とある魔族の成り上がり

小林誉

第88話 ケニス

「それで、君がわざわざこんなところに来た理由はなんだい?」


あまり手入れされていない屋敷の中にある応接室に案内された俺達は、埃を被っていたソファーに腰掛ける。向かい側に一人腰掛けたケニスは、席に着くなりそう問いかけてきた。


「補給を頼みたい。お前の屋敷になら備蓄してある水や食料があるはずだ。それを譲ってもらいたい」
「ふーん……水と食料ね……」


シオンの返答に納得がいっていないかのような態度のケニス。彼女の答えに不審な点があるように思えなかったんだが、何がひっかかるのだろう?


「ところでシオン。君達はどこに向かっているんだい? 確か君はどこか開拓するために家を出たと聞いていたけど、それに関係することかな?」
「ああ。現在我々は大森林の奥地に開拓村を作っている最中だ。村と言っても防衛力を持ち、いつ何時あるかわからぬ襲撃に備えている。今回の遠征もその為の布石だ」


淀みなく答えるシオン。俺はそんな彼女の横で口を挟むことなく聞いていた。今回の旅で交渉ごとはシオンに一任している。なぜなら、ハーフである俺が前に出るより、純粋な魔族――それも身分の高い彼女が話した方が上手くいくからだ。シオンとは事前に打ち合わせをしていて、第三者の目がある場では俺のことを下僕のように扱えと命じてあった。魔族がハーフにへりくだった態度を取れば、不審に思わない訳がないのだから。


「よくわからないな。なぜ今開拓中の村があるのに、わざわざ連れだって別の土地に出向く必要があるんだい? そのまま大人しく開拓を続ければいいだろうに」
「行かねばならん理由がある。詳しくは話せんが、これはケイオス様の――」
「ゲホッ! ゲホッゲホッ!!」


咄嗟に誤魔化してみたが、ケニスはニヤニヤと笑みを浮かべて青い顔をしたシオンと俺を眺めていた。こりゃ今更誤魔化しようがないか。シオンの奴め、あれほど気をつけろと言ったのに……!


「ケイオス様……ね。ソレってひょっとすると、君のことかな?」
「…………」


どう答えたものか返答に迷う。コイツはシオンと古い知り合いみたいだし、そこそこ力を持った魔族のようだ。となれば、シオンの両親やその周囲の者達と顔見知りである可能性が高いため、そこから俺のことがばれるかも知れない。火薬を確保し、兵隊を揃えた状態ならともかく、今の状況で俺の事を知られるのは不味いぞ。


「あの気が強くて有名なシオンが様付けなんて珍しいな! 魔王や両親ですら呼び捨てだというのに! まるで彼女のスキル『支配』を使われたようじゃないか!」


面白くて仕方が無いと言わんばかりの態度でケニスは興奮気味だ。この男、やはり俺とシオンの関係に気がついているな。流石に吸収まで見抜いているとは思えないが、彼女が俺の支配下にあることは確信しているようだ。少々危険を伴うが、周囲にバレる前に始末しておくか? そう思った俺が行動に移す前に、何かを察したケニスが素早くその場から飛び退いた。そして敵意は無いとばかりに両手を挙げる。


「待った待った! 落ち着いてくれ。僕は君達の事を周囲に話して回るつもりなんか無いよ。ただどうやって君がシオンを取り込んだのか、それに興味があるだけなんだ。僕は面白そうな事に目が無くてね。君達の秘密を教えてくれるなら、これからも友好的な関係を築けるかも知れない」


もうケニスの目はシオンではなく俺に向いている。もはや誤魔化すだけ無駄だと判断した俺は、ここで初めて口を開いた。


「お察しの通り、俺がシオンのスキルを奪ったんだよ。昔のシオンがどうだったかは知らんが、今では俺の忠実な部下だ。それで、どうする? この秘密を知ったお前はこれからどうするつもりだ?」
「……やっぱり君か。いや、驚いたよ。まさか他人のスキルを奪い取れる能力があるなんてね。……今言ったとおり、僕は君達と敵対する気はない。それどころか味方になりたいと思っているんだ」


ケニスの意図が読めない。コイツが俺達に協力して一体何の得があるというのか。本人に聞いたところで惚けた返事しか返ってこないだろう。ここは長年付き合いのあるシオンに聞くべきだ。


「シオン。コイツの言ってる事は本当か? コイツはどんな奴なんだ」
「ケニスは……昔から変わり者呼ばわりされています。権威や金銭に執着せず、自分が面白いと思った事を見つけると、他者の目など気にせずのめり込む事が過去何度もありました。……嘘は言っていないと思います」


自らの失態で俺達を窮地に追い込んだためか、シオンの返答は歯切れが悪い。シーリなどは一言あれば飛びかかるつもりでいるらしく、俺の命令を今か今かと待っている。その狂犬ぶりのおかげで俺は冷静さを保つ事が出来ていた。なぜ俺の周りには、頭のおかしい奴ばかり集まるんだろうか。


「ケニスだったか。俺達の事を話すのは良いが、一度聞いたら行動を共にしてもらう事になるぞ。絶対外に漏らすわけにはいかない秘密だからな。その覚悟がお前にあるのか?」
「面白そうじゃ無いか。僕なら身一つでいつでもここを出る覚悟があるよ。さあ、聞かせてくれ。一体君達が何を隠しているのかを」


妙な事になった。しかしシオンの言うとおり、コイツは本当に好奇心のみで動くつもりのようだ。裏切りそうになったらシーリに始末させるとして、一応話だけでもしてやろう。 

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