とある魔族の成り上がり

小林誉

第59話 深夜の戦い

その日の晩、戻って来たライオネルに聞いたところ、彼等も俺達同様に尾行されていたらしい。イクスの姿が無いのにつけられたって事は、こちらの戦力把握が目的だったのかも知れない。このままでは寝ている間に襲撃される可能性も高いなと思っていると、ライオネルは奴等を牽制するべく手を打っていてくれたようだ。


「ここでは商会の援軍など期待できないので、正攻法しかとれませんでした」


苦笑するライオネルの視線の先には、この街の警備を務める兵士達の姿がある。どうもライオネルは船員達が遊んでいる間この街の警備責任者に話をして、宿の周りを重点的に警備してもらえるように話をつけたんだとか。もちろん護衛ではないので宿の前に二十四時間立っている訳では無く、他の場所より重点的に警備をしましょうと言う程度だったが。


「それでも随分やりにくくなると思いますよ。同じ場所から動かなければ不審に思われるから、こちらをずっと監視しておくのも無理になるでしょう。まして襲撃なんて……」
「確かに」


この状況で敵の取れる手は限られている。少数で忍び込んでイクスだけを狙うか、宿の周りに居る警備兵ごとこちらを強引に攻撃するか。前者は目を覚ました俺達に袋叩きにされる可能性が高いし、後者は警備兵達に援軍を呼ばれ、こちらも袋叩きにされるだろう。どっちにしろ敵が襲撃してくる可能性は低い。よほど相手が自分の実力に自信があるとか、戦力的に余裕があるなら話は別だが。


「私ならここで無理に襲い掛かるより、再び船で移動を始めたところを狙いますね。その方が確実だ」
「同感です」


とりあえず、これでレイク・ヴィクトリア号に滞在している間は無事に済むと思い安心していたのだが、三日目の夜に事態は急変した。明日はいよいよ金貨の一欠片号の修理が終わり再び出港する予定なので、俺達もライオネル達も外出せずに一日宿で過ごしていたのだ。退屈な時間を宿でボーっとして過ごし、全員が床に就いて数時間後、宿の外から人のうめき声らしき音が聞こえてきた。普段なら野良犬か野良猫なのかと思って放置するところでも、今はそんな状況じゃない。咄嗟に跳び起きた俺の耳に、今度こそはっきりと人の悲鳴が聞こえた。


「起きろ! みんな起きろ! 敵だ!」


シーツを跳ね除け、ベッドの脇に置いてあった槍を手に取り扉を開けると、目覚まし代わりに向かいのドアを思い切り蹴りつける。慌てて起きたリーシュ達が続々と廊下に飛び出して来た頃、階下の階段を駆けあがって来る複数の足音が宿に響いた。


「野郎、人がせっかくいい気分で寝てたってのによ!」


寝起きで機嫌の悪いハグリーと、無言のまま険しい表情のレザールが先頭に立ち、襲撃者の迎撃に備える。念のため装備を付けたまま寝るよう指示していたおかげで、全員戦闘準備は整っていた。階段から姿を現した覆面姿の人影に、ハグリー達の背後から放ったラウの矢が突き刺さる。バランスを崩した人影が派手な音を立てながら階段を転げ落ちていくが、他の襲撃者はそれすら乗り越えてこちらに走り寄ろうとする。


「やるぜレザール!」
「応!」


こちらに迫る襲撃者に倍する速度で立ち向かい、その巨大な膂力から強烈な一撃を繰り出すハグリー。先頭を走っていた覆面はその一撃を剣で受け流そうとしたものの、あまりの勢いに剣ごと上半身を二つに分けられる。血しぶきを上げる仲間の脇を走り抜けてきた襲撃者がお返しとばかりにハグリーに斬りつけたが、それはレザールによって阻止された。


その時、俺達が今飛び出して来た部屋の中から窓の割れる音が廊下まで響いてきた。どうやら襲撃者は宿の入口だけでなく、天井伝いに直接部屋まで乗り込んで来たらしい。後方にいた船員達が慌ててドアを抑えにかかるが、彼等はドアの向こう側から生えた剣によって胸を貫かれ、うめき声を上げながらその場に崩れ落ちる。


「マズいぞケイオス! このままでは挟み撃ちだ!」
「わかってる! しかしどうすれば……!」


このまま籠城すれば警備兵が来るまで粘れるか? しかし宿に火でも放たれると全員焼死する可能性もあるし、敵も警備兵の連絡手段の妨害ぐらいはやっていてもおかしくない。戦うか逃げるか逡巡している間に仲間達が部屋から飛び出そうとした襲撃者の胸に剣や槍を突き立てて、一時的な活路を開いてくれる。階下から上がって来る奴等はハグリーとレザールに任せておけば何とかなりそうだと判断し、俺は咄嗟にイクスの手を取って自分の部屋に飛び込んだ。それを追ってリーシュとルナールもついてくる。


「ファウダーさん!? 何をする気!?」
「いいからベッドの下に隠れて! リーシュ! ルナール! 援護してくれ! 俺が宿の外に出て奴等の注意を引き付ける!」
「囮になる気か!? わかった!」


月明かりもろくに無いこの深夜では、俺とイクスの区別などなかなかつけられまい。まさか敵も目標がベッドの下に隠れているとは夢にも思わないだろう。奴等を分散させ時間を稼げば、それだけ警備兵も集まってこちらの生存率も上がるはずだ。迷っている暇などなかった。


俺は破壊された窓枠伝いに屋根に上り、夜の街を走り出した。

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