とある魔族の成り上がり

小林誉

第118話 足がかり

ヴィレジとはあまり長い期間一緒に居たわけでもないので、正直言って印象が薄い。顔を合わせて、ああ、こんな顔だったなと思うぐらいの間柄だ。久しぶりに顔を見るその男は、拘束されながらも強気な姿勢は崩しておらず、今も周囲を罵倒しながら睨み付けている。


「久しぶりだなヴィレジ。元気そうで何よりだ」
「誰だ貴様は! 俺にハーフの知り合いなどいないぞ!」


思わぬ返答に一瞬言葉が詰まる。記憶を遡ってコイツと会ったときのことを思い出し、そこで当時の俺は今の姿ではなかったなと、体を変化させ始めた。本来の姿であるハーフの男の姿から、華奢で何の力も無いようなハーフの女の姿へだ。目の前で徐々に姿を変えていく俺を呆気に取られたように口を開けて見つめるヴィレジ。やがて俺の姿はコイツと最後に会った時のものへと変化していた。


「どうだ? これで思い出せるか?」
「お、お前は! あのときの女!」


咄嗟に飛びかかろうとするヴィレジを魔族の兵が組み伏せる。コイツの屋敷から逃げ出した時、金目の物をゴッソリといただいていったから恨むのは当然だ。


「お前のせいで俺がどれだけ酷い目に遭ったと思ってる! 周りの領主からは爪弾きにされて、村人からも白い目で見られるようになった! あいつ等が俺の事をなんて言ってるかわかるか? 全財産を貢いだ女に逃げられた間抜け――そう言われてるんだぞ!」
「…………」


血走った目でそう訴えられては、流石に気の毒になってくる。しかし、もとはと言えばコイツが俺を拉致しようとしたのが原因なので悪いとは思わない。


「お前の事情などどうでもいい。それより、今の状況が理解できてるのか? お前は俺達に捕らえられたんだぞ?」
「そ、そうだ! なぜこんな真似をした! 何が目的なんだ!」


今更自分がどんな状況にあるのかを思い出したらしいヴィレジが、再び声を上げ始める。まったく、やかましい上に頭の悪い男だ。


「目的はただ一つ。お前、俺達に従え。俺はお前の領地を足がかりにして、魔族領全てを手に入れるための戦いを始める。大人しく従うなら良し、逆らえばどうなるかわかるな?」
「魔族領を手に入れる……? ハーフのお前が?」


途端にヴィレジは大笑いし始めた。涙を流しながら床に頭を擦りつけ、息も絶え絶えと言った様子で。


「……何がおかしい?」
「これが笑わずにいられるか! 生きる事すら満足に出来ないようなハーフが魔族領を手に入れるだと寝言を抜かしているんだぞ! お前程度にそんな事が出来るなら、俺がとっくにやっているわ!」


そう言って笑い続けるヴィレジを俺は冷たい目で見下ろす。コイツを説得して協力させるなど不可能だな。やはりある程度規模の大きい領地と戦力を整えない限り、一般的な魔族は俺の話を聞こうともしないのだろう。説得するだけ無駄だと判断した俺は、手に持った槍の切っ先をヴィレジに突きつけ、体に突き立てるため大きく振りかぶる。


「待った」


突然の凶行に及ぼうとした俺を止めたのはケニスの言葉だ。ヴィレジ本人は殺されるとは思っていなかったようで、青い顔をして固まっている。挑発すればそれだけ寿命を縮める事になるなんて、子供でもわかりそうなもんだが。


「ケニス? なぜ止める?」
「ケイオス。ここは君のスキルでこの男を味方に引き入れるべきだ。最初から反抗的な領主を殺していくとなると、この先ろくに統治出来なくなる。侵略どころじゃないよ。見たところこの男は強い者に媚びへつらう性格のようだし、君の力が増した後スキルを解除しても逆らいはしないだろう。だからある程度こちらの戦力が整うまでは、生かしておくべきだと思う」
「なるほど……」


言われてみればその通りだ。現状、俺達自身に統治能力は無い。ヴィレジを殺した後シオンやケニスをこの地にとどめたら何とか何そうだが、それには長い時間もかかる上に、貴重な戦力である彼等を無駄にすることになる。ならこの男は殺さずに、このまま使った方がお得だろう。


「わかった。ならお前の言うとおり、この男はスキルで支配する。なに、この男は簡単な魅了の力にも屈した精神的な弱さを持っているからな。支配に抗えはしないさ」


そう言って、俺は意識の触手をヴィレジの体に伸ばし始めた。俺の体から俺にしか見えない無数の触手が手を伸ばし、ヴィレジの体を絡め取っていく。


「お、おい! 何をするつもりだ!? 何か妙なことを企んでいるなら無駄だぞ! 俺はどんな力にも屈しないからな!」


よく言う。以前おれの操り人形になっていた男の台詞とは思えんその言動に、思わず苦笑が漏れてしまった。その間にも触手はヴィレジの身体にに浸透していき、消えたと思った瞬間彼の体がビクリと震える。


「……成功……したみたいだな」
「お見事。まずは一つ、領地が増えたね」


さっきまで暴れていたヴィレジは、急に大人しくなって抵抗を止めていた。目配せを受けた魔族が彼の拘束を解き自由の身にしてやると、特に暴れる様子もなくその場にスッと立ち上がる。


「ケイオス様、先ほどまでの無礼をお許しください。このヴィレジ、身命を賭してケイオス様の為に働かせていただきます」


ひざまずき、深々と頭を垂れるヴィレジ。俺はそれを見ながら、ホッと息を吐いた。まず一つ。俺達の初陣は勝利に終わった。

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