とある魔族の成り上がり

小林誉

第64話 衝撃

航海は順調だった。時折漁船らしき船影が見える事があっても、この船の速度なら簡単に振り切る事が出来、接近される前に視界から消えていった。日にちが経つごとに船員達も操船に慣れていき、積んであった物資が減っていく事で船足はますます速くなり、ラビリントまで後少しと言う所まで迫っていた。


「このままなら後一日で到着ってところですね」


時刻は昼。ライオネルの言葉に安堵したのも束の間、俺達の行く手を阻むかのようにいくつもの船影が姿を現した。数は全部で四つ。こちらの存在に気がついたらしく、包囲するように距離を取って徐々に近寄ってくる。どう言った手段か知らないが、俺達の船が変わったのは既に知っているらしい。


「どうするんです!?」
「下手に減速すると囲まれて袋叩きにされるのでこのまま突っ切ります! 幸い相手の船はこっちより少し小さい。一か八かですよ!」


三つある帆を全開にした船は更に速度を上げる。こちらの足について来れない敵が振り切られそうになったが、正面に居る一隻だけはどうしても避けて通れない位置に回り込んで来た。右と左、どちらかに避けた場合は後ろの船に追いつかれる。となればやるべき事は一つだ。ライオネルが舵を取る船は正面から向かって来る船を避けるどころか、まるで騎兵のように自ら敵船へと突っ込んでいった。


「全員衝撃に備えろー!」


誰かが上げた叫び声とほぼ同時に船体を強い衝撃が襲った。だが今回は以前襲撃された時のように身を投げ出される事は無い。なぜならこの数日、こんな事態を想定して手の空いた者達が甲板を改造し、体を固定するためのロープを括りつけてあったからだ。流石に衝撃をゼロにする事など出来はしないが、それでも無様に甲板上を転げ回る事態は避けられた。船ごと持ち上がる浮遊感を感じた直後再び大きな衝撃が船を襲い、借り物の船は再び前に進み始める。


あの速度の船に体当たりを受けた敵方の船は左舷を大きく損傷し、既に浸水が始まっているのか、乗員達が右往左往している。それだけのダメージを与えてこちらもタダで済む筈がなく、船首部分が何か巨大な力にもがれた様にえぐり取られ、甲板が大きく捲り上がっていた。


「危ない!」


背後でルナールの警告の声が聞こえたかと思うと、重いものが倒れるようなバキバキとした音が耳に届く。ハッと背後を振り返ると、三本あるマストの内一本がこちらに向けて倒れてくる最中だった。


「うわっ!」


咄嗟に躱そうとした体が何かに縫い付けられたようにその場繋ぎ止められる。そう言えばまだ固定用のロープを結び付けたままだった。焦って外そうとするも間に合うはずが無く、巨大なマストは俺の眼前へと迫っていた。だがその時、走り込んだ影の振るった一撃でマストが大きく横に逸れ、地響きを上げて倒れ込む。なんとか直撃だけは免れた俺が目を向けると、そこには斧を振り抜いたハグリーの姿があった。


「助かった、ハグリー!」
「良いって事よ。それよりこの船大丈夫か? なんか速度が落ちてきてるぞ」 
「えっ!?」


マストが倒れて速度が落ちるのはわかる。だが船の速度はさっきまでと比べると半分以下にまで落ち込んでいた。まだ残ったマストは二本あるのにこれは明らかに異常だ。何か他に原因があるのか?


「大変だ! 浸水してるぞ!」
「それだけじゃない! 後ろを見ろ! 奴等に追いつかれる!」


船首付近に居た船員が下を覗き込みながら声を上げていた。どうやらさっきの追突の影響で船首部分から浸水が始まったらしい。その上後ろからは一度振り切ったはずの敵船がぐんぐん近づいて来る。このままでは追いつかれる。そう判断した俺は咄嗟に狭い船室へと駆け込んでイクスを連れ出すと、それをリーシュに押し付けた。


「ケイオス!?」
「お前はイクスさんを連れて逃げろ。そして見つかればでいい、応援を呼んできてくれ。これだけラビリントに近づけば、運が良ければ軍艦の一つや二つ居るかも知れない。ライオネルさんもそれで良いですね!?」
「……ええ、それが一番いい方法でしょう」


一瞬黙り込んだものの、ライオネルはすぐに決断を下した。イクスを奪われれば用の無い俺達は皆殺しにされる可能性が高い。しかし、彼女さえ無事なら人質として生き残れる可能性がわずかだが残されている。それにあまり期待は出来ないが、本当に援軍を連れてくる可能性だってあるのだ。空を飛ぶリーシュ達相手には手を出しようがないはずなので、とりあえずイクスの身の安全は保障される。状況が理解できずに戸惑うイクスを後ろからリーシュが抱きしめ、正に飛び立とうとしたその瞬間、俺は素早くリーシュに駆け寄ってその耳元に小声でささやく。


「……一日待って俺達が現れない時はイクスを連れてセイスの屋敷へ戻れ。あそこはとりあえず安全だ」


そう言って、有無を言わさず金貨が入った袋を押し付けた。イクスさえ確保していれば、新兵器開発の手がかりを失わずに済む。運良く生き残ればセイスの力を借りて情報を集める事も出来るだろう。


「イクスさんはリーシュの指示に従ってください! さあ行け!」


力強い羽ばたきで埃を巻き上げ、リーシュ達はグングンと上昇していく。それと入れ替わるようにさっき振り切った敵船が近づいて来るのが見えた。横っ腹に追突された船は沈みかけているため無視するとしても、三隻分の敵を相手にしなければならない計算だ。俺は緊張に強張る手で槍を強く握りしめ、敵船を睨み付けた。



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