とある魔族の成り上がり

小林誉

第84話 検証

ライオネルが戻ってくるまでにやらなければいけないことがある。まず自分自身が新たに獲得したスキルの性能を確かめる必要があるのだ。吸収スキルが強化されたおかげで、今の俺は取り込んだスキルの性能がどんなものか簡単に把握出来るようになっていた。その上スキルの持ち主だった奴と同じ種族に変身出来るため変装も自由自在だ。しかし確認は必要なので屋敷で試すことにする。わざわざ取り寄せた姿見を部屋へと運び込んだら準備完了だ。


自分の部屋で服を脱ぎ捨て、意識を集中させてからまずは『譲渡』の持ち主であったアルウェンの姿を思い浮かべた。体が若干縮むような感覚と同時に胸や股間に顕著な変化が訪れる。髪の長さと色が変化し、耳が長く大きく伸びていった。時間にすれば一瞬だったと思うが、目を開けるとそこには一人の女エルフの姿があった。どことなくアルウェンに似てなくもない。そう言えばあいつ、気絶したまま放り出したけど今頃どうなっているんだろう? まあいいかと思いつつ、鏡の前で腕を伸ばしたり背伸びをしたり、屈伸などをして自分の体をよく観察する。


「どこからどう見てもエルフだな。音が普段よりよく聞こえるってことは、見た目だけでなく身体能力もエルフそのものになってるのか」


という事は、場面場面で姿を変化させ、有利な状態で戦うことも可能だということだ。これは思った以上に便利な能力に進化しているな。その後『暴風』『支配』『氷の矢』と試してみると、それぞれ男エルフ、魔族女、と順調に変身することが出来た。しかし一番驚いたのは最後の氷の矢の持ち主への変身だ。これは雪狼から奪い取ったものであったため、変身は出来ないと思っていたのだ。だが試した瞬間他のスキル同様徐々に体が変化を始め、最終的に俺はどっからどう見ても雪狼にしか見えない生物へと変身を遂げていた。


「ガ……ア……!?」


驚いて声を出そうとすると、自分の口から意図しない音が漏れる。どうやら人間同様に話すことは出来ないらしい。このまま皆の下に出ていって驚かせたい衝動に駆られそうになるが、万が一攻撃されては敵わないので元に戻ることにした。


検証した結果、今の俺が姿を変えられるのはハーフの男女、魔族の女、エルフの男女に雪狼の計六つ。賞金稼ぎとして登録しているケイオスとファウダーを状況次第で使い分けられるのは思ってもいない収穫だろう。ついでにスキルをストックできる数も今が最大数のようで、これ以上吸収するとユニークスキルの『支配』『譲渡』『吸収 強』以外の『暴風』と『氷の矢』のどちらかが消えて無くなることになる。そうなる前に仲間の誰かに譲渡しなければならないだろう。


翌日、港の見張りに出していたシードの手下の情報で、ライオネルの船が到着したと連絡があった。早速俺はリーシュ達を従えてイグレシア商会の商館へと足を運ぶ。イクスが見つかるとまずいので、彼女はシーリと共に屋敷で留守番だ。館へ出向くのは賞金稼ぎとして登録している者だけで、他は連れていかない。出発前にファウダーへと姿を変化させておく。約二ヶ月ぶりに訪れた商館は相変わらず出入りする商人や物資で活気を帯びており、商売が順調な様子が伺える。商人の一人に声をかけて中に案内されると、それほど時間をかけずにフロッシュと面会することが出来た。


「お久しぶりですねファウダーさん。そろそろいらっしゃる頃だと思っていましたよ」


以前見た時同様にでっぷりとした体型のフロッシュは、椅子から立ち上がることもなくそう言った。以前と違って笑顔すら浮かべないその態度に鼻白みながら、俺は懐から依頼書を取り出してフロッシュに差し出す。


「ライオネルさんから報告を受けていると思いますが、依頼完了ということでよろしいですか?」
「……まぁ、終わりと言えば終わりなんですがね。正直期待していただけにがっかりですよ。うちの船員達にも結構な被害が出たようですからな」


なるほど、フロッシュがご機嫌斜めなのはそれが理由か。てっきりサイエンティアから連絡が来て俺達のことがバレたのかと思った。だがそんな理由ならこっちが萎縮する必要は欠片もない。俺は正面からフロッシュを見返し、胸を張ってこう答えた。


「私が受けた依頼は積荷を無事に運び届けることだけですから、船員達の護衛までは仕事に入っていませんよ。ついでに言えば積荷が人だということも、襲撃してくるのが各国の腕利きということも聞いていなかったんですがね。そんな危険な依頼だと、なぜ説明してくれなかったんでしょうか?」


ジロリとフロッシュを睨むと、彼はバツが悪そうに目をそらす。ひょっとしたらこちらに罪悪感を抱かせて報酬を減額でもしようとしたのだろうか? 商人だけにやりかねないな。とにかく必要以上に会話をしてボロを出しては敵わない。さっさとここを出たほうがいいだろう。


「とりあえずサインをいただけますか? 我々が欲しいのはそれだけです」


突き出された書類をひったくるように奪い、荒々しくサインしてこちらに突き返してくるフロッシュ。それを丁寧に畳んで懐に入れた後、まるでフロッシュの神経を逆撫でするかのように優雅に挨拶をして、俺達は商館を後にした。


「なんだあの態度は? 体型も態度もムカつく奴だな」
「心まで贅肉に覆われているんだろうよ」


ハグリーとレザールが皆の心を代弁するかのように不満を口にしている。他のメンツも口にこそ出していないが同じ心境なのだろう。


「まあいいさ。もう奴等とは関わることもないし、腹を立たてるだけ損だ。それよりお前達、明日から当分は大森林で過ごすから、今日中に準備しておけよ」


サイエンティアがどう動くかわからない以上、身を隠すのが一番の安全策だろう。この依頼の報酬で必要な物を買い揃えなければならないなと思いつつ、俺達は街中へと進んで行くのだった。

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