とある魔族の成り上がり

小林誉

第106話 説得

旅は順調だった。昨日の今日で待ち伏せできる時間的余裕も無いだろうし、時折現れる魔物も二十人近い武装した集団目がけて襲いかかってくるほど馬鹿じゃないらしく、こちらを視界に入れた途端さっさと姿を消してしまった。もともと街と街をつなぐ街道は互いの街から派遣された兵士達が見回りを続けており、野党の類いも自分達の身の安全を優先して姿を現す事はなく、俺達は特に問題も無くピエスが拠点とする街まで辿り着く事が出来た。


時刻は昼前。昼食の時間帯だけあって通りには多くの人が食事を求めて溢れており、街は非常に賑やかだった。街に入る時衛兵に止められるかと緊張したが、ピエスの顔を見るなり笑顔で通してくれたので、リンの手はここまで回っていないのかも知れない。人混みをかき分けて俺達が目指したのはピエスの屋敷だ。恐らくここにはリンが待ち構えていて、洗脳されたピエスの奪還と、邪魔者である俺達の排除を狙っているに違いない。


「門番の姿がありませんな。いつもなら最低二人は立っているんですが」
「ピエス様、これもリン殿の仕業でしょうか?」
「恐らくは。皆、何が起こるかわからないから油断しないように。リンの口車に乗せられた者達が実力行使に出てくる危険があるからな」


ピエスの言葉に全員が頷く。一応俺達はセイスからピエスに貸し与えられた戦力という建前なので、この場で一番地位が高いのはピエスだ。支配の影響下にある彼としては俺に命令口調で話すのに抵抗があったようだが、ここは我慢して貰うしか無い。


門をくぐった所から、ピエスの護衛を先頭に隊列を組み直す。前半分は護衛で俺達は後ろ半分だ。ピエス自身は真ん中に陣取り、何があっても彼だけは守る布陣となっていた。庭に人の気配は無く、罠の類いも見当たらない。難なく玄関扉まで辿り着くと、先頭の護衛がゆっくりと扉を開いていった。


「お待ちしておりました、ピエス様」


セイスの屋敷と遜色ない大きさを誇る屋敷の中では、読み通りリンが手下と共に待ち受けていた。リン自身はエントランスから見上げた二階部分――沢山の扉が並ぶ廊下に立っている。彼女の手下は一階と二階にそれぞれ別れており、気配から察して見えない所に潜んでいる者も居るようだ。既に臨戦態勢、いつ襲いかかってきても不思議じゃ無い緊張感の中、ピエスがリンに対して声をかける。


「リン。これは一体何の真似かな? せっかくセイス殿が催してくれた宴の最中突如暴れ出して逃亡したかと思ったら、今度は私の護衛達も使って私の暗殺でも狙っているのかね?」


ピエスの言葉に、リンの配下達の間に動揺が走った。当然か。今の彼はどこからどう見ても正気だし、とても人に操られているようには見えない。普通洗脳された人間を想像すれば、薬物で前後不覚になっているか、傀儡のように自力で歩く事も出来なくなっている者が頭に浮かぶはずだからだ。リンの言うように本当にピエスが洗脳状態にあるのか不安になった彼女の手下達が不安げにリンを見るが、彼女はそれを払拭するように声を張り上げた。


「惑わされては駄目です! 私はこの目でピエス様がスキルの影響下に置かれるのを見ました! 恐らくピエス様同様に、セイス様も同じように洗脳されているはず! 首謀者であるエルフの姿は見えませんが、まずはピエス様の身柄を奪還し、その後にセイス殿も正気に戻すのです! そして悪巧みをしたエルフの一族に正義の鉄槌を下さねばなりません!」


なるほど。リンの頭の中ではそんな風に話が出来上がっているわけだ。首謀者であるエルフ女――つまり俺の事だが、その俺は大森林の奥地に住むエルフ一族からの密命を受けて、街の権力者であるセイスやピエスを次々洗脳状態にし、そして一族の利益になるように二人を自由に動かす事を企んでいる――と言ったところか。当たらずとも遠からずだな。やはりこの女は優秀なようだ。


「君こそ正気に戻りたまえリン! 普段冷静に君はどこに消えてしまったと言うんだ!? 自分が何をしているのかわかっているのか! これは反逆だ! 私を捕らえて正当な手続きを経ずに武力で議員の地位を手に入れようとしているのだろうが、そうはいかないぞ! 君達もだ! リンに味方をするという事は、街全体を敵に回す事になるぞ!」


ピエスもよくやる。あくまでもリンが錯乱して暴走している体で話を進めるつもりらしい。この場合、俺達の方から焦って動く必要は無い。なぜなら追い詰められているのはリンの方でありリンの手下達であるからだ。下手に仕掛けて斬り合いをやるより、口で黙らせる事が出来るならそっちの方が良いに決まっている。事前に言い含められてはいたものの、実際にピエスから脅されて手下達の視線がリンとピエスの間を行ったり来たりと忙しい。このままでは彼等はまともに戦えない――そう判断したのはリンも同じらしく。彼女は身動きが出来なくなる前に行動に移す決意を固めたようだった。


「今のピエス様のお言葉に耳を貸してはなりません! お前達! 当初の予定通りピエス様を取り返しなさい!」
「チッ!」


思わず舌打ちが漏れる。せっかく上手くいきそうだったのに、あと一歩で失敗したな。動揺しつつも一斉に剣を抜くリンの手下達。それに反応してこちらも一斉に武器を構えた。こうなったら仕方ない。実力でリンを黙らせてやろう。

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