とある魔族の成り上がり

小林誉

第78話 騙し騙され

「で、具体的にどうするつもりだ?」
「それについては考えがある。このまま君が戻らなければ、連中、変だと思ってこの中に入ってくるはずだ。そこを襲う」


アルウェンの計画はこうだ。まずこの空間に待機して、さっき案内してきたエルフなり何なりが入ってくるのを待つ。そしてアルウェンが気を引いている内に俺が後ろから襲いかかり、そのままエルフを拘束するか殺害して戦闘能力を奪ってしまう。スキル持ちが入ってきたならそれを俺とアルウェンの二人で吸収し、有利な状況になってから外に出る。その時点では俺達二人がエルフ達に敵対したなどわからないだろうから、そのまま森の外へと逃げ出すという計画だった。


「概ね賛成だが修正したい。俺には仲間がいるし、あいつらは今牢に閉じ込められているんだ。見捨てて逃げ出すわけにはいかない」
「なら、必要最低限のエルフだけを排除して脱出しよう。大規模な戦闘になると厄介だからな」


アルウェンの話しによれば、彼女が今までスキルを与えたエルフは全部で五人。どれも大したことのない能力ばかりらしいが、一人だけ厄介な力を持ったエルフがいるらしい。


「それがここの集落の長であるミストラルって男だ。君をここに連れてきた、あの偉そうな態度のエルフだよ。あいつは私をこんな所に閉じ込めるだけじゃ飽き足らず、迷い込んだ旅人からスキルを奪って自分達のものにしている。つまらない小悪党さ」


今まで余程酷い扱いを受けてきたのか、アルウェンの口調は辛辣だ。エルフってのは妖精の端くれだから悪事とは無縁と思っていたが、実際はそうでもないらしい。人間や魔族と同じく、良い奴もいれば悪い奴もいるんだろう。


「ヤツのスキルは『暴風』と言ってね、ある程度の規模の風を自在に操る能力なんだ。だからミストラルがいる限り奴らにこっちの飛び道具は届かないし、近寄ろうとしても風で押し返されるか動きを止められてしまう。まあ要するに、ミストラルさえ何とかすれば連中の戦闘力は大幅に下がるって事だな」
「そんなに便利なスキルなら、こっちが手に入れれば逆転できるってわけだな?」
「そういう事。矢の攻撃さえ封じてしまえば、エルフの戦闘力などたかが知れてるんだよ。エルフの私が言うのも変な話だけどね」


そう言って苦笑するアルウェン。そう言えばラウも弓以外は滅多に使わなかったなと思い出す。


「さ、話してばかりいないで準備しようか。そろそろ戻らない君を不審に思ってミストラルが中に入ってくるかもしれないし」


俺とアルウェンはこの空間への出入り口である巨木のうろ付近まで足を運び、アルウェンは正面に、俺はうろを見下ろせる位置に身を潜めた。正面に回ったアルウェンはその場でうつ伏せになり、まるで俺に攻撃されたかのように装う。ミストラルが一人で中に入ってきた場合、恐らくは倒れているアルウェンを助け起こそうとするだろう。その時はアルウェンの吸収スキルに任せ、俺は彼女が失敗した時に備える。エルフ達が複数で中に入ってきた場合、俺が氷の矢で奇襲した所をアルウェンが襲いかかる寸法だ。正直言って複数で来られると失敗しそうなんだが、この状況では他に手がない。緊張で固くなりそうな手を揉みほぐしながらうろの影に身を潜めていると、何者かがこの空間の中へと入ってきた。ミストラルだ。奴は目の前で倒れているアルウェンの姿に驚いたようで、慌てて彼女に駆け寄って行く。


「アルウェン!? どうした!? しっかりしろ!」


倒れたままのアルウェンに手を伸ばすミストラルを見た瞬間作戦の成功を確信したが、事態は俺の予想外の方向へと進みだした。


「くっ!?」


ミストラルがアルウェンを抱き起こしたその時、アルウェンが手の中に生み出していた短剣をミストラル目掛けて突き立てようとした。だが焦ったためか、十分密着しない状態で突き出された短剣をミストラルは間一髪で躱し、奴はアルウェンの側から大きく飛び退いた。


「アルウェン! お前何のつもり――む!?」
「チッ!」


アルウェンに気を取られていたミストラルの背後に短剣を手にして飛びかかるも、その攻撃も躱されてしまう。俺とアルウェンから大きく距離を取ったミストラルは、背中の弓を構えて油断なくこちらを睨みつけた。


「貴様ら! 自分が何をしているのかわかっているのか!? アルウェン! 我々に敵対するのなら、もうお前を生かしてはおかんぞ!」
「お前らの道具で終わる人生など真っ平ごめんだね! 私はこの森を出る! そして自由な生活を手に入れるんだ! それを邪魔するなら誰だろうと排除するのみ!」


二人が口論している間に駆け寄ろうと足を踏み出した俺は、突然前方から吹き付けてきた猛烈な風に行く手を遮られる。それはアルウェンも同様らしく、姿勢を低くして吹き飛ばされないようにするのが精一杯だ。この風を操っている張本人であるミストラルは、動きの止まった俺達に向けて容赦なく弓を放った。


風の影響を受けた矢は普通の何倍も速く、見てから避けるなどほぼ不可能。弓が放たれる前に勘でその場を離れるしか無い。運良く俺の手前数メートルに突き刺さった矢にホッとしながら、反撃とばかりに氷の矢を連射する。スキルによって生み出された氷の矢は風の影響を受けることなく飛んで行き、ミストラルに襲いかかった。


「チイッ!」


流石に俺の所持するスキルまで知らなかったミストラルが慌ててその場を飛び退く。暴風と弓で一方的に攻撃するつもりだったんだろうが、アテが外れたな。互いにあっちこっちと飛び退きながら飛び道具で応酬する俺とミストラル。この糞忙しい時に何をやっているんだとアルウェンに視線を向けると、驚いたことに彼女は一人で外に出ようとしていたのだ。


「てめえアルウェン! どういうつもりだ!」
「すまないが失敬するよ! 私のことは気にせず、遠慮なく殺し合ってくれたまえ!」


出口に手をかけたアルウェンは、殺し合う俺とミストラルに笑顔を向けている。一瞬でもこんな女を信じた俺が馬鹿だった。あいつは最初から俺に協力するつもりなどなかったのだ。大方ミストラルのスキルを吸収出来たら、森に戻った俺を囮に一人で逃げるつもりだったに違いない。その計画が狂ったために、俺とミストラルがやりあっている内に逃げ出そうとしたのだろう。


「待てアルウェン!」
「待たない。では達者でなケイオス。短い時間だったが、君と話せて楽しかった――よ!?」


アルウェンがくぐり抜けようとしたうろの向こう側から突如現れた剣の柄は、完全に油断していたアルウェンの側頭部に叩き込まれる。わけもわからないまま気絶したアルウェンを押しのけてこの空間へと入ってきたのは、森で待機しているはずのシーリだ。


「ケイオス様! お助けに参りました!」
「シーリ!? なんだかよくわからんが助かった! とりあえずこのエルフを倒すのに力を貸してくれ!」
「承知!」


シーリが加勢してくれるならミストラルなど物の数ではない。牢に閉じ込められているはずのイクス達が気になるが、今は目の前の敵を排除するのみ。矢を番えるミストラルに再び氷の矢を放ちながら、槍を手にして駆け出した。

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