とある魔族の成り上がり

小林誉

第68話 呼ばれた理由

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「駄目だ! 秘密を外に出す訳にはいかん!」


慌てて止めに入るヴァイセの言う事などまるで無視して、トルエノ配下の兵士達は俺達を取り囲むようにして武器を向けてくる。反射的に剣を抜いたグルトに連鎖するように他の者も武器を構えたため、奴等との間に一触即発の緊張感が生まれた。こちらは事を荒立てるつもりは無かったのだが、俺達もこんな所に閉じ込められる訳にはいかない。その上トルエノの態度も気に食わないしな。突然の事態にライオネルなどはどうしていいのかわからず戸惑っているし、ヴァイセも荒事は苦手らしく、止めようともせずに遠巻きに見ているだけだ。もう交戦は避けられないと誰もが思ったその時、イクスが声を張り上げた。


「こちらに剣を向けるなら、私は研究に協力しないわ! それでもいいの!?」
「……なんだお前は?」


突然割って入られたのが気に食わないのか、トルエノがイクスを睨み付ける。今のは気の弱い彼女なりに精一杯の勇気を振り絞った行動だったのだろう。その体は細かく震えていた。


「彼女は研究に協力してくれるイクスさんです。彼女が持つスキルで生み出される物質は、火の粉の研究に不可欠なんです。彼女が協力するのを止めるのなら、この新兵器開発計画は頓挫しますよ」


若干焦り気味のヴァイセから説明を聞いたトルエノが短く舌打ちし、配下の兵士達に武器を下げさせた。やれやれ、どうにか揉めずに終われそうだと思ったのも束の間、トルエノが再び口を開く。


「勘違いするなよ女。必要なのはお前のスキルで生み出される物質であって、お前自身に価値はないんだ。おおかた金に釣られてここまで来たのだろうが、この国でお前に自由があると思うなよ!」
「な……!」


あまりと言えばあまりな言いぐさに絶句するイクス。研究に対する協力者としてではなく、あくまでも道具でしかないと言い切ったトルエノの言葉は、自分の居場所を求めてはるばるやって来たイクスには辛い言葉だった。


「貴様! なんだその言い草は!」
「ふん、部外者は黙っていろ! お前達、行くぞ!」


青い顔で黙り込んだイクスに代わって食って掛かったリーシュを無視して、トルエノとその配下は鼻息荒く研究室を後にした。黙ってその背中を見送るイクスに言葉はない。重苦しい雰囲気が漂う中、場を取りなす様にヴァイセが明るい調子で話し始めた。


「ま、まあ、気にしないでください。あの人はちょっと頑固なところがある人なので。心にもない事を言っちゃう事があるんですよ」
「…………」


そんなわけがあるか。あれは根っから他人を見下す事しかしない人間だ。ハーフとして虐げられてきた俺ならわかる。今のイクスがどんな気持ちかも。きっと彼女も今までひどい目に遭って来たんだろう。俺達ハーフなど、仲間外れにされる程度ならまだマシで、殴られたり蹴られたりが当たり前だし、誰も助けてくれず、誰も守ってくれないのだ。日々食べる物にも事欠き、いつ死んでもおかしくない。そんな状況の人間が、自分の能力を見込まれて誘いを受けたらどうなるだろうか?一も二もなく飛びつくに決まっている。自分を必要としている人が居る――ただその事実を確認できただけで嬉しかったに違いないのだ。しかし、その気持ちを踏みにじられ、再び人間以下の扱いを受けるかも知れない。ショックを受けるのも当然だった。


「あ……あはは……きっつい事言うな~あの人……」
「……イクスさん……」


無理に浮かべた笑顔が痛々しい。他人事ながら、俺はトルエノに対して激しい怒りを感じていた。


「あ、あの! 気分転換と言っては何ですが、今から実験に付き合ってもらえませんか? イクスさんの力でどんな事が出来るのか、一度ご覧いただきたいのです!」


この際何かしていた方が気がまぎれるに違いないと思ったのだろうか。変わり者の研究者らしい奇抜な意見ではあるが、ここは彼の提案に乗っておくべきだ。


「やりましょうイクスさん」
「ファウダーさん……」
「いいじゃない。せっかくだから試してみようよ。どんな事をやってるのかわかれば自信になるかもしれないし!」
「そうだな。私も興味がある。イクス、お前の力を見せてくれないか?」


ルナールやリーシュの下手な慰めでも、彼女にとっては心に沁みる励ましだったのだろう。少しだけ目尻に涙を浮かべ、イクスは少しだけ笑顔を浮かべる。


「そうだね。せっかくここまで来たんだし、やらないって選択肢はないよね。ヴァイセさん、協力させてください」
「あ、ありがとうございます! ではこちらにどうぞ!」


さっきの騒ぎなどすっかり忘れたようにヴァイセは浮かれているようだ。その様子に思わず大きなため息をついてしまう。なんだか頭痛がしてきそうだが、結果的にいい方向に転がったと思いたい。


それにしても気になるのはトルエノの動きだ。あんな偏屈な人間が、イクスの脅し程度で諦めたとは到底思えない。かならずどこかに見張りを立て、こっちを監視しているはずだ。奴等の目をくぐってどうやって脱出するか、今の内に考えておいた方がいいかもしれないな。

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