とある魔族の成り上がり

小林誉

第73話 実行

ライオネル達が街を去った翌日、俺達も行動を開始した。まず何泊もして足がつきそうな宿を引き払い、少々治安は悪いが安い宿に移ったのだ。そこは毎日のように喧嘩が起きる荒くれ者達の住処ではあったが、街の兵士達が巡回に来ないので身を隠すのに打って付けの場所だった。


そんな中リーシュとシーリはよく働いてくれて、この街にあるペガサス専用の厩舎を発見していた。彼女達の調べによると、軍で管理している厩舎は一か所だけ。ペガサスは二十頭ほど厩舎の中で飼育されているらしい。そして見張りの数は二十人前後。この人数が深夜に丸ごと交代するようだ。


そして肝心の火薬庫の場所だが、これはあっさりイクスが見つけてきた。いや、見つけたと言うより教えられたという方が正確だろう。彼女の案内役であるヴァイセは施設の見学を申し入れたイクスの願いをあっさりと聞き入れ、喜々として重要施設を見せて回ったようだ。当然トルエノは渋い顔をしたようだが、今更そんな事を気にするイクスではない。もう彼女は覚悟を決めているのだから。


火薬庫の場所、ペガサスの厩舎がそれぞれ見つかり、後は実際に襲撃するだけになった。厩舎を襲撃するメンバーはリーシュを始めとして、レザール、ルナール、グロウ、ハグリーの五人。火薬庫を爆破するのは俺、シーリ、ラウの三人。戦闘が得意な者と身軽に動ける者を分けた配置になった。手はずとしては、まずハグリー達が厩舎を襲撃し、リーシュが手懐けたペガサス達に乗ってその場を退避する。その間俺達三人がイクスを回収しつつ火薬庫に火をつけ、迎えに来たリーシュ達と合流し、街を逃げ出す算段だ。シーリは厩舎を襲撃する面子に入れたかったが、彼女のスキルと強さを考えれば少人数の火薬庫襲撃班に加えるしかなかったのだ。


「さて、いよいよだ。みんな準備は良いな?」


俺の問いかけに全員が無言で頷く。一応身元が割れないように顔は覆面で隠し、武器や鎧には目立ちにくいよう黒の塗料が塗ってある。簡単な誤魔化し方ではあるけど、闇夜に紛れれば俺達だとはわかるまい。イクスは昼間の内に研究施設に移動しているので、現地で落ち合う予定だ。


窓を開け、外の様子を観察する。この数日注意してみたが、トルエノの見張りらしき人影は数をぐっと減らし、全部で三人になっていた。まず排除するべきは宿の正面を見張っている二人組。裏手に居る一人に感づかれる事無くこの二人を無力化し、宿を抜け出さねばならない。


まずは奴等の注意を引くべく、俺が宿の正面から堂々と外に出る。覆面を被っているため誰だか確信が持てないはずだ。物陰に隠れている見張りの視線を感じるが、気づかないフリで大通りに向かって歩き出す。時刻は深夜。人通りも無く、ゴミが散乱している路地を歩くのは俺だけだ。つかず離れずついて来る二つの気配に注意していると、突然後ろでくぐもった声が聞こえ、何かが倒れる音がした。振り向いた先ではシーリが剣を掲げて左右に振っている。どうやら上手くいったようだ。


見張りは排除した。ここから先は時間との勝負だ。黒ずくめの格好をしたハグリー達が宿を抜け出し、俺もシーリとラウを従えて火薬庫――研究施設の敷地内にある別棟を目指す。寝静まった街に俺達の足音だけが響き、人間の気配を感じた鼠がゴミの山へと姿を消す。息を荒くして研究施設に辿り着いた俺達は、正門前で欠伸を噛みしめて堪えていた衛兵二人に陰から素早く忍び寄り、背後から一撃して昏倒さた後、その体を詰め所に押し込んだ。瞬時に辺りを警戒したものの、他の兵士の姿はない。事前に調べた情報では今はちょうど他の場所を巡回しているはずだ。見つからない内に行動する必要があった。


「イクスの書いた見取り図通りなら、あれが火薬庫だ。あれの地下に火薬が保管されている」


俺の指さす方向には他より低く、地面に半分埋まったような建物の姿があった。その前にはわずか数段の短い階段が地下へと伸びている。


「どうするつもりですか? ケイオス様」
「火薬庫自体は浅くて狭い造りになってるらしい。だから直接潜り込むことなく、油を流し込んで遠くから火をつける」
「油って、誰も持って来てませんが?」
「それについては心配ない。……そろそろだな」


シーリとラウが首を傾げる中、研究施設の入口に見覚えのある人物が姿を現した。昼間からこの施設の中に入り込んでいたイクスだ。彼女はいくつかの小さな樽を小脇に抱え、小走りでこちらに駆けよってくる。


「待たせてゴメン。中の見張りの目を盗むのが難しくて」
「いや、こっちも今来たところだ。それより、それが油か?」
「ええ。これ一つでも階段の位置から流し込めば十分届くと思うけど、念には念を入れて予備を持って来たわ」
「助かる。じゃあ見つからない内に、手分けして油を撒くぞ」


イクスから樽を受け取った俺達は、階段から下へと流し込む分と、そこから外へ向けて伸びる分とで油を撒き始めた。と言っても樽はそれほど大きくないので、今制圧したばかりの詰め所までは到底とどきそうにない。しかし今回はラウを同行させている。彼女を連れて来たのはこの為なのだ。


「ラウ。火をつけろ」


コクリと頷くラウは一本の矢を取り出した。その矢は普通の矢ではなく、矢じりの周りに分厚い布が巻いてある。それに火打石で火をつけるとあっと言う間に燃え上がり、深夜の暗闇を赤く染める。ギリギリと引き絞られた弓から勢いよく放たれた矢は弧を描き、狙い違わず今撒いたばかりの油に突き刺さった。火で炙られた油は勢いよく燃え広がり、あっと言う間に地下の火薬庫へと進んで行く。


「逃げろ!」


爆発の威力がどの程度の物かは予想もつかない。全速力で走り出しいくらも進まない内に、俺達の背後で鼓膜を振るわされるような大爆発が起きた。

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