とある魔族の成り上がり

小林誉

第90話 火山

ケニスの屋敷にあった食料や物資を積み込み、俺達は再び南へと進み始めた。ペガサスは人数分しか無かったのでシーリを俺の後ろへ乗せ、ケニスに一頭与える事にして。


当初誰かの後ろにケニスを乗せようと思ったのだが、リーシュやルナール、シオンが露骨に嫌がった。仲間になったばかりの彼が信用出来ないとかそういうことでは無く、単純にあまり親しくない男と密着するのを嫌がったためだ。


「ケイオス様、私が彼を後ろに乗せても構いませんが?」
「……いや、気持ちはありがたいがやめておこう」


シオンだけが自分の後ろに乗せても良いと言ってくれたが、何かあった時彼女が自由に動けなくなるのは困る。俺の後ろに乗せる手もあるが、俺だって長時間男と密着などしたくない。結局、何かあればスキルで対処できる俺とシーリで一頭、ケニスに一頭で落ち着いたのだ。


「そんな嫌がらなくても良いんじゃ無いかな? 流石にちょっと傷つくよ」
「お前がそんな事を気にする玉か。文句言ってないで黙って進め」


ケニスが加わった事で俺達の旅は順調になった。あまり交渉が得意で無いシオンに比べ、口の上手いケニスは難しそうな相手でもなんとかしてしまう器用さがあった。弱気な相手には居丈高に。強気な相手には低姿勢に。疑り深い手には金をつかませて話を纏めてしまう。まるで熟練の商人のようなその手際の良さに、俺達は感心しきりだった。


「大したもんだなケニス。お前、その気になったら商売人としてやっていけるんじゃないのか?」
「かもしれないね。でも僕は自分の興味のある事の為にしか労力を裂きたくないんだよ。君達の旅を順調に終わらせて、さっさと大森林へと戻る。それは僕の目的と合致しているからね」


ケニスの屋敷がどうなるのか気になったので聞いてみると、アレはもともと借り物だったらしく、いつ留守にしても勝手に管理してくれるので大丈夫なんだとか。これまでも何度か長期間留守にする事があったので、今回も上手く維持してくれるそうだ。


「僕の養父がそこそこ力のある魔族でね。理解ある人で子供の頃から色々と好きにさせてもらっているよ。おかげで僕は各地の名品や珍品を直接目にする機会に恵まれている。ありがたいことだ」


俺の育った環境からは考えられないような話に、正直最初は信じられなかった。俺の知っている魔族ってのはどいつもこいつも自分の事しか考えないような奴ばっかりだと思っていたし、実際村を出てから出会ったのもそんな連中ばかりだった。唯一の例外は幼馴染みのアンジュとその父ワイズぐらいだ。ケニスの恵まれた環境に少なからず嫉妬の心が芽生えたが、すぐに頭を振ってそんな考えを追い出す。昔の事より未来の事。考えても意味の無い事は考えないに限る。


ケニスを仲間に引き入れて約一週間、順調に空の旅を続けた俺達は特にトラブルに遭うことも無く、目的地である火山地帯へと辿り着いた。見上げるような大きさの山のてっぺんからモクモクと煙が上がっている。火山の麓だけあって、辺りには火山灰が降り積もってまるで雪国のようだ。そんな場所に住む住民達にとってそれは日常なのか、特に気にした様子も無く、平然としたものだ。


「思ったより暑くないな。火山が近いからてっきり汗だくになると思ってたんだが」
「多少は違うんだろうけどね。ゆっくり南下してきたから体が慣れてしまったんだろう」
「そんなものかね」


ケニスの言葉になんとなく同意しながら、俺達は早速火山に向かうことにした。麓にある街に宿を取り、ペガサスを預けて徒歩で向かう。盗難が心配なのでルナールとリーシュを見張りに残し、俺、シオン、シーリ、ケニスの四人で登山の開始だ。


普段あまり人が立ち入らないのか、登山道などは全く整備されておらず、先に進むためにはゴツゴツした岩肌をおっかなびっくり乗り越えて歩くしか無い。だがその甲斐あってか、二時間ほど歩いた先に目当ての物を見つけることが出来た。


「これが……?」
「硫黄だね。ここには天然の物が多く転がっているだけだけど、本格的に掘り進めばゴロゴロ出てくると思うよ」


博識のケニスが言うなら間違いは無いんだろう。思ったよりあっさり見つける事が出来て拍子抜けだったのだが、問題はここからだった。この無数の石ころを、どうやって大森林まで運ぶかだ。


「やはり地元の商人か、有力魔族に力を貸してもらうのが一番では?」
「それはそうだが……簡単にいくかどうか」


シーリの提案にシオンは渋い顔だ。と言うのも、この火山の付近には街の数がそれほど多くない。さっき訪れた街ですらようやく見つけることが出来たぐらいで、街全体の人口など北部や中部の主要都市とは比べものにならないほど少ないはずだ。恐らく灰ばかり降り積もって作物も育ちにくい土地が原因で、人があまり住んでいないのが原因なんだろう。人が少なければ商売の行えない商人も寄りつかず、自然この地を治める魔族の力も弱くなる。シオンの実家やケニスの養父のような経済力を持っているならともかく、こんな小さな街を治める魔族程度に大森林まで硫黄を運ぶことが出来るだろうか?


「ま、出来るか出来ないかは実際に話をしてから考えよう」
「そうですね」
「そうだね」


せっかく来たのだからといくつかの硫黄を袋に詰めて、俺達は今来た道を引き返し始めた。目指すはこの街の領主館。まず彼と話をしてみようじゃないか。

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