とある魔族の成り上がり

小林誉

第117話 ヴィレジの館

俺達が拠点を構える大森林は、北西にエスクード、南西にマシェンド同盟、そして東側を魔族領に囲まれた立地だ。マシェンド同盟から大森林への立ち入りはピエス達によって禁止されたため、人族の領域から大森林へ入ろうとする場合、エスクードに限定されたと見て良い。


エスクード――王国制であり、特に目立った産業や特産品がなく、特色の無い国だ。ただ、魔族領に面しているだけあって常備戦力は他国よりも多い。大陸最南端にある軍事国家アルクスに比べると流石に見劣りするが、それでも十分戦える戦力だろう。


将来的に俺達が魔族領で領土を広げ、人族の領域に手を出そうとした時に、最初の難関になるのがエスクードと言えた。もっとも、それは当分先の事だから今気にしなくても大丈夫だ。


魔族領を手に入れるために俺達が最初にしなければならないのは、兵隊を集める事だろう。人族の領域じゃどうなっているのか知らないが、魔族領ではほとんどの地域で徴兵制を敷いていると言う。なので俺達は、大森林から一番近い地域の貴族達を傘下に収め、その戦力を手に入れなければならない。


「ここから一番近い場所なら、ヴィレジと言う名の地方領主が治める農村があるよ。戦力と呼べるほど大したものはないだろうけど、食糧を確保できるのは魅力的だね」


ケニスが自宅から持ってきた地図を広げ、指を指しつつそう説明する。ヴィレジ……? どこかで聞いた名前だなと思って頭を悩ませていたら、やっと思い出す事が出来た。俺が村を出て最初に遭遇した魔族の名前だったのだ。あの時はラミアから奪った魅了のスキルで奴を虜にし、招待させた他の貴族から更にスキルを奪った後、金品を盗んで逃げ出したんだった。


「まさかアイツの領地とはな……因縁と言うべきか、ヴィレジの運が悪いと言うべきか、悩みどころだ」
「どうかしたのかい、ケイオス?」
「いや、別に」


何でも無いと手を振って誤魔化す。ヴィレジの村を落とすための戦力は、賞金稼ぎ組と魔族の兵が少し。それと数騎のペガサスだけだ。奴隷と魔族の半分は拠点の防衛に残してある。戦いの役に立たないイクスも居残り組だ。彼女の指揮の下、爆弾の量産を続ける事になり、そんな彼女達を監督するためにシオンが残る事になった。治癒が使えるシオンが抜けるのは痛いが、他に適任が居ないので仕方が無い。何か問題があれば残りのペガサスで俺達に知らせる段取りになっていた。


攻め落とすと言っても必ず殺す必要は無い。力を見せつけて服従させられるならそれが一番だ。しかし魔族全般に言えるのだが、奴等は無駄に誇り高く好戦的なので、十中八九殺す事になるだろう。完全武装で出発した俺達は、迷う事無くこの地域を支配するヴィレジの館に近づいていく。リーシュやペガサスと言った偵察要員のおかげで迷わないでいられるのはありがたい。やがて目的の領主館の目前に辿り着いたのは、深夜と言って良い時間帯だ。周囲の民家に灯りはなく、皆寝静まっているのだろう。襲撃にはもってこいの時間だ。


「あの中にまともな戦力は無い。館の主と、召し使いの婆さんが一人居るだけだ」
「……なんでそんな事知ってるんだケイオス?」
「前に入った事があるんだよ。それより、準備は良いな?」


全員が頷き、武器を構える。正面玄関には俺を含む二十人ばかりが突入の準備をし、残りは館の周囲を警戒だ。無いと思うが、万が一住民達が領主の救出に来た場合の備えになる。久しぶりに訪れたヴィレジの館はひっそりと静まりかえり、物音一つしていない。襲撃される可能性など考えてもいないのだろう。


扉に手をかけて引こうとすると鍵が引っかかって開かなかった。流石に戸締まりぐらいはしているようだ。


「構う事はない。ぶち破れ」
「おう。じゃあ行くぜ!」


扉の前に立ったハグリーが、新調した武器――鉄製の大槌を振りかぶり、勢いよく叩きつける。彼の怪力と武器の威力も相まって、木製の扉はあっけないぐらい粉々に吹き飛んでしまった。間髪入れず屋敷になだれ込み、それぞれが扉を蹴破りながら各部屋に押し入る。


「ひええっ!」
「な、なんだ!? なんだお前等は!?」


一階と二階、それぞれから聞き覚えのある声で悲鳴が聞こえてきた。間違いなく以前会った事のある二人だろう。以前この屋敷に滞在していた時聞いた話では、確かヴィレジは騎士の身分にあるとか言っていたような気がする。と言う事はある程度戦闘出来る奴なんだろう。しかし、夜中就寝中に押し入られては流石にろくな抵抗も出来なかったらしく、彼と老婆は捕らえられ、俺の前へと引きずり出された。


「何なんだ! 一体何だ! 何が目的だ!」


突然の事で混乱しているのか、ヴィレジはわめき続けている。さて、今から始める問答次第で、コイツを配下にするか、それとも命を奪うかを決める事になる。俺は少し緊張しながら二人の前へと歩き出した。

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