とある魔族の成り上がり

小林誉

第138話 ベルヒ族

丸一日飛び続け、目的地の山岳地帯まであと少しと言ったところで、俺達は手前にある街に逗留する事にした。地上を走る馬のような縦揺れこそ無いが、常に体で風を浴び続けていたのは思っていた以上に疲労が濃く、このままでは戦闘どころじゃなかったからだ。


そこは大きくも小さくもない何の変哲も無い街で、宿屋も何軒かあるようだったが、俺達は挨拶がてらこの街の支配者の屋敷に邪魔する事にした。街の中央部にある三階建ての屋敷は目立つので迷う事無くたどり着けた。初めて顔を合わせる事になるので揉めるんじゃないかと思ったが、それは杞憂に終わった。なぜなら、屋敷の入り口でラウに託した兵士達が見張りを務めていたからだ。


「ケイオス様!」
「ご苦労。ラウ達は中に居るか?」
「はい。部隊長であるラウ様と、補佐のグルト様、リン様は領主様とご一緒です」


屋敷の中にはラウ達の配下である人族とエルフが数多く居る。彼等は俺の姿を見て一礼すると、そそくさと姿を消した。難癖をつけられてはたまらないとでも思っているのだろうか。屋敷の最上階にはこの街の領主である男の私室があり、部屋の前には護衛の姿があった。彼等は俺の姿を見ると中に向けて話しかけ、恭しく扉を開けてくれる。部屋に入ると少し驚いた表情のラウ達と、見知らぬ男の姿があった。


「ケイオス……どうしてここに?」
「お前達が苦戦してると聞いたんでな。援軍だ。状況を教えてくれ」
「え、ええ……わかったわ」


ラウの説明によると敵の部族はベルヒ族と言うらしい。そのベルヒ族は数こそ五十人ほどと少ないが、女子供に至るまで身体能力が高く、戦闘にも優れているそうだ。おまけに集落に至る道は様々な罠が張り巡らされており、それを排除しようと手間取っている内に何度も襲撃を受けたとか。ラウ達に与えた兵の数は約二百人。数にして四倍の敵を追い返すとは、敵ながら天晴れと言わざるを得ない。幸い味方に死者は出ていないものの、重傷者が多く出たので、大事を取って引き返してきたと言うわけだ。


「このまま闇雲に攻めかかっても、敵と味方に無駄な犠牲が増えるだけだし、いい手が思いつくまで引き返させたんだけど……まずかった?」
「いや、それで良いんだ。俺達はベルヒ族を殲滅するのが目的じゃなく、味方に引き入れるのが目的だからな。死者が多数出たら取り込む意味が無い。ラウの判断は正しい」


彼女達に預けた兵達は、奴隷とは言え全員が戦いに慣れている。それを撃退した連中に正面から勝負を挑んでは、流石に今の俺でも分が悪いだろう。となれば正攻法は捨てて、少しばかり卑怯な手を使わせてもらおうじゃないか。俺がニヤリと笑ったのを見たラウが怪訝そうな表情を浮かべる。


「ケイオス、どうする気?」
「なに、簡単な話だ。下から駄目なら上から行けば良い。ちょうどペガサスで移動してきたんだから、直接集落に降りればあっさり制圧できるだろう?」
「……なるほどね」


四十頭ものペガサスなら数の上でも連中と互角。その上こっちにはスキル持ちが多数存在するんだから負ける要素がない。とりあえず攻撃は明日の朝と決めて、俺達は旅の疲れを癒やすため、早めに床についた。


翌日、まだ日の昇りきっていない時間帯から俺達はペガサスに乗って出発した。リーシュを先頭に四十頭のペガサスが大空を翔ている。城からやって来た俺とシーリ、そして合流したラウ、リン、グルト以下護衛の兵士を乗せてベルヒ族の住む山岳地帯を目指した。


次第に近づいてくる山の地形は険しく、上から見たらまるで迷路だ。この複雑な地形を把握している戦闘慣れした民族に、神出鬼没に襲撃されるのだから、なるほど、これならラウ達が苦戦するのも理解出来た。しかし今回は俺達が来たから問題ない。と言っても別に一人で襲いかかってくる敵をなぎ倒すつもりはないのだ。


リーシュを先頭にしたペガサスは何の障害もない大空を移動し、ついにベルヒ族の集落の上空に到達した。下ではこちらを指さして大騒ぎしている連中が次々と弓を放ってきているものの、かなりの高度を取っているのでまるで届かない。しかしこのまま降りていけば餌食になるのは間違いが無かった。


「準備できたか?」


俺の問いかけに全員が一斉に頷く。俺と彼等の手には携帯していた爆弾があり、すでに導火線に火のついた状態だ。


「投擲!」


俺達が投げ捨てた爆弾は直接集落の中ではなく、その周囲にある鉄柵や見張り台を目がけて落下していく。一旦手を離れた爆弾は落下の速度でどんどん加速し、狙い違わず目標に接触直後、派手な音を立てて爆発が起きた。集落の外からの攻撃を防ぐたのめ頑丈な鉄柵は吹き飛ばされ、見張り台は根元から折れて横倒しになり、何も知らずに近寄った人間は小石のように吹き飛ばされた。


二百人からなる人数を跳ね返した堅牢な集落も、空から爆弾を投擲されては紙くず同然。集落の至る所で火災が起き、ベルヒ族は蜂の巣をつついたように大騒ぎになっている。


「行くぞ!」


この隙を逃がすわけには行かない。空への注意がなくなったため、俺達は急降下して集落を目指す。途中何人かが気づいて攻撃してきたが、全てラウの暴風スキルによって蹴散らされていた。


地上に降り立った俺達に武器を持ったベルヒ族が襲いかかってくる。連中は情報通り女子供関係無く戦士のようで、動きもなかなか鋭い。しかし俺達はそれ以上に場数を踏んでいるんだ。今更この程度で慌てたりはしない。後の戦力にするためには最小限の犠牲で済ませなければならないため、連れてきた連中にはなるべく殺さないように命じてある。それでも自分の命を最優先にしろとは厳命したが。


俺は槍を片手に一番強そうな男連中に向けて一人で突っ込んだ。こいつらは他と動きがまるで違う。本物の戦士――ここの主力なんだろう。振り下ろされる剣を避けて武器のみを弾き飛ばし、突き出された槍をギリギリで躱しながら掌底を顔面に叩き込む。そうやって一人一人確実に戦闘不能にしていき、最後の一人を倒した頃、ラウ達も制圧に完了していたようだ。


「そこまでだ! 無駄な抵抗は止めろ!」


痛みに呻きながら敵意の籠もった目で睨み付けてくるベルヒ族。だが連中は再び襲いかかってこようとはしなかった。今のでこちらの強さを思い知ったためだろう。


「俺はケイオス! ディアボに変わり新しくお前達の支配者になった者だ。お前達には従うよう命じていたが、素直に従わないため直接制圧にやって来た。責任者はどいつだ!?」


ベルヒ族の視線が一カ所に集まる。すると群衆をかき分けて、一人の男が前に進み出た。


「……俺が今の村長だ。逆らった責任なら俺が取る。だから村のみんなには手を出さないでやってくれ。頼む」


男は五十半ばぐらいのひげ面で、筋骨隆々、そして体の至る所に傷がある。正に歴戦の勇士と言った様相だ。その男は手に持っていた剣を投げ捨て俺の目の前に跪く。


「村長!」
「村長を殺すなら俺も殺せ!」
「アタシも殺しな! 村長一人に責任を取らせるなんてベルヒ族の名折れだよ!」


男は余程慕われているのか、村人が彼の助命――と言うか、連座での処刑を求めている。そこで少し考えた。このままこの男だけを殺した場合はどうなるだろう? 他の者は表面上大人しく従うかも知れないが、後々反抗でもされたら面倒な事になる。再び制圧するために兵を起こすのも面倒だし、いっその事後腐れ無く皆殺しにでもするか? いや、それだとここまで来た意味が無くなる。しかし助命すれば他の勢力に対して見せしめにならない。どうしたものかと考えていたら、三人の娘が現れて、男の横に跪いた。


「お前達!?」
「私達が人質になります!」
「ですから父の命をお救いください!」
「兵士でも妾でもお好きに使っていただいて構いません! ですからどうか、父の命ばかりはお助けを!」


どうやら三人はこの男の娘のようだ。全員が二十歳前後で俺より少し上ぐらいだろう。


「お前達を差し出すぐらいなら死んだ方がマシだ!」
「冷静になって父さん。父さんが死んだら後を追う人達が必ず出る。そうなったらこの村はお終いよ?」
「そうよ。私達が人質になれば誰も死なずに済む」
「新しい領主様は誰かを罰しないと収まりがつかない。なら、これが一番いい落としどころでしょ」


どうやら父親より娘達の方が冷静みたいだな。俺としても皆殺しの選択肢を選ばなくて済むので、娘達の提案は非常にありがたい。娘達に説得された村長は後ろを振り返り、村人達の顔を眺める。全員が何かあれば命を絶つとでも言いそうな、そんな覚悟を決めた表情を浮かべている。それを見た村長は大きくため息を吐くと、俺に深々と頭を下げた。


「領主様、どうか娘達に免じて、この村の者達を許していただけないでしょう?」


屈服したか。この男、父親としての立場より、村長としての立場を優先させたようだ。なかなか責任感の強い有能な人物だな。今後も色々と使えるかも知れん。そんな内心を悟らせずに、俺はベルヒ族全員に聞こえるように声を張り上げる。


「良いだろう。本来なら首を刎ねるところだが、娘達に免じて死罪だけは勘弁してやる。その代わりお前達は身を粉にして働け! 再び逆らうような事があれば、その時は根絶やしにしてやるからな!」
「ははー!」


ベルヒ族が一人残らず跪いて頭を垂れる。他の地域の制圧も時間の問題だし、これで旧ディアボ領はほぼ制圧したと言って良いだろう。



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