とある魔族の成り上がり

小林誉

第102話 秘書

ピエスと言う男の第一印象は、優男――の一言だった。白いものが目立つ頭髪を肩口で切りそろえ、派手では無いがセンスの良い服に身を包み、中肉中背の五十代ぐらいの男だった。彼と共にやって来たのは彼の護衛兼秘書を務める女で、こちらは動きやすそうな服と、腰に一本の細身の剣を差す二十代後半ぐらいだ。茶色い髪を背中の中程で切りそろえ、少々キツい目つきをした、なかなか気の強そうな女だった。護衛の兵士達が後何人かいるようだが、彼等は街の宿屋に滞在させて臨時の休暇を与えているらしい。あまり大人数で押しかけても迷惑になるだろうとの配慮だった。


「久しぶりだねセイス。前の評議会以来かな?」
「そうだな。半年前の評議会が最後だった。元気そうでなりよりだピエス」


二人は固い握手を交わし再会を喜び合っている。その様子を見る限り、仲が良いと言うのは嘘では無いらしい。


「今日は招待に応じてくれてありがとう。この日のために美味いと評判の料理や各地の珍味を集めたんだ。楽しんでいってくれ」
「わざわざすまないね。ところで、私の知らない方がいるようなので紹介していただけないかな?」
「勿論だ」


セイス主催の食事会に参加するのは俺だけだ。他の面子も参加させたかったが、相手側が二人しか居ないのにこちらが大人数で参加するわけにはいかなかった。ピエスの護衛をしている女の実力がどの程度なのかはわからないので不安はあるが、一応部屋の外ではシーリ達が待機していつでも踏み込めるように準備をしている。


「この方は東にある大森林の奥地から我が街を訪れた、ファウダーさんだ。彼女の住む集落は人族との交易を望んでいるらしく、今日も挨拶がてら特性の茶葉を持参してくれたんだよ」
「初めまして、ファウダーと申します。お目にかかれて光栄ですピエス様」


なるべく優雅さを意識して、笑顔を浮かべながらゆっくり頭を下げる事を心がける。今の俺は一族の使いとして大森林から出てきた女エルフだ。少しでも疑われるような事態は避けなくては。


「これはご丁寧に。私はピエス。そしてこちらは私の秘書を務めるリンと申します」
「リンです」


にこやかな様子のピエスと違い、リンと言う名の女は短く名乗っただけだった。これが秘書だと? どう見てもそんな女じゃ無い。この気迫と鋭い眼光、そして油断の無い振る舞い――これは人を殺したことのある奴の動きだ。こんな女を側に侍らせていると言うことは、このピエスも見た目どおりの男では無いのだろう。


はるばる呼びつけたからと言って、すぐに食事会が始まるわけでも無い。仮にも自治都市の議員にある男達だ。世間話もそこそこに、早速仕事関連の話を始めてしまった。各都市間における交易品の流通量や価格の上下動から始まって、各国の商会の動きや軍備の増強など、次から次と話題が尽きることは無かった。その間蚊帳の外に置かれた俺とリンは特にやることも無く、お互いテーブルを挟んでお茶を飲んでいただけだ。


「ファウダー殿の一族は、大森林のどの辺りに居を構えているのですか?」
「中央よりやや東寄りに私達の集落があります。魔族領に近いので日々不安を感じながら生活していますよ」
「ほう……。失礼ですが、今回はなぜ人族と交易を始めようと思ったのか、聞いてもよろしいでしょうか?」
「族長が代替わりしたのが理由ですね。今までの族長は排他的で多種族との交流を嫌う方でしたが、新しく族長になった者は人族と接近し、何かあった時に助力を得ようと考えているようです」
「なるほど。交易はその足がかりというわけですか」
「はい。いずれは直接人の行き来をしたいと考えているんですよ」


あらかじめ考えておいた設定に沿って、リンの質問に淀みなく答えていく。この女、なぜか俺の素性を怪しんでいるようだ。まあ、招待された食事会にたまたま街を訪れていたエルフが同席するなど滅多にない事だから、疑われても仕方が無いとは思うが。


表面上にこやかに会話を楽しみつつ、俺の方もリンの観察を忘れない。まず彼女が持つ武器。これはかなりの業物のようだ。俺の持つ槍のように何か特殊な力を感じる。鞘に収まっている状態でコレなのだから、抜きはなった時どんな効果があるのか……実感できる機会が訪れないことを祈ろう。


そんな剣を持つ彼女自身の腕も相当なものだ。シーリには及ばないだろうが、ハグリーぐらいとなら互角以上に戦いそうな気配がある。それはすなわち、スキルなしで戦った場合、俺では太刀打ちできないと言うことだ。そのスキルなんだが、この女、スキル所持者だった。相手も俺のスキルに気がついたようで聞きたそうにはしていたんだが、質問すると自分のスキルの種明かしもしなければならないので遠慮したようだ。


「さあ、仕事の話はこのへんで終わりにして、そろそろ夕食にしようじゃ無いか」
「賛成だ。久しぶりに真面目に仕事をしたからね。腹が減っていたんだ」


笑い合うセイスとピエス。セイスの指示で開かれた扉からは、メイド達が次々と料理を運び込んでくる。やれやれ、随分焦らされたがやっと本番だ。気合いを入れて臨むとしよう。

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