とある魔族の成り上がり

小林誉

第121話 見返り

「喰らいなさい!」


一人前に進み出たラウが両手をかざすと、彼女の手の平から猛烈な突風が巻き起こる。俺が大森林でサイエンティアの連中相手に使ったものより強力なその風は、正面に居たコションの部下達を文字通り吹き飛ばした。


『うわあああ!?』


悲鳴を上げながら空へと巻き上げられた護衛達は、少し時間を置いて四、五メートルほどの高さから地面に向けて順番に叩きつけられていく。


「ぐえっ!」
「ぎゃっ!」
「がはっ!」


悲鳴を上げて動かなくなっていく護衛達。中には意識を保っている者もいるようだが、身体を抱えてうめき声を上げるだけだ。もはや戦う力はないだろう。


「見事だなラウ。それにしても、俺が持っていた時よりスキルが強力になっている気がするんだが、何か特別な事でもしたのか?」
「ケイオスからスキルを譲って貰って、しばらく経った頃かな。気がつかない内にスキルに変化が起きていたの。『暴風:強』って。私自身は何かした覚えもないから、たんに相性の問題じゃない?」


スキルが成長した!? 驚くべき事実だ。意図的にスキルを成長させる事が出来るなら、俺達の戦闘力は大幅に向上するかも知れない。これは一度研究してみる必要があるな。だが、今はスキルよりコションをどうにかするのが先だ。俺達は倒れたままの護衛達の脇を通り抜け、コションの屋敷の中に足を踏み入れた。


「きゃあ!」


突然武装した一団が踏み込んできたため、鉢合わせたメイド達が悲鳴を上げながら逃げ出していく。俺達はそれらを無視して、ヴィレジを先頭に二階へと上り、あるへやの扉を蹴破った。


「うわあ!? な、なんだ!?」


部屋の中では、見覚えのある男が一人で慌てふためいていた。コイツこそ、俺が以前スキルを奪った男――コションだ。コションは表の騒ぎを察知して逃げだそうとしていたらしく、背中にパンパンに膨れ上がった道具袋を背負っている。隙間からは金で出来た装飾品が顔をのぞかせているので、中は金目の物でいっぱいなのだろう。


「久しぶりだなコション。元気そうで何よりだ」
「お前はヴィレジ! よく私の前に姿を現せたものだな! こんな物騒な輩を連れて押し入ってくるとはどう言うつもりだ!?」
「どうもこうも、言われなくてもわかってるはずだろう? 魔族が兵を引き連れて他の領地に押しかける。その目的は一つだ」
「くっ……!」


ヴィレジの言うとおり、コションは俺達が来訪した目的をある程度察していたようだ。持てるだけの財産を持って逃亡しようとしていたのが、その証拠と言えるだろう。彼は悔しげに唇を噛みしめ、こちらを睨み付けている。ここからは俺の出番だな。俺はヴィレジを押しのけ、コションの前に立った。


「返事を聞かせて貰おうか。大人しく従うか、それとも徹底抗戦を選んでここで死ぬのか」
「……なんだ貴様は? なぜハーフが偉そうに出しゃばってくる? ヴィレジ、コイツは何者だ?」
「口を慎めコション。この方こそ我が主ケイオス様だ。ケイオス様はいくつものスキルをその身に宿す、偉大な力をもった方。そう遠くない内に魔族領全てを支配される事になる。お前は運が良いぞコション。ケイオス様の覇業に早い段階で加われるのだからな」
「魔王? 何を馬鹿な……」


失笑しながら俺を見るコションだったが、何か感じ取るものがあったのだろう。額に汗を浮かべて、こちらを凝視している。


「いきなり力尽くで配下になれと言われても、納得できないのはわかる。だから、俺達の力の一端をお前にも見せてやろう」


言うが早いか、俺は配下の魔族から一つの爆弾を受け取り、窓に近寄る。そして導火線に火をつけ、全開にした窓から遠くへ爆弾を投げ飛ばした。爆弾が何なのかもわからないコションは怪訝な表情でそれを見ていたが、派手な炸裂音と共に地面を抉り、破片をまき散らす爆弾の威力を目の当たりにして、驚愕に顔を歪めていた。


「な、なんだこれは……今のはいったい……?」
「今のは俺達が作った新兵器だ。名を爆弾と言う。威力は今目にしたとおり強烈だ。アレが一つ破裂すると、十人や二十人の兵士を纏めて倒す事が出来る。想像できるか? 今までの戦い方がガラリと変わるんだ。俺達はこれからの戦いで爆弾を積極的に利用していく。敵が何千何万居ようが関係ない。最終的にはアレを大量に所持している俺達が勝つ」


見た事も聞いた事もないような新兵器の威力を目の当たりにして、さっき俺が言った言葉がただの冗談などではなく、現実的な事なのだとコションは瞬時に理解できたらしい。流石に単純なヴィレジと違い、領地経営を成功させるだけの知恵はあるようだ。


「……確かにこれなら可能性はあるか。お前達が周りに戦争を吹っかけようとするのも理解できる。力を貸すのもやぶさかではないが……問題は、お前達が私に対して、どんな見返りを用意できるのかと言う事だ」
「見返り? タダでは働けないと?」
「当然だろう。そこのヴィレジが何を持ってお前に協力しているのかまでは知らん。だが私は別にお前に心酔したわけでも、心意気に賛同したわけでもない。利益を求めるのは当然だろう?」


確かに、考えてみればその通りだ。今までは支配のスキルで操り人形にするか、奴隷として強制的に従わせるかだけしてきたので、見返りを求める者など居なかった。だがこれから先、占領地を増やしていくならスキルにばかり頼っては居られない。支配できる人数には限りがあるのだ。だったらこのコションのように、何か見返りを用意して協力させるやり方を進めていくべきだろう。


「なら、ケイオスが魔族領を支配した後、今の倍の領地を用意しようじゃないか」


具体的に何を言えば納得するのかと考え込んでいる最中、口を挟んできたのはケニスだった。なるほど。金銭だけでなく、土地を与えると言う方法もあったな。


「倍では少ないな。三倍は欲しい」
「……あまり欲張ると、後でろくな事にならないよ。倍の領地と報奨金でどうだい?」
「……ふん。まあ良いだろう。俺に差し出せる兵などたかが知れているしな。それで手を打とうじゃないか」


俺が何も言わないでいる内に、ケニスとコションの間でさっさと話がまとまってしまった。まあいい。とりあえず、これでコションの治める領地は俺の支配下に治められる事になった。景気の良いこの地は経済面で大きな助けになるだろう。

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