とある魔族の成り上がり

小林誉

第63話 小型艇

急ぎ足で歩く男の後に続いて船の係留所に辿り着くと、そこにはすっかり修理されて綺麗になった金貨の一欠片号が悠然と浮かんでいた。だが男はそちらに目も向けず、小型艇の並ぶ区画に急ぐ。そこは漁船などが多く並ぶ区域で、夜だと言うのに魚臭さが漂っていた。


「これです。準備は整っていますから、今すぐ乗り込んでください」


男の指さした船、それは金貨の一欠片号の半分も無い大きさの小型艇だった。大きさ的には近くに並ぶ他の小型艇と大差ないものの、大きく違うのは帆の数だった。マストが三本。普通この大きさの船なら一本あれば十分だと思う。金貨の一欠片号でさえ二本なのだから、多すぎるぐらいだ。もちろん一本一本の大きさは大型船の物より細く小さい――が、それが尚更この船の歪さを象徴している様に感じられた。


「これはなんとも……不安定そうな形ですな。しかし――」
「ええ、その分速度は出ます。これは試験的に作られた小型艇でして、耐久性に問題があって量産には至らなかった船なんです。壊すのもなんなので一応保管してあったんですが、ちょうどいいと言う事で……」


厄介者に処分に困った船を押し付けただけと言う訳か。俺のような素人には変な形としか思えない船でも、ライオネルなど船乗りを本業にしている者達には随分歪に見えるらしい。しかし速度が出ると言うなら、今の状況を考えるとこれ以上俺達に向いている船はないんじゃないだろうか? そう考えたのはライオネルも同様だったらしい。


「これなら今の人数でもギリギリ動かせそうだ。ファウダーさん達にもいくらか操船のお手伝いをしてもらう事になりますが、かまいませんか?」
「ええ、もちろん。俺達に出来る事なら手伝いますよ」
「助かります」


さっそく乗り込んだライオネルが船の各所を点検し始める。残りの船員達もそれに倣い、いそいそと出航の準備を始めたので、俺達も置いて行かれないように船に乗り込んだ。足取りのおぼつかないイクスに肩を貸し、騒々しい船員達から少し離れた位置まで連れていく。


「大丈夫ですか? 後は俺達がやっておくんで、イクスさんは休んでてください」
「あ、ありがとう。悪いけど、そうさせてもらうわ」


と言ってイクスは船のへりにもたれ掛かった。まだ彼女の顔色は悪いままだ。そんな彼女をそのままに、ライオネルを始めとする船員達と俺達賞金稼ぎの面々は小さな船の上を慌ただしく走り回る。船員達は帆を張る準備をするためマストをするすると登って行き、俺達は甲板に出ていた積荷を船室へと運んで行く。そして三十分ほどが経った頃、ようやく船を港に係留しているロープが外された。


「請求は商会にまわしておきまーす!!」


さっきの男が大きな声でそんな事を叫んでいたが、ライオネルは聞こえないフリをしてまだ暗い湖面を眺めていた。動きだした船は金貨の一欠片号とは比較にならない速度でグングンと加速し、あっと言う間にレイク・ヴィクトリア号から離れていく。早く感じるのは船体が低いのも理由なのかも知れない。一度動きだせば俺達素人の出る幕など無いので、後は以前と同じように暇を持て余すだけになったが、船員達はそうはいかないようだ。当初より人数が激減しているためか、それとも小型艇だからなのかはわからないが、あっちこっちと忙しく動き回っていた。そんな中、一人海図を眺めるライオネルに近づいてみる。


「ああ、ファウダーさん。どうしました?」
「いえ、この後の事を聞いておこうと思いまして。このまま真っ直ぐ西に向かうんですか?」
「そうですね。この船に積んでいる物資ではそう長く航海できないので、そうするつもりです。ただ――」
「問題は待ち伏せ?」
「……そうです」


俺の問いにライオネルは難しい顔で頷く。二度も襲撃に失敗した敵方の次なる手は何だろうか? こちらが船足の遅い金貨の一欠片号のままなら後から追いかけて襲撃するのも考えられただろうが、あの船より倍以上の速度が出るこの船に対してそれは現実的な手段ではない。なら他の手はと考えた場合、終着点間際で待ち伏せする事だろう。残された戦力を全て集め最後の決戦を挑んでくるはずだ。


「街に近くなればラビリントに駐留するサイエンティアの海軍も居ると思いますから、彼等の下に逃げ込めばこちらの勝ち。阻止されれば我々の負け。いかに囲みを突破できるかが勝負になりますね」


最後ともなると敵の数も今までより多いだろう。まして相手は軍事国家の可能性が高いのだ。最悪軍艦が出て来る事まで考えられる。俺達が生き残れるかどうかは、この船の性能にかかっているだろう。


「ま、大丈夫でしょう。今までも何とかなったんだから。次もきっと何とかなりますよ」
「……頼もしいですね。期待してますよ、ファウダーさん」


俺の虚勢など見抜いているだろうに、ライオネルはあえてそれに乗ってくれた。何とかなる――いや、してみせるのだ。イクスの能力で作られる兵器が何なのか、それを確認するまでやられる訳にはいかない。俺達でも扱える物なら、商会もサイエンティアも襲撃者達も出し抜いて、俺が全てを手に入れてやる。そう密かに決意した俺を乗せた船は、激しく波を切り裂きながら西へ西へと進んで行った。

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