とある魔族の成り上がり

小林誉

第86話 スキル譲渡

俺達の中でスキル持ちなのは、俺、イクス、リーシュ、シオン、シーリの五人だけだ。この内戦闘に使えるスキルを持っているのはイクスを除く四人で、攻撃能力を持つのは俺とシーリだけだ。リーシュとシオンの『重量軽減:弱』と『治癒:強』はそのままにしておくとして、俺の持っている『氷の矢』のスキルを誰かに与えておきたい。


今のところスキルを持たないハグリー達の誰かに与えることは決まっているが、問題は誰に与えるのが一番良いかだ。ハグリーとレザールの二人はその肉体から繰り出される攻撃は強力で、スキルは必要ないと思える。だとすると、その二人より一段落ちる他の面子に与えるのが賢いやり方だ。


獣人であるルナール、人間のグルト、そしてエルフのラウの中から選ばなければならない。ラウの戦い方は遠距離から弓で攻撃するのが主体なので、同じく遠距離攻撃出来る氷の矢が必要とも思えない。ならルナールかグルトになるが、正直言ってどちらでも良いような気がしていた。


「ま、貢献度で考えてルナールかな? 動きも素早いから有効活用してくれるかも知れんし」


そう決めて、早速ルナールを呼び出した。一対一で話したことのない俺から突然の呼び出しに、ルナールは若干緊張しているようだ。


「ケイオス、用事ってなに? まさか愛の告白とか?」


軽口を叩いていても、緊張しているのを誤魔化し切れていない。俺はそんな彼女を安心させるべく、手ずから淹れたお茶を彼女に振る舞う。おっかなびっくり受け取ったルナールはすぐ口につけたものの、驚いたようにすぐカップを遠ざける。熱さに舌を火傷でもしたのだろう。


「残念ながらそんな色気のある話じゃない――が、お前にとって得になる話だな」


得になるという言葉に特徴的なルナールの耳がピクリと反応する。流石に元盗賊だけあって、利益になりそうな話には敏感なんだろう。次に俺の口から出る言葉を一語一句聞き漏らすまいと姿勢を正すルナール。


「実は、俺が今持っているスキルの一つを、お前に譲ろうと思うんだ」
「! 本当なのそれ!?」


信じられないといった表情のルナール。まあ当然か。スキルと言うのはどんなくだらないものでも、持っているだけで羨ましがられるのが普通だ。ほとんどの場合それらは生まれつき備わっているので、俺のように後からスキルを獲得出来るなど夢にも思わないだろう。まして他人が持っているスキルを譲られるなど、常識的にあり得ない行為のはずだ。


「本当だ。エルフの連中から力を奪った際、俺の持っていたスキルが強化されてな。持っているスキルを譲渡出来るようになった」
「いきなり姿が変わったのはそれが原因だったの? みんな何でだろうって話してて、凄く気にはなってたんだけど……」
「その内話すつもりではいたんだけどな。ま、それより今はスキルの事だ。『氷の矢』のスキル、欲しいか?」
「欲しい!」


一瞬も躊躇うことなく断言するルナールに思わず苦笑してしまう。そうだよな。俺も最近は感覚が麻痺してきているが、本来スキルとはこれほど人が欲しがるもののはずなんだ。俺を押し倒さんばかりに身を乗り出すルナールを手で押しとどめ、俺は右手の中にスキルでナイフを出現させる。そのナイフは吸収に使っていたものだが、今は刀身が赤く変色して以前とは若干違う形になっていた。これは吸収と譲渡両方に使えるものだ。突然ナイフを手にして立ち上がった俺に驚き、ルナールは即座に距離をとろうとする。


「ちょっとケイオス……!」
「逃げるなよ。スキルを譲渡するには、これをブッ刺さないと駄目だからな」
「ええぇ……」
「安心しろ。これが刺さったところで体には何の損傷も与えない。精神にのみ影響があるナイフだ」


といったところで恐怖が無くなったりはしないだろう。現にルナールの腰は引けたままだ。逃げ出さないだけマシだと思うべきか。俺はそんな彼女が気が変わって逃げ出さないうちにさっさと事を済ませるべく、頭の中に思い浮かべたスキルをナイフに移し替えるように意識する。するとナイフが淡い光を放ち始め、スキルが俺の体から離れたことが何となく自覚できた。


ナイフを大きく振りかざすと、ルナールは覚悟を決めたようにギュッと目をつむり、その場で身を固くした。俺は躊躇なくその体へとナイフを振り下ろし、柄まで深々と突き立てる。


「あっ! ……が……!」


苦痛の声を上げるルナールの体がナイフと同じように発光し、やがて光が収まっていく。完全に譲渡し終わったことを悟った俺がナイフを引き抜くと、ルナールはその場で崩れ落ち、荒い息を吐いていた。


「はぁ……はぁ……!」
「どうだ? ちゃんとスキルは身についたか? 目をつむって確かめてみろ」


深呼吸を繰り返して息を整えたルナールが、俺の言葉に従ってその両目を閉じる。上手くいっていたなら彼女にしか見えないスキルの表示があるはずだが……さて、どうなるか。


「……ある! ちゃんとスキルの表示があるよ!」


自分の変化に飛び上がって喜ぶルナール。今までスキルと無縁だった彼女にしてみれば望外の喜びなのだろう。とにかくこれで俺のスキルが上手く機能するのが確認できた。後はスキル持ちを捕らえるか奴隷として買い入れるかして集め、手下にスキルを行き渡らせるようにしなければな。

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