とある魔族の成り上がり

小林誉

第77話 アルウェン

エルフに連れられて辿り着いていたのは、一本の巨木の前だった。他の木と違いどこか不気味さすら感じさせるその巨木のうろの中に足を進めると、突然開けた広い空間が現れた。いくら木が大きいからといっても森がすっぽり収まりそうな広さがあるとは思えない。これはどこか別の場所に繋がっていたのだと思う。周囲に構造物はない。空を見上げても太陽の姿はなく、天井はおろか壁や床までが金色に淡く発光していた。


「あっちだ。このまま真っ直ぐ進むと一人のエルフが居る。そこでスキルを捧げてくるがいい」


そう言って、案内してきたエルフは今来た道をさっさと戻って行った。どうやらここから先は俺一人で行かなければならないらしい。このまま俺も外に出たいところだが、そうもいかないだろう。覚悟を決め、この空間の奥を目指して歩き出した。足元の感触は硬い土などではなく、まるで腐葉土でも踏んだかのようにフワフワして頼りない。その妙な感覚に最初こそ戸惑ったものの次第に慣れていき、しばらくすると何の問題もなく普通に歩けるようになっていた。それにしても、だだっ広い空間だというのに不思議と息苦しさを感じる。あまりここに長居したくないと体が拒絶反応でも起こしているようだ。


「奥に行けったって、目標が無いんじゃ進んでるのかどうなのかもハッキリしないな……む?」


ふと見ると、視界の先にじっと立っている人影がある事に気がついた。よく目を凝らせば、それがエルフだとわかる。警戒しながらその人影に近づいていくと、その人物の外見が徐々にハッキリしてきた。女だ。冷たく、感情すら読み取れない無表情な女は近づいてくる俺に気がついたらしく、早く来るように手招きしている。こいつがスキルを奪い、分配する能力を持ったエルフで間違いないのだろう。俺はいつでも吸収を発動できるよう右手を後ろに回し、一定の距離をもって女と対峙する。


「君が新たな贄だな? ん? ……君は! 私と同じ力を持っているのか!?」


バレてる!? 不意をついて襲いかかってスキルを奪ってやるつもりだったのに……! こうなったら仕方ない。こちらのスキルが奪われるのを黙って待つ訳にはいかない。正面から堂々とやるまでだ。背中に回していた右手に短剣を生み出し、素早く女に投擲する。女はそれを読んでいたのか、軽やかに身を躱し背後へと大きく跳躍した。間髪入れず、氷の矢をいくつも生み出して女に打ち出したが、それらは女にかすりもせずに飛んでいっただけだ。


「チッ!」


ならば接近戦で片を付けようと槍を握って走り出そうとしたその時、女はこちらの動きを制するように手を挙げる。


「待て! 落ち着け。私は君に危害を加える気はないのだ」
「危害を加える気の無いやつがスキルを奪おうとするわけがないだろう! ふざけた事を言うな!」
「確かにそうだが……君が私と同じ力を持っているというなら話は別だ。まずは私の話を聞いてくれ。戦うのはそれからでも出来るだろう?」


敵意が無いことを示すためか、女は静かに両手を上げた。その表情はさっきまでの無機質なものとは違い、うっすらと笑みを浮かべている。時折表情筋がピクピクと動いているのは、やり慣れない事をしている影響だろうか。とりあえず敵意は無いと判断して槍を下ろし、女の話を聞く姿勢だけはとった。


「まず君に聞きたい。君のスキル、恵みの神の石像に自分の血を与えることで突然使えるようにならなかったか?」
「……! なぜそれを知ってる?」
「やはりか。なに、簡単なことだ。私も君同様、あれに血を捧げたことでスキルを使えるようになったからさ」


あの麦神の銅像が他にもあったのか。正邪関係なく恵みを与えた神の像らしいから、他の土地にあっても不思議ではない。しかし、ただ血を与えるだけでスキルを使えるようになるのなら誰もがスキル持ちになり、今のようにスキル持ちが珍しがられる事も無いはずだ。そんな俺の疑問などお見通しなのか、女の話は続く。


「もちろん、全ての石像にスキルを与える力があるわけじゃない。あれは極一部の、呪われた土地に存在する石像にしか無い力なんだ」
「呪われた……土地?」
「そう、呪われた土地だ」


女は俺の質問が心地よいのか、機嫌が良さそうに人の周りを踊るように飛び跳ねている。


「君、この空間に入った時に何も感じなかったか? ここはな、多くのエルフ達が外に出ることも出来ず、無念のままに朽ちていった墓場なんだよ」


ギョッとして思わず周囲を見渡す。そう言えば、ここに入った時妙な息苦しさを感じたし、理由もわからずすぐに出ていきたいと思ったのを思い出す。


「人の怨念など負の感情が溜まった土地にある麦神の像は、その土地で最も不遇な扱いを受けている人物に力を与えようとする。もともと麦神は慈悲の神だからな。そんなご利益があってもおかしくはない。君がスキルを得た土地も、理不尽な事が多い土地ではなかったか?」


言われて故郷のことを思い返してみる。小さく貧しい村。ろくな娯楽もなく、力の強い者に媚びへつらう村人達。どいつもこいつも他人の目を出し抜き、自分が得することしか考えない糞の掃き溜めみたいな村だ。おまけに俺の母親は魔族のおもちゃにされた後、魔物のエサにされている。なるほど、確かにこの女の言うとおり、負の感情とやらが溜まりまくっても不思議じゃない土地だろう。


「確かに俺の育った土地は酷い所だった」
「やっぱりそうか。私の一族もある罪を償うためここに閉じ込められ、死ぬまで出られない運命だったんだが……偶然私だけ『吸収』と『譲渡』というスキルを得てな。時々捕まえたスキル持ちからスキルを奪い、外にいる連中にスキルを与えることで、なんとかギリギリ生かしてもらっていると言うわけさ」


女が俺と似たような境遇なのはわかったが、いまいち話が見えてこない。


「お前が軟禁状態なのはわかったし、気の毒だとは思うが……それは俺に関係のあることなのか? お前の意図は何だ? 俺に何かさせたいんだ?」
「君はスキルを私に捧げろと言われてここに来たんだろう? 外の連中の狙いは、私に君のスキルを奪わせて、外にいる誰かに与えることのはず。だがもういい加減こんな生活にもうんざりしていてね。あいつらにスキルを与えるためだけの人生なんかまっぴらなんだよ。つまり、私はこの軟禁状態から脱出したいんだ。君が私の脱出に協力してくれるなら、君のスキルを奪うことなくこのまま見逃してもいい。悪い条件じゃないと思うが?」


……このままスキルを奪われて外に出た場合、どうなるだろうか?吸収と支配。そのどちらか、もしくはその両方が奪われると俺はお終いだ。奴隷契約しているリーシュ達はともかく、シーリと魔族のシオンが敵に回る可能性が高い。それを考えれば選択の余地は無いように感じる。いや、むしろ運が向いてきたと考えられるだろう。上手くやればエルフ達を出し抜いて、無傷で脱出出来るかもしれないのだから。


「わかった。協力しよう。具体的な作戦を決めなきゃいかんが……その前に、お前の名前を聞かせてくれ」


俺の指摘に女はバツが悪そうな顔を見せた後、すっと右手を差し出してくる。


「名前を名乗ってなかったとは失礼した。私の名はアルウェン。見ての通りのエルフだよ」
「ケイオスだ。よろしく頼む」


差し出された手を握り返し、即席の同盟関係がここに成立した。さあ、鼻持ちならないエルフ共の鼻を明かし、仲間を救出しなくてはな。

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