居るゴブリンは三十匹程度だろうか。その内半分が近くに潜んでいた俺達に襲いかかり、残りの半分は恐慌でも来したのか、グリフォンに向けて突撃していく。


グリフォンならともかく、今更ゴブリン程度に襲いかかられても脅威になり得ない。俺達はそれぞれの武器を抜き、迫ってくるゴブリンを、まるで羽虫を潰すように駆除していった。


グリフォンに向かったゴブリンどもは、意外にも殺されることなくその巨体に取り憑いている。どう言う事かと思ったら、アンジュの支配下に入りかかっているグリフォンが、体の自由を奪われているのが理由だった。


『グゥゥッ! ギャアゥゥゥッ!』


思うように動かない体に苛立ったグリフォンが唸る。そのたびにゴブリンが及び腰になるが、下等な魔物は相手が動かないとすぐ調子に乗るようで、手に持った薄汚い棍棒を繰り返しグリフォンの体に振り下ろしていた。


向かって来たゴブリンを始末したのはいいが、グリフォンに変化が見られないのでどうしたものか判断に迷う。攻めるべきか逃げるべきか。迷った末に、額に汗して集中しているアンジュに声をかけることにした。


「アンジュ、どうだ?」
「もう少し……よし来た! これでいけるわ!」


多少疲れた様子のアンジュは勢いよく立ち上がる。すると今まで身動きできなかったグリフォンも同じように立ち上がり、自分の体に群がるゴブリンに攻撃を始めたのだ。グリフォンとゴブリンでは勝負にもならず、一方的な蹂躙が始まった。振り回された尻尾の一撃だけで体を両断され、鷲のそれをそのまま巨大化させたような鉤爪は数体のゴブリンを縦に切り裂き、クチバシの直撃を受けたゴブリンは、まるで爆弾でも飲み込んだかのように爆散した。


「凄い……」
「流石に強いな!」
「これが味方になると思うと心強いですね」


グリフォンの戦闘力は期待した以上に見える。コイツを空に飛ばしておけば、敵のペガサスライダーぐらい簡単に蹴散らせるはずだ。ドラゴンライダーでも一対一なら負けはしないだろう。アンジュのおかげで俺の領の航空戦力は大幅に強化された。俺は大仕事を成し遂げた彼女を労うべく、そんな彼女に声をかけようとしたのだが、アンジュはさっきまでの喜びの表情から一変して、厳しい目つきで空を睨んでいた。


「アンジュ?」
「……嘘でしょ……散々探しても見つからなかったのに、ここで出てくるの?」
「何を言って――」


彼女に問いかけようとした正にその時、俺達の頭上から猛烈な突風が吹き付ける。突然のことで木にしがみつく暇もなく、俺達はゴロゴロと無様に地面を転がった。慌てて飛び起きた俺達が見たものは、全身緑色の苔に覆われた、空に浮かぶ巨大なドラゴンの姿だった。


「……おいおいおい!」
「マジかよ!」
「あれって、こっちを攻撃してくるつもりなんじゃ……?」


八方手を尽くしても見つからなかったドラゴンの出現を喜んでいる状況じゃない。俺達があれに対して使役を試す時は、あくまでも姿を隠してからの話だ。今のように正面から向き合うなど論外。まして敵意を向けられているなど使役以前の問題だった。


「ガアアアッ!」
「ひっ!」
「くそっ!」
「体が……!」


グリフォンの叫びを遙かに上回る咆哮に、仲間の内何人かが体を硬直させている。聞いた話によると、ドラゴンの咆哮は対象の動きを封じる効果があると聞くが、今が正にその状況だ。巨大な翼をはためかせながら、無数の牙を生やした口を大きく開け、こちらに急降下してくるドラゴン。あの巨大な口で俺達を噛み千切るつもりなのだ。


「させないわ!」


せめて反撃しようと手に持った槍を掲げたその時、アンジュの鋭い声と共に、グリフォンがドラゴンに対して猛烈な体当たりをぶちかました。ドラゴンとグリフォンは、もつれ合いながら地上へと激突し、そのまま互いの体に牙と爪を突き立てる肉弾戦へと移行した。


「グオオオォッ!」
「ギャアアゥゥッ!」


二匹の巨大な魔物は周囲の木々をなぎ倒しながら格闘戦を続けている。下手に近寄ると俺達など簡単に潰されてしまうので手が出せない。ただ見守るしかない状況だったが、次第に戦いの趨勢は決まりつつあった。


もともとグリフォンとドラゴンでは格が違う。ドラゴンが最強だとするなら、グリフォンはそれより二、三段格が下だろう。おまけにグリフォンの体は格闘戦向きではない。あれは大空で戦うために作られた体なのだ。対してドラゴンは長く柔軟な首と強靱な手足、そして優れた防御力を誇る硬い鱗がある。勝敗は最初から決まっていたようなものだ。


「グエエェ……!」


ドラゴンが巨大な牙をグリフォンの首元に突き刺すと、今まで激しい抵抗を見せていたグリフォンが弱々しい声を上げて動かなくなった。どうやら勝負あったようだが、今度は俺達が狙われかねない。今の内に全力で攻撃しようと指示を出しかけたその時、またしてもアンジュがそれを止めた。


「上手くいったわ! これでドラゴンは私の支配下に入った!」
「えええ!?」


あまりの展開に頭が追いつかない。アンジュが使役していたグリフォンは、たった今ドラゴンにかみ殺された所だ。なのに、いつの間にドラゴンが使役されることになっていたのか。わけがわからず困惑の表情を浮かべる俺達に、アンジュは得意そうに説明してくれた。


「つまりね、こういう事なの」


アンジュは確かにグリフォンを支配下に置いた。ここまでは俺達も知っている。しかし彼女はドラゴンが現れた瞬間、グリフォンをドラゴンにけしかけて、直後に支配下からグリフォンを解き放ったらしい。突然自由になったは良いが、気がつけばドラゴンが自分に襲いかかっている。生きるために仕方なく応戦したグリフォンは、哀れそのまま絶命したのだ。しかし、ドラゴンより格が下とは言えグリフォンも強力な魔物だ。命が尽きるまでにいくつもの深い傷をドラゴンに与えていたおかげで、ドラゴンは万全の状態じゃなくなった。魔物が弱れば弱るほどアンジュの使役は成功率が跳ね上がる。結局ギリギリまで弱ったドラゴンを、アンジュは労せずして支配下に収めたと言うわけだ。


「ちょっとした賭けだったけどね。上手く行って良かったわ。失敗してたら全力で逃げなきゃいけないところだった」


知らないうちにそんな攻防が繰り広げられていたなんて驚きだ。予定と大幅に違うが、これで俺達は強力な戦力を手に入れる事が出来た。さっさと城に戻って、アンジュを労ってやるとしよう。





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