とある魔族の成り上がり

小林誉

第83話 回復

昨日屋敷にたどり着いた俺達一行は、全員崩れ落ちるようにベッドに倒れ込み、ろくに食事も摂らず丸一日眠っていた。途中何度か目覚めた時にシードが顔を出していたようだが疲れすぎてそれどころではなく、全員自分の疲労を回復させるのに精一杯だったのだ。何度も死ぬような戦いをくぐり抜け、追手の恐怖に怯えながらの逃避行は思っていたより体力精神力共に消耗させていたのだろう。結局まともに動き出したのは、この屋敷に戻って二日目のことだった。


「ケイオス様。よくぞご無事で。ケイオス様の受けた依頼が危険なものだったと後で知らされた時は生きた心地がしませんでした」
「心配かけたようだなシード。それより、留守中何か変わったことはあったか?」
「はい。報告することがいくつかございます。まず――」


シードに用意させた料理を大きなテーブルに所狭しと並べ、片っ端から平らげていく俺達。疲労が回復した後丸一日何も食べていなかった空腹は何とも耐え難く、皆我先にと食べ物を口に運んでいる。そんな中俺は留守を任せていたシードからの報告を受けていた。


「まず大森林――シオンから連絡がありました」


テーブルに伸ばそうとしていた手がその言葉でピタリと止まる。約二ヶ月ほどの間に、シオンがどれだけ大森林を開拓できたのかは非常に気になるところだ。


「彼女の親の資金力と彼女が支配している私兵、そして新たに加えた奴隷などを使い、簡素な村程度の規模が出来上がっているようです。村の周りには簡単な堀や柵を作り、村の中には櫓をいくつか建てて周囲の監視も出来るようになったとか。現在は耕作地を増やしつつ周囲の伐採を更に進めている最中ですので、現状村で生活出来る人数は百人がいいところだとか。来年の収穫期になればもっと増やせるでしょうかが、まだまだですね」
「そうか。ま、二ヶ月でそれだけ出来れば上等じゃないか? なんにせよ一度様子を見に行く必要があるな」


シオンの私兵は以前彼女が『支配』のスキルを所持していた時に配下にした者達だが、奴隷というのは新たに契約した連中だろう。契約上シオンの命令には逆らえないが、直接契約していない俺には逆らえるのであまり信用することは出来ない。その辺は注意しておかなきゃならないな。


「次に、セイス殿から新たな資金援助がありました。最近のセイス殿は以前より精力的に商売に力を入れていまして、その成果が早くも出ている形です。それもこれもケイオス様に援助をするためだとか。私も見習いたい姿勢ですな」


仮にもこの商業国家の議員を務める男だ。本気で稼ぎ始めたらそこらの商人など足元にも及ばない額の金を稼ぎ出すに違いない。大森林の開拓と人族の領域での資金稼ぎ、この二つは俺が思っていた以上に上手くいっている。後はイクスに協力してもらって新兵器の量産と行きたいが、これには慎重を要する。火薬を作るのに必要な材料はイクスの生み出す事ができる鉱石に木炭、そして硫黄の三つだ。木炭は周り中木だらけの大森林でいくらでも量産できるし、イクスの鉱石も大量には無理でも毎日ある程度の数は作れるはず。だが問題は硫黄だった。


俺の知識だと硫黄は火山でしか採れなかったはず。探せばどこかにあるのかも知れないが、そのへんにゴロゴロしている物でもないだろう。なので火山周辺にある街や村から仕入れる必要があるのだが、そんなものを取り寄せればここで新兵器を作っていますと宣伝するようなものだ。なので人族の領域から硫黄を確保することは出来ない。なら魔族領から仕入れるしかないが、俺は魔族領の内情を殆ど知らない。なのでシオンに相談してからになるだろう。


「ケイオス。それより優先することがあるだろ」
「そうよ。ライオネル達が戻ってきた時どうするの? まだあの人達は船の上だろうけどさ」


リーシュとイクスの言葉にハッとする。そう言えば依頼の報酬を受け取らなければならない。ライオネル達が居ないことには依頼が成功したか失敗したか証明しようがないので彼等が戻るまで組合には行けない。しかしもっと気にしなければいけないのがサイエンティアからの問い合わせなり追手の存在だろう。仮に研究施設を破壊したのが俺達だとバレていた場合、必ず連中はイクスを奪還し俺達を罰しようとするはず。その知らせが届くのはいつぐらいだろうか? 船なら一月かかるし、空でもその半分はかかるだろう。と考えれば、どんなに速くてもライオネル達が到着する頃か、それより少し遅れると思っていいはずだ。


「ライオネルが戻ったら報酬を受け取って、しばらく大森林に身を隠そうと思う。サイエンティアの連中が俺達を探しているかどうかをシードに探ってもらって、大丈夫そうなら街に戻ってこよう。森に篭っている間も暇じゃないぞ。開拓の手伝いに忙しいからな。みんなもそのつもりでいてくれ」


俺の言葉を聞いていた連中がわかっているとばかりに手を挙げる。さて、明日からまた忙しくなりそうだな。

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