とある魔族の成り上がり

小林誉

第105話 ピエスの街へ

事情のよくわかっていないピエスのためと、現状を再確認するために、今の状況をその場に居る全員に簡単に説明していく。ピエスを支配下に置いたは良いものの、その秘書であるリンに逃げられたあげく俺のスキルの秘密まで知られてしまった。俺達がやるべき事はリンの口封じと、恐らく彼女に率いられてピエスを取り戻そうとしてくる連中にどう対処するかだ。


「ピエス、リンがどこに逃げたのか見当は付くか?」
「そうですね……私も詳しい事は聞いていませんが、恐らく私の街にある彼女の家……と思います。流石に彼女の私生活までは把握してませんので、すみません」


となると、後から追いついて直接本人を捕らえるという方法は却下だな。街の外に逃げた程度ならまだ何とかなったかもしれないのに、上手くいかないものだ。


「じゃあ、いっそのこと堂々と戻ってはどうでしょう?」


そう言ったのはこの街の議員であるセイスだった。


「どう言うことだ?」
「むこうはピエスが無理矢理捕らわれたか、洗脳されたかと思っているんですよね? なら下手にピエスを隠すより堂々と正面から帰った方が良いと思うのですよ。幸いこの街にはピエスの護衛が宿に滞在したままです。彼等を率いて街に戻れば、リンの虚言であった事に出来ませんか?」
「つまり、ピエスは俺達に何もされていなくて、リンが錯乱しただけと言う形にしたいんだな?」
「そうです。どこからどう見ても正気としか見えないピエスと、主が洗脳されたと騒ぐ秘書……第三者が見てどっちが正しいと思うでしょうか?」


なるほど……そう言われれば確かにそうだな。だがそれでも危険は残っている。何事もなく一旦ピエスを迎え入れた後、リンが強硬手段に出ないとも限らないからだ。今まで洗脳状態を解除するスキルが存在するとは聞いた事がないが、絶対に無いとは言い切れない。現に空間転移という初めて見るスキルでリンに逃げられたところじゃないか。


「いずれにしてもリンの口は封じておきたい。野放しにしておけばどんな影響があるかわからないからな。殺すか支配する――選択肢は二つに一つだ」


俺の言葉に全員が頷く。リンに対抗するため最初にしたのは、街に滞在しているピエスの護衛達をたたき起こす事からだった。シードの部下を何人か派遣して、宿で寝ていた彼等を叩き起こす。驚きながら意味もわからず屋敷に連れてこられた彼等だったが、ピエスの言葉に再び驚く事になった。


「みんな聞いてくれ。リンが錯乱して逃亡した。あろう事か彼女は会食中に突然暴れだし、止めようとしたセイス殿の護衛に暴行を加えたあげく、自らのスキル『空間転移』で逃げ出したのだ」
『!』


寝耳に水とは正にこの事。普段から公私ともに甲斐甲斐しくピエスの世話をするリンの姿から想像できないような蛮行に、護衛達は声も出ないでいる。


「セイス殿には申し訳ないが、すぐに彼女を取り押さえねば何をするかわからん。彼女には私の秘書としての権限があるため、街で騒ぎを起こされる危険がある。皆には悪いが、すぐに街に戻るぞ」
「そ、それは良いのですがピエス様。そちらの方々は……?」


護衛の代表者らしい兵士が目を向けたのは、ピエスの後ろに控える俺達だ。エルフの姿から人族の男に姿を変えた俺、それに加えていつもの面子だ。リンがかき集められる兵隊がどの程度の規模になるか想像も出来ないし、備えは万全にしておきたい。


「彼等はセイス殿から借り受けた戦力だ。いずれも一騎当千の猛者揃いであるから、きっと我々の力になってくれるはずだ」


俺達が同行する不自然さを勢いだけで誤魔化すピエス。護衛達は戸惑いの表情を浮かべてはいたものの、特に疑問を口にする事は無かった。どうやら彼等にはリンほどの気の強さは備わっていないようだ。


出発すると言っても今は夜中。とりあえず馬と野営用の荷物だけ括り付けるだけで結構時間をとられる事になったので、実際に出発したのは空が白み始めた頃だった。目的の街であるピエスの街は、道沿いに北上して五日の距離にある。俺達の持つペガサスなら一日もあれば着く距離だが、馬だとどんなに急いでも三日はかかってしまう。全員ペガサスなら楽で良いんだが乗れる人数には限りがあるし、なによりピエスとその護衛を置き去りにしてはこちらの正当性が無くなってしまうので取れない手段だった。


ちなみに、ピエスが乗ってきた馬車はこの街に置いていく。あくまでも機動力優先なのと、取り乱したリンを捕縛するという名目なのでピエスも馬で移動するのだ。


「セイス、すまないがこれで失礼する。この詫びはいずれまた」
「気にするな。それよりリン殿が心配だ。何か病気かもしれんから、急いで行った方が良い」


二人ともよくやる。事情を知っている俺達からすれば茶番でしか無いが、護衛達から見れば錯乱した秘書を心配する議員と、それを見送る友人に見えているはずだ。この辺は流石に自治都市を纏める議員と言ったところか。


「では行こう。出発!」


かけ声と共に、セイスを先頭にした一団が馬で駆け出す。目指すはピエスの治める街『サンク』さっさとあの女を捕まえて、次の議員を狙いたいものだ。

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