とある魔族の成り上がり

小林誉

第60話 屋根の上で

屋根と屋根の間を飛び越えながら大通りを目指して走る。すぐ後ろには身軽なルナールと少し上を跳ぶリーシュの姿があり、少し離れた位置に複数の襲撃者が追って来ていた。目標がこっちに逃げたとなれば、奴等も宿に固執する理由は無くなる。少しでも数が減ればハグリー達なら持ちこたえるはずだ。


「伏せて!」


ルナールの鋭い声に反射的に身を伏せると、こちらの頭上をナイフが数本通過していった。奴等、こっちが生きていようが死んでいようがお構いなしか!? こちらの足が止まった事で襲撃者達との距離が一気に縮まり、追いつかれるのは時間の問題と思われたため、その場で反転して襲撃者達を迎え撃つ。今のまま走って逃げようとしたところで、背後から雨あられとナイフを投げつけられるだけだ。


屋根を飛び越えてこちらに迫る襲撃者の数は四人。ただでさえ実力で劣っていると言うのに、数まで不利となるとかなり厳しい。完全に接近されるまでが勝負と判断した俺達は即座に行動を起こし、ルナールがさっきのお返しとばかりに投げナイフを全て投げつけ、俺は氷の矢を無数に放ち、リーシュは奴等を奇襲するべく急上昇に入った。


俺達の攻撃はちょうど屋根と屋根の間を跳んでいる最中の、回避できない状態だった襲撃者の内二人に直撃し、奴等は声も無く地面へと落ちていく。下から何か潰れるような音が響いている間に残りの襲撃者は目前に迫り、俺達に向けて剣を振るう。


「このっ!」


ルナールは二振り持った短剣を巧みに操り、自分の相対する敵と切り結ぶ。技量的にはほぼ互角に見えるが、この闇夜の中では獣人のルナールの方が夜目が利くので若干有利か。


「ちっ!」


俺の相手はルナールのお株を奪うかのような素早さで長剣を振り回し、距離を取ろうとする俺の槍を上手くいなしながら懐に飛び込もうとして来る。素人に毛が生えた程度の腕しかない俺がまともに相手をするのは危険な相手だ。咄嗟に後ろに跳んで距離を稼ごうとちらりと視線を後方の足場に向けた瞬間、隙ありとばかりに襲撃者が一気に距離を詰めて俺の懐に密着した。


マズいと思った時にはもう遅い。鳩尾に強い衝撃を受けた俺は振っ飛ばされ、屋根の上をゴロゴロと転がって落ちる寸前で止まった。


「ぐはっ! げほっ!」


鳩尾ほ殴られて胃の中身がこみ上げてくる。ここで吐いては身動き取れなくなるので、酸っぱいものを無理矢理飲み込み、何とか立ちあがろうと四肢に力を籠めるが、あまりの激痛に呼吸もままならない。


「ケイオス!」


直後、上空から一気に降下したリーシュがルナールと切り結んでいる最中の敵を串刺しにし、俺を倒した襲撃者に向けて槍を繰り出す。しかしどう言う訳か、襲撃者が腕を一振りすると奴の手の平から衝撃波のような物が放たれ、巻き込まれた二人が力なくその場に崩れ落ちる。


「くっ!」
「な、なにこれ! 体に力が入らない……! スキルなの!?」


迂闊だった。腕利きを集めているなら当然スキル持ちぐらいは居ると予想できたのに、今の今まで無警戒でいたなんて! 


「まったく、手こずらせてくれたな」


リーシュ達は完全に無視し、うずくまったまま苦しむ俺にゆっくりと近づいて来る襲撃者。このままではやられる! 咄嗟に振り回そうとした槍は一閃された剣の一撃に弾き飛ばされ、虚しく宙を舞った。完全に丸腰になった俺だったが、スキルを警戒してなのか先ほどリーシュ達にしたのと同じように手をかざす襲撃者。氷の矢は簡単に避けられると瞬時に判断した俺は、咄嗟に手の平に生み出した短剣を襲撃者の肩を目掛けて投げつけた。


「ふっ」


無駄な足掻きと鼻で笑い、飛んで来る短剣を手に持った剣で弾き飛ばそうとした襲撃者だったが、俺の放った短剣は奴の剣をすり抜けて深々と肩に突き刺さる。


「な、なに!?」
「うおおおおっ!」


俺の吸収スキルで生み出された短剣は物質をすり抜け、スキル持ちにしか刺さらない。それを知らない奴は簡単に弾き飛ばせたはずの一撃を肩に受け、動揺が隠せないでいる。その一瞬の隙を突いた俺は残された力を振り絞って奴に組み付き、ゴロゴロと転がりながら屋根の斜面を転がっていく。


「こ、この! 離せ!」
「誰が離すか!」
「ケイオス!」
「危ない!」


もつれ合いながら屋根を転がった俺達二人は屋根から離れ、地面に向けて自由落下を始めた。体が宙を舞う恐怖に襲われたのも一瞬で、次の瞬間激しい衝撃が二度ほど俺の体を襲う。恐る恐る目を開けると、俺の体の下には完全にのびた襲撃者の姿があった。視線を上に向けると、落ちてくる途中でぶち抜いたと思われる天幕があり、大きな穴が開いている。どうやら運よくあれで衝撃を吸収して、怪我を免れたらしい。


「ケイオス!」
「無事なの!?」
「大丈夫だ! 怪我はない!」


まだ完全に力が戻っていないのか、屋根の上からこちらを心配そうに見下ろす二人。健在ぶりを誇示するように二人に手を振り、俺は足元に倒れる襲撃者へと視線を向けた。

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