とある魔族の成り上がり

小林誉

第131話 ディアボ

「領主様、アードラー三兄弟のグラディウス殿が――」
「邪魔をするぞ」


謁見の時間はとうに終わっていたため、領主の私室へと通された俺達だったが、グラディウスは声をかける衛兵を押しのけて中に入ってしまった。その強引な態度に一瞬呆気にとられたものの、当初の目的を思い出して俺達もすぐ後に続く。すると部屋の中には領主らしき男と、その客人と思える男の二人が怪訝な表情でこちらを見ていた。


「グラディウス殿……か。突然の来訪、一体何事かな? 見ての通り今は来客中でね。遠慮して貰えると助かるんだが」


領主はまだ年若い男だった。三十になるかならないかと言ったところだろう。力の強い魔族特有の外見的な特徴は皆無であり、気の弱そうな男で、体の線も細い。一目で荒事を苦手としているような印象を受けた。どうやら力より政治力でこの地位までのし上がったようだ。


「すまんが、こちらも出直して……とはいかん要件なんでな。客人には悪いが、このまま話を済ませてもらう。我々の要求はただ一つ。この街の領主であるガスターは、抵抗すること無く我等の首領であるケイオスの傘下に入れ」
「……いきなりだな。こちらの誘いを散々断っていた君達三兄弟が誰かの傘下に入ったと言うのは信じがたいが、後ろの面子を見る限り嘘では無いらしい」


居丈高に一方的な要求を突きつけられたガスターという名の領主は、驚きはしたものの狼狽えた様子が無い。武力に自信が無いならもっと怯えても良さそうなものなのに、たとえこの場で戦いが始まろうと構わないとでも言いそうな態度だ。そこが妙に引っかかったが、俺が出しゃばるよりグラディウスに任せていた方が円滑に話が進むと思い、彼に任せる事にした。


「返答は如何に?」
「戦闘が得意な君達三兄弟が傘下に入ったとなると、君達の首領とやらも相当な実力者なのだろう。私では太刀打ち出来ないほど力を持った魔族に違いない」


追い詰められているはずのガスターは相変わらず余裕の態度を崩そうとしない。その態度が少なからず鼻につく。しかし俺以上に苛立っていたのは交渉しているグラディウス本人だったようで、彼はすらりと剣を抜きガスターの鼻先に突きつけた。


「時間稼ぎのつもりか? 生憎だが、いくら兵隊を集めようと我々には通用せんぞ」
「時間稼ぎ? いや、そんなつもりは無い。確かに昨日までの私なら、君達に素直に従ったかも知れないが、今は状況が変わったんだ」
「……どう言う事だ?」
「この街は俺の傘下に入ったと言う事さ。たった今な」


意味がわからず、ガスターに詰め寄ろうとしたグラディウスを止めたのは、今まで面白そうに状況を眺めていたガスターの客人だった。男は警戒するでもなく自然な動作で立ち上がり、グラディウスに対して剣を抜いた。咄嗟に距離を取り油断なく構えるグラディウス。後ろに居る俺達も武器を抜いて臨戦態勢をとった。


「俺の名はディアボ。魔王に連なる魔族だ。本来ならお前達がどこで勢力を伸ばそうと無視しておくんだが、俺の傘下に手を出したとあっては話は別。大人しく従えば良し。逆らうならこの場で皆殺しにしてくれる」


ディアボがそう言った途端、奴の全身から凄まじい殺気が俺達に向けられる。今まで戦ってきた中で、思わず武器を取り落としそうになるほど強烈な殺気はコイツが初めてだ。間違いなく強敵。おまけにスキル持ちときている。額に汗したグラディウスの横に剣を構えたシーリが立つ。彼の援護と言うよりも、俺を守るための動きだろう。


「ほう。見たところスキル持ちが多いな。よし、そいつらだけ残して後は殺すか」


気負う様子も無くそう言い切るディアボの殺気が膨れ上がる。来る――! まるでファルシオンの高速移動のような勢いでディアボが迫る。それに反応できたのは先頭のシーリとグラディウスだけだった。一閃される剣を回避して剣を繰り出す二人。しかしディアボは二人の攻撃を何事も無いように軽くあしらうと、その場で足を止めて打ち合いを始めた。シーリとグラディウスに余裕は無さそうだ。歯を食いしばって必死に剣を振り回している。それを余裕の態度で迎え撃つディアボ。


「嘘だろ……あの二人を同時に相手にして押してるぞ」


信じられないと言ったように呟くハグリー。それは他の面子も同じだったらしく、呆然としたように目の前の光景に目を見張っていた。俺達の中で最強のシーリと、それと互角に戦うグラディウス。この二人がいれば生半可な敵など相手にならないはず――そう思っていた俺の慢心は、一瞬にした砕かれた形になってしまった。


「やるな! 二人がかりとは言え俺と互角にやり合うとは! だがそろそろ本気を出させてもらうぞ!」
『!?』


剣を受け止めるシーリとグラディウス、二人の表情が歪む。外から見ていればわかるが、明らかにディアボの攻撃の威力が増している。まさか、今まで手加減していたって言うのか!?


「はあ!」


隙を見てシーリが放った衝撃も難なく躱され、逆に重い一撃を見舞われた彼女は大きく後退する事になった。当然そうなればグラディウスは一人でディアボの相手をする事になる。猛攻を支えきれなくなった彼がその身に一撃を入れられそうになったその時、今まで静観していたハグリー達が一斉に襲いかかった。


「くらえ!」


ファルシオンが得意の高速移動を活かして、すれ違い様に大剣の一撃を見舞おうとしたが、ディアボは首を少し傾けただけで攻撃を躱してしまった。ハグリーとレザールが左右から同時に振り下ろした一撃は、剣の一振りで二つまとめて跳ね上げられ、ルナールが生み出した氷の矢は蹴り上げた机で軌道を逸らされてしまう。


俺やラウも追撃をかけたいところだが、この狭い室内で火炎や暴風など使えば味方まで巻き込んでしまうのが確実だけに、手を出しようが無い。自分の力の無さに歯がみした時、俺の横を何者かが進み出た。


「ラウ! 吹き飛ばせ!」


前に飛び出したランケアが両手をかざしラウに鋭く指示する。瞬時に意図を理解したラウが同じく前に出ると、彼女は全力で暴風のスキルを放った。瞬間――室内に圧倒的なまでの風が吹き荒れる。家具は勿論、壁紙は捲り上がり、さっきルナールの攻撃を防いだ重そうな机すら宙に舞い上がる。


「うおおっ!?」


流石に味方ごと攻撃したのは予想外だったのか、ディアボは為す術も無く暴風に巻き込まれ、室内の家具と共に窓の外へと吹き飛ばされた。今のラウの攻撃、ランケアのスキルで無効化の範囲内に居た俺達や、領主であるガスターは全くの無傷だ。事態の推移について行けず、呆気にとられるばかりのガスターを残し、俺達はディアボを追って外に飛び出した。

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