とある魔族の成り上がり

小林誉

第96話 落とし穴

気配を殺したまま森の中を急ぎ足で進む。リーシュ達偵察隊が最後に見た敵の位置はちょうど俺達から見て真北で、敵は東に向かって進んでいるようだった。そして連中の位置から東に行くと開拓中の村がある。こんな森の奥深くに人族が村を作っている話は出回っていないので、見つかれば魔族の村と断定されるはず。戦闘が始まるのも時間の問題だと思えた。


「このままつかず離れずで連中の後を追って、戦闘が始まったところを叩くぞ」


まともに戦えば負けるという判断からの苦肉の策だったが、意外と上手くいくんじゃないか――俺のどこかにそんな甘さがあったのか、敵がの接近に気がつかなかったのだ。


「止まって! ケイオス様、敵です!」
「なに!?」


シーリの鋭い声に俺達は足を止める。すると、いつの間に近寄ってきたのか、俺達の前方にある木々の間から多くの敵が飛び出してきたのだ。数は十や二十ではきかない。明らかにこっちを上回る数だ。


「まさか、村よりこっちを優先させたのか!?」


知らずに顔が青ざめる。迂闊だった。考えてみれば当たり前だ。連中が村を確実に見つけた確証も、見つけていても村を優先的に攻撃する理由もなかったのに、そんな当たり前の考えすら完全に失念していた。歯がみしてももう遅い。自分の失態に喚きたい気分だったが、そんな俺の代わりに叫んだのは敵だ。


『おおおおお!』
「――! 迎撃せよ!」


一瞬ひるんだ俺の代わりに素早く指示を出したのはシオンだった。彼女の命で兵達が次々と攻撃を開始する。弓を持つ者は必死の形相で次々矢をつがえては放っていき、遠距離攻撃の手段を持たない者は前に出て一斉に武器を構えた。敵は数の多さを活かして一気に勝負をつけるつもりらしく、矢で倒れる仲間を無視してこちらに殺到してくる。


「クソがぁ!」
「ケイオス様!?」


両軍が激突する寸前、一人飛び出した俺は全力で暴風のスキルを敵集団目がけて解き放った。後先考えずに力を込めた暴風は普段の数倍も強力で、地面に深く根を張った大木すら傾ける威力だ。当然そんなものに人間の体が耐えられるはずも無く、風に舞う木の葉のように吹き散らされていく敵兵達。地面を転がる程度なら運の良い方で、木に激突して骨を折ったり、武器を持ったまま味方とぶつかって互いに串刺しになったり、枝の上で待機したまま吹っ飛ばされて地面に叩きつけられたりと、今の一撃だけでかなりの数の敵兵が負傷していた。力を使い果たしてグラリと傾く俺の体を、素早く駆け寄ったシオンが支えてくれる。


「好機! 私に続きなさい!」
「おうよ!」
「当然だ!」


真っ先に飛び出したのはシーリだ。その後にハグリーやレザールと言った味方の強者達が続く。もともと絶望的な戦力差もあって破れかぶれで戦うつもりだった味方の兵は、想定外の優位な状況に俄然勢いに乗り、雄叫びを上げながら混乱している敵集団へと突っ込んでいく。


「ぎゃああ!」
「止め――ぐあっ!」
「た、助け――がはぁっ!」


負傷で身動きの取れない敵兵に容赦なく武器を突き込み、確実に仕留めていく。生かしておいて後で復活されてはかなわない。敵にもシオンと同じような治癒スキル持ちがいないとも限らないからだ。


「怯むな! この程度の敵数で押し返せ! こちらの方が戦力は上なんだぞ!」


敵の指揮官らしき男が金切り声を上げて味方を叱咤している。怒濤の勢いで押しまくる俺達は、敵指揮官の周辺で懸命になって戦う敵兵を上手く連携しながら仕留めていった。そんな様子を見ながら俺はシオンに回復してもらい、彼等に負けじと武器を手に走り出した。狙うのは敵の指揮官。まずはあの男を仕留めて頭を潰し、敵の混乱に拍車をかける。


「ぐあああ!」
「ぎゃあ!」


敵味方が入り乱れて戦う中を一直線で走り抜け、逃げようとしていた指揮官の目前にまで迫った俺を、そうはさせないとばかりに何人かの敵兵が壁を作ろうとする。しかし彼等は横合いから現れたルナールとリーシュの二人にそれを阻まれた。遮る者が居なくなった事で更に加速し、槍を突き出して体ごとぶつかりに行く。指揮官はそれを止めるように片手をかざし、武器を構える様子も無い。殺った! そう確信した俺だったが、嫌な予感がして咄嗟に横っ飛びでその場から離れる。すると今までかざしていた指揮官の手のひらから炎の渦が巻き起こり、今俺が立っていた場所を炎で炙ったのだ。


「ぐっ!」


直撃しなかったとは言え至近距離に居た俺に熱風が襲いかかり、あまりの熱量に髪の先が縮れていく。報告のあったスキル持ちってのはこいつの事だったのか! まともに食らえば一瞬で燃え尽きていたに違いない。


「避けたか! だが次も躱せると思うなよ!」


指揮官はもう一度放つつもりらしく、再び俺に手をかざす。しかし俺に焦りは無い。なぜなら俺のスキルはコイツの天敵と呼んでもおかしくない風を操るスキルだ。最前線に出ていれば俺がスキルを行使した場面を見逃さなかったはずなのに、後ろに隠れていたからそれも出来まい。


「喰らえ!」


指揮官がスキルを放つと同時に、俺も暴風スキルの力を解放した。と言ってもさっきのように全力ではなく、効果範囲を狭めて目の前に強い風を起こしただけだ。しかし炎を防ぐにはそれだけで十分だったらしく、勢いよく噴き出した炎は少しも前に進まずに彼自身の体に襲いかかった。


「なっ!? ぎゃああああ!」


体に炎が燃え移り、武器を放り出して地面の上を転がる敵指揮官。俺はそんな奴に素早く近寄ると、手に生み出した短剣を深々と突き刺した。


「ぐあっ!?」
「くっ――!」


体に火のついた人間に短剣を突き刺せば、当然俺も無傷では済まない。火で炙られて腕や体が火傷を負うが、それでも短剣を手放すわけにはいかなかった。肌を焼かれる激痛に顔をしかめながらも、強化された吸収スキルは敵の指揮官から素早くスキルを奪い、俺の体に新たなスキルを付与してくれる。


「た、隊長!」
「隊長がやられた!」


それを見た敵兵に動揺が広がっていく。一旦逃げるか徹底抗戦かを決める彼等の隊長は炎に巻かれてピクリとも動かず、方針を決める人間がいないのだ。このままの戦えば勢いだけで勝てそうだと思わなくも無いが、こちらも多くの兵が倒れてそこまでの余力が無い。悔しいが敵が混乱している間に後退して立て直すべき――そう判断して俺が指示を出そうとしたその時、敵集団の背後で混乱が起こった。


「て、敵だ! 敵の新手が!」
「囲まれてるぞ!」
「逃げろ! 逃げるんだ!」


新手? ここには俺達以外に戦力無いはず。一体誰がと思ったのも束の間、援軍の正体はあっさりと判明した。味方の兵をかき分けて現れたのは、この場に居ないはずの男だったのだ。


「やあケイオス。間に合って良かったよ」
「ケニス……お前なんで……」
「だって君の作戦は穴がありまくりだったからね。危なくなるのがわかっていたから、こうやって助けに来たって訳だ。敵を挟み撃ちにするって発想は悪くない。悪くないから、絶妙な時に僕達が背後から襲いかかったんだよ」


得意気に笑みを浮かべるケニスに率いられたのは、村を守っているはずの奴隷達だった。装備こそ粗末でも、混乱した敵に戦う意思を放棄させるには十分だったようだ。新たに現れた敵集団と俺達から逃げるため、不利を悟ったサイエンティア軍は我先にと逃げていく。無傷の者と奴隷達は容赦なくそれらを追撃して行った。


「おい、あいつら全員来てないか?」
「全員だよ。守り切れない拠点なら、最初から放棄するつもりで動いた方が戦いやすい。こんな事ぐらい簡単に思いついて欲しいんだけど……まだまだ修行が必要だねケイオス」
「……みたいだな。ま、それはゆっくりと教えてもらうとして、助かったよケニス。ありがとう」
「どういたしまして」


やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、何とか敵は撃退できた。今は命が助かった幸運を喜ぼう。

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