とある魔族の成り上がり

小林誉

第74話 ペガサス

声を上げる暇もなく、俺達は背中から迫った爆風に押され、無様に地面を転がり続ける。やっと止まったと思ったら建物の破片が降って来たため、慌てて頭を庇いその場にうずくまった。周囲の仲間も似たような状況だ。幸い負傷者はいないようで、全員が驚いた顔で今走ってきた方向を見ている。それにつられて俺も視線を後ろにやると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


火薬庫が吹き飛ぶのは仕方ない。それは予想していた。だが近くに会った研究施設がほぼ半壊していたのだ。頑丈な石造りの建物は火薬庫に近かった部分が巨大な力に押し潰された様に壁も床も原形を留めず、残った部分が崩れるのも時間の問題だと思われるほど酷い状況だ。その上あちこちから火が出ているので、救助も容易じゃないだろう。瓦礫の間からは研究員の物と思われる腕や足が突き出されている。一瞬の出来事で逃げ出す暇もなく埋もれたに違いない。


「すぐに敵が集まってくるぞ。警戒しろ!」


言ってる間に周囲が騒がしくなってきた。通りの向こうからガチャガチャと鎧を着た人間独特の足音が聞こえてくる。グズグズしてると戦闘になるのが確実だ。予定ではそろそろリーシュ達がペガサスを強奪してこちらに到着する頃なんだが、空を見上げてもそれらしき影は見当たらない。そうこうしている間に、一番近くに居た敵の部隊が視界に入った。数は二十。三人しかいない状態で正面から戦うのは危険な数だ。ここは一旦どこかに隠れてやり過ごすかと思ったその時、シーリが俊足を飛ばして敵集団へと立ち向かう。


「おい!」
「お任せを!」


俺が止める暇もなくシーリと敵集団が接触した。彼女が腕を振ると衝撃波が生み出され、先頭を進んでいた五人の兵士がその場に崩れ落ちる。驚いて怯んだ敵にあっと言う間に距離を詰めたシーリは素早く剣を振るい、二、三人の首をまとめて斬り裂く。血しぶきが舞い上がる夜の闇の中、彼女の姿が右に左に動くたびに、敵兵が体のどこかを切り裂かれて地面に転がっていく。その圧倒的な戦闘力に、俺もラウも援護する事すら忘れて、ただ茫然と見ていただけだ。


「あいつ……本気で戦ったらあんなに強かったのか」
「信じられない……強すぎるわ……」


間違いなくハグリーやレザールより強い。たぶん彼等を二人同時に相手にしても、本気になったシーリなら余裕で勝てそうだった。俺と戦った時は生け捕りにするために手加減していたんだろう。でなければ、あっと言う間に首と胴が離されていたに違いない。驚きに身を固めている間に全ての敵を斬り倒したシーリは、ほとんど息も乱さす戻って来た。


「ケイオス様。ご覧の様に敵の第一波は阻止しました。今の内にリーシュ達と合流しましょう」
「あ、ああ……そうだな。早く来てくれるといいんだが……」


さっきまで敵を蹂躙していた人間と同一人物とは思えない喜々とした表情は、まるで主人に褒めてもらうのを期待している犬そのものだった。恐る恐る手を伸ばしてシーリの頭を撫でて見ると、彼女は満面の笑みを浮かべる。これで尻尾がついていたら、ぶんぶんとうるさく振られていた事だろう。


「あれ見て! 来たみたいよ!」


イクスが指さす方を見上げてみれば、確かにリーシュを先頭としたペガサスの群れがこちらに向けて降下し始めていた。ペガサスの数は全部で九頭。ハグリー達がそれぞれ一頭騎乗して、残りの四頭が俺達の分だろう。リーシュが上手く手懐けてくれたようだ。


「すまないケイオス! 思った以上に抵抗が激しくて遅れた!」
「気にするな。一時的だが追手は撃退してある。今の内に逃げるぞ」


俺やイクス、火薬庫襲撃班が急いでペガサスに取りつき、その背によじ登ろうとする。鞍も無いので苦労したが、ペガサス達は嫌がる素振りすら見せずに黙ってその場に立っていた。これがリーシュの力なんだろうか? 大したものだと感心する。


「準備は完了したぞ! それで、どうすれば飛ぶんだ?」
「私が全て操るから問題ない! 行くぞ!」


リーシュの乗ったペガサスが大きく羽ばたきふわりと浮き上がったかと思ったら、俺達が乗る他のペガサスもそれを追うように羽ばたき始め、地面から少しずつ離れていく。


「おおおっ!」
「ちょ、ちょっと、これ、怖いって!」
「落ちないでしょうね……?」


初めて空の旅をするシーリやイクス、ラウなどが怯えてペガサスにしがみついている。以前リーシュに抱えられて空を飛んだ経験がある俺が怯える事は無かったが、それでも何とも言えない浮遊感には不安を覚えずにいられなかった。


「リーシュ! 他のペガサスはどうしたんだ?」
「厩舎に残ったペガサスは全て殺した! 後を追われる訳にはいかんからな!」


流石にその辺はしっかり始末をつけてくれたか。万が一にでも空中戦などが始まれば、俺達などただ地上に追い落とされる的になるだけだからな。でもまあ、これで無事脱出だ。ラビリント側もしばらく忙しいから、すぐ俺達の仕業だとは判明しないだろう。今の内に出来るだけ距離を稼ぎ、安全地帯である都市国家に逃げ込まなくては。段々と小さくなっていく街の姿を眺めながら、俺はそんな事を考えていた。



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