とある魔族の成り上がり

小林誉

第69話 火薬

「まずはこちらを見てください」


ヴァイセの指さす机の上には、真っ黒な炭と白い石、それに悪臭を放つ黄色い石が並べられていた。並べられた材料の前には、それぞれ細かく砕いたと思われる粉末も置いてある。


「これが新兵器の材料です。この白い粉にはイクスさんも見覚えがあるのでは?」
「うー……ん、私がスキルで生み出せる物に似ているけど、同じ物なのかしら?」
「成分としては同じです。純度としてはイクスさんのが上でしょうけど。それで、これらをある一定の比率で全て混ぜたのがこちらです」


そう言ってヴァイセは一つの小鉢を差し出した。中には少量の黒い粉末が入っている。見たところただの粉なんだが、これが新兵器なのだろうか? そう考えたのは俺だけでなかったらしく、ライオネルが疑問を口にする。


「これが武器なんですか? 形状から考えると、敵にふりかけたりして使いそうですが……」
「いえ、違います。これは火と接触する事で大きな爆発力を生じるんです。たとえばこれ――」


次にヴァイセが取り出したのは、小指の先ほどの大きさの小さな筒だった。筒は密閉されており、中から小さな紐が伸びている。


「これは導火線と言います。これを燃やす事で中の火の粉に――我々は火薬とよんでるんですが――火薬に点火し、爆発させるんですよ。実際にやってみましょう」


ヴァイセはこちらの返事を待たず、小さな筒を持って今やって来たばかりの部屋を出る。どうやら室内で行うには危険な実験らしい。室内に残った研究者達に見送られた俺達は、ゾロゾロと歩いて建物の屋上へとやってきた。屋上は遮蔽物が何もない見晴らしの良い場所で、足元には土が敷き詰められている。何も用事が無ければこのまま昼寝でもしたいぐらいだ。


「少し離れててくださいね」


筒を持ったヴァイセが俺達から少し離れ、屋上に備え付けてあったランプから火種を取り出すと、導火線に火をつけた。シュッと言う小さな音がしたかと思ったら、あっと言う間に火が筒まで到達し、パンッと言う炸裂音と共に筒が粉々に破裂したのだ。初めての体験にヴァイセ以外全員が反射的に耳を塞ぎ、姿勢を低くしている。全員に共通するのは驚愕の表情。まさかあんな小さな筒が、こんな威力を持っているなど想像も出来なかった。


「す……凄い……」
「これが新兵器か……小指ぐらいの量でこれなら、もっと集めるととんでもない威力になるぞ」
「なるほど……。確かにこれなら各国が警戒するのも当然だな」
「わかっていただけましたか!? これが我々の技術の結晶ですよ!」


ヴァイセが誇らしげに胸を張るのも納得だ。これは使い方次第で戦いが一変する兵器だろう。例えばさっきの筒を大きくしたものを矢で敵陣に打ち込めば、それだけで敵は大混乱におちいるだろうし、馬にでも括りつけて突っ込ませれば多数の被害を出せるに違いない。


「今後はこの威力を利用して、何か別の武器を作りだせないか検討している最中なんですよ。爆発に指向性を持たせる事が出来れば面白そうなんで、要研究ですね」


これはますます放っておけなくなってきた。なるほど、トルエノ達が俺達を閉じ込めようとするはずだ。万が一これの製法が俺達の口から洩れようものなら、この凶悪な力が今度は自分達に向けられることになってしまう。それは是非とも避けたいのだろう。


「どうですかイクスさん。あなたのスキルが生み出す物質の力で、こんな素晴らしい物が作れるんですよ」
「え、ええ。驚いたわ……あんな物からこんなのが出来上がるなんて」


衝撃的な光景だった為にイクスは驚きに固まっていた。そのおかげと言うべきか、さっきまで落ち込んでた様子の彼女はすっかり元通りになっている。少しでも自分の力に自信が持てたらいいんだが。


「なあ、さっき机の上にあった黄色い鉱石は、火山にあった物なのか?」
「よくご存じで。確かにあれは火山にあった物ですよ。溶けて流れている物が冷えて固まるとああいった形になるそうです。現地の人達は硫黄って呼んでますね」
「やはりか。俺が昔住んでいたところの近くには、あれと同じ物がごろごろしていたんだ。燃えやすいので燃料代わりに出来るんだぞ。匂いは酷いけどな」


意外な事に、俺達の中に材料になる鉱石を知っている者が居たようだ。レザールはトカゲ族だから火山の近くに住んでいてもおかしくないのか? 彼等は一応竜族の端くれだから、火に強く寒さに弱い。暖かい所に住んでいても不思議じゃない。


「後は木炭ですか? どう見てもそうとしか見えなかったんですが」
「凄いですねみなさん! 一目見ただけで材料を言い当ててしまうなんて!」


驚きを現すヴァイセには、内心こちらが驚いているのだ。この男、研究以外の事になると途端に頭の回転が鈍くなるらしい。その証拠に、こちらの問いかけには何も考えずにベラベラと秘密を喋ってくれている。これだけ材料がわかれば十分だ。後はイクスを仲間に引き入れて硫黄と木炭さえ自前で用意出来れば、俺達は自力で火薬の生成が可能になるだろう。


「そうと決まれば早速行動あるのみだな……」


浮かれてはしゃぐヴァイセを見ながら、俺はこの街からどうやって抜け出すか、静かに計画を練り始めた。

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