とある魔族の成り上がり

小林誉

第133話 魔王の因子

「っ! ……惜しかったな!」


奴の体に攻撃が届く直前、あろう事か俺の槍はディアボに掴み取られてしまった。と言っても、流石に無傷とはいかなかったようだ。掴み取る時に傷つけたらしい両手は血まみれで、槍の切っ先は体に少しめり込んでいる。捨て身の攻撃が防がれたらもうお終い――とでも思っているんだろうが、俺の本命は槍じゃない。


俺は素早く槍から手を離すと手の中にナイフを生み出し、至近距離からディアボ目がけて振り下ろした。


「どこから!? ちっ!」


槍以外武器らしい武器を持っていなかった俺の手に突如現れたナイフ。これがただのナイフであるわけが無い。奴は咄嗟に撥ね除けようと腕を振り上げてきたが、俺はその腕を狙ってナイフを突き立てた。


「ぐああぁ!?」
「うわあ!?」


ディアボの体に刺さった途端、ナイフが今までと違った反応を見せた。激しく発光したかと思ったら、今まで感じた事がないような圧倒的な力が自分に流れ込んできたのだ。対照的にディアボの体はどんどん縮んでいる。まるで最初にヴォルガーからスキルを奪った時のように。しかしヴォルガーと違ったのは、ディアボは体が縮むだけでなく、急速に老化が進んでいる点だ。若々しい姿から中年に。中年から初老に至るまで、一分とかかっていなかっただろう。発光が収まり、完全に力を奪い取った事を理解した俺は、ディアボの腕から無造作にナイフを抜き取った。


「あ……あ……」


ディアボは――いや、ディアボだった老人は、自分の身に起きた現象が信じられないのか、両手で自分の顔や体を触り続けた後、何かに助けを求めるように数歩だけ歩いた後、力尽きたようにバタリと倒れた。すぐに脈を確認したシーリは黙って首を左右に振る。今までスキルを奪った事は何度かあったが、対象が死んだのは初めてだ。少しばかり驚かされたが、正直言って今はそれどころではない。


今の俺はディアボと同じような魔族の姿になっている。そこは良い。スキルを奪った者の姿に変化するのは今までと同じだ。しかし、体の中から溢れるような圧倒的な力のたぎりは何なんだ!? 今なら誰と戦っても負ける気がしない。根拠はないが、本能でそう理解出来た。


静かに深呼吸して気持ちを落ち着け、スッと目を閉じる。するとそこには、見慣れたスキルの羅列と共に、新たなスキルが加わっていた。


『魔王の因子』


ディアボ本人が言っていただけに今更目にしても驚きはない。効果は……身体能力全般を強化、瞬間的な防壁、それに精神力の増強……か。このスキルが他のスキルと同様、強さに強弱があるのかどうか気になるが、今の時点では確かめようがない。とにかく、これで俺達は大幅な戦力強化を果たしたわけだ。


「ケイオス様、お怪我はございませんか!?」


心配して駆け寄ってきたシーリに何でも無いと首を振る。グラディウスらアードラー三兄弟は、初めて見る俺の変化に驚いているようだ。そして俺はそんな彼等から視線を逸らし、こちらの様子を上から見ていたこの街の領主へと目を向けた。


「ひっ!」


ガスターはディアボが倒されるなど欠片も考えていなかったのか、酷く怯えた様子でその場に尻餅をつく。二階から窓をぶち破って飛び降りたのだから、普通は階段を使ってもとの部屋に戻るのだろうが、俺は自分の跳躍力だけでガスターの私室へ舞い戻った。


「さて、ガスター……とか言ったな。さっきの話の続きをしようじゃないか。お前、大人しく俺達に従うか? それとも抵抗して無残に殺されるか? どちらかを――」
「従う! 従います! だから殺さないでくれ!」


まだ喋っている途中で言葉を遮られ少なからず気分を害したが、大人しく従うというならこれ以上揉める事もないだろう。


「随分素直だな。さっきまで話も聞かないと言った態度だったのに」
「あんな……! ディアボのような化け物を倒す連中を敵に回す気は無い!」


随分と怯えられているな。しかしこの男、ディアボの事を少なからず知っているような口ぶりだ。奴が何者なのか非常に気になるし、ちょうど良いから喋ってもらおう。俺が知っている情報を提供するよう笑顔で迫ると、ガスターは顔を引きつらせながら知っている情報を全て吐き出した。


ディアボ。魔王候補となる五人の因子持ちの一人。最近急速に勢力を伸ばしてきた魔族だ。彼は後天的に芽生えた魔王の因子による絶大な戦闘力を頼りに、周囲の領地をあっという間に我が物としてしまった。自分に従う者以外は容赦なく殺し、気に入らなければ家臣ですら戯れに殺す暴君だったそうだ。そして領地内からさらってきた娘を集めてハーレムを形成していたらしい。やりたい放題だな。


「まったく……。つまりは糞野郎だったって事だな」


俺のつぶやきにガスターは激しく首肯する。ディアボ――絵に描いたような魔族だったな。まるで俺の糞親父並みの屑だ。もっとも、力は雲泥の差だが。ディアボの糞っぷりはともかく、良い情報を聞かせてもらった。ディアボが力で纏めた領地なら、奴の力を奪い取った俺が丸ごと頂いても問題はあるまい。次は旧ディアボ領が目標だな。



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