とある魔族の成り上がり

小林誉

第57話 自由行動

交代で見張りを立てながらではあったが、その日は何事も無く宿で一夜を過ごす事が出来た。ぞろぞろと降りてきた船員達と一緒に宿の一階で朝食を摂る。全員戦いの疲れが残っているのか、あまり覇気が感じられない。


「おはようございますファウダーさん。ゆっくり休めましたか?」
「おはようございます。全快とは言いませんが、ある程度の疲れはとれましたよ」


俺の向かいに腰かけたライオネルは硬いパンを手でほぐしながら、引きちぎるようにして口に運んでいる。彼と違って他の船員達は俺達賞金稼ぎから離れたテーブルに着いているので、まだわだかまりが残っているようだ。現に今も厳しい視線が俺達に向けられている。


「今日はどんな予定なんですか?」
「船が治るまでは動きようがないんで宿に待機……と言いたいところですが、乗組員もファウダーさん達もだいぶ不満が溜まっているようですからね。酒を口にしない場所への出入りなら許可しようと思っています。もちろん交代制で」
「へえ……」


随分と思い切ったもんだ。確かにここは治安がいいが襲撃の可能性はゼロじゃない。それでも自由行動を認めるってのは、これ以上俺達と船員達の仲を悪くさせないための配慮なんだろう。頭の切れるライオネルの事だ、まだまだ先の長い旅だし、今の内に手を打つべきと判断したんだろうな。


「私はどうすればいいの?」


自分だけのけ者にされてはたまらないとばかりに、イクスが身を乗り出してくる。


「イクス殿はファウダーさんと一緒に行動してもらうつもりです。我々と一緒に居るより安全でしょうから。ファウダーさんもそれで問題ないですね?」
「ええ、もちろん」


俺達を信頼している……と言うより、単純に戦闘能力を考えての配置だと思う。その上俺と一緒に居る事で襲撃者の目を逸らせる事も出来るしな。仮にも商売人のライオネルが、ただの善意でイクスを俺に預けるとは考えにくかった。しかしものは考えようだ。こっちも説得する機会が増えたので助かる。


「ではまずファウダーさん達から出てください。午前中はファウダーさん達。午後は我々で、明日はその反対でいきましょう」
「やった! じゃあ早速外を見に行こうよ! 気になってたんだよね!」


この場で誰よりも乗り気なイクスは、まだ食事も終わっていないというのに俺の腕を引っ張り出す。狭い牢屋に閉じ込められた後は狭い船室に押し込められ、挙句に命まで狙われている。彼女もいろいろと限界なんだろう。


「わかりました。じゃあ早速行きましょうか。みんな、念のために装備は整えておいてくれ。今回は全員で動くぞ」


イクスが同行するのなら男女で別れる必要もなく、酒を飲まないのなら行く所など限られているので、全員で動いた方が効率がいい。観光と言う事で普段より素早く身支度を整えた仲間達は、まるで散歩を待つ犬のように今か今かと宿の入口に待機していた。


「何か美味いもの食べたいな」
「装備屋があるなら見てみたい」
「この短剣、刃こぼれしてきたから研ぎに出したいんだけど」
「さっき闘鶏場があったぜ。ちょっと覗いてみないか?」
「わかったわかった! 順番に行くからちょっと落ち着け」


奴隷の身分に一旦落とされると、基本的に休みと言うものは存在しない。疲労で倒れようが怪我をしようが、主人が命じれば命尽き果てるまで働かされるのが普通だ。そのため奴隷達は思ってもいなかった幸運に湧きあがっている。


宿を出た俺達は、まず次の戦いに備えて装備の修理を優先させることにして、まず装備屋を目指した。周囲の人々を警戒しながら通りを歩く。イクスと俺を中心に丸い陣形を取りながら歩いているので、襲撃するのは難しいだろう。


辿り着いた装備屋の品揃えは、補給の難しい船の上だと言うのに街とそん色ないほどに豊富だ、店内では所狭しと剣や槍、鎧や盾などが並べられている。店の奥には二つほどカウンターがあり、そのうちの一つは武器や鎧の修理を受け付けているようだった。ちょうどルナールが短剣を研ぎに出したいと言っていたし、他の面子が持っている武器も度重なる激戦で随分くたびれているようだし、この際まとめて修理に出す事にした。


「この数だと結構かかるかもな。手分けしてやるけど、引き渡しが出来るのは早くて明日の昼ぐらいだ」
「その間予備の武器とか借りられないですか? 丸腰だと不安なんで……」
「ああ、あるよ。少し古いけど弟子達が研ぎの練習にいつも使っているから、切れ味だけは保証するぜ」


店の親父に武器を預け、前払いで代金を支払っておく。ピッタリ金貨一枚。一応船に乗る前にセイスからいくらか資金を預かっているので、この程度の金額は何の問題も無い。臨時の武器を与えられ、全員がその場で何かを確認するように武器を振り回したり素振りをしたりと忙しく動くが、一人だけ落ち込んだ顔で身動きしない者が居た。ラウだ。彼女は女性だと言うのに昨日ハグリー達と同じ部屋に押し込めたため、精神的に疲れているのかも知れない。どうせ俺と同室にしようとしたら文句を言うに決まっていたから、何か言われる前に一人だけ別室にしておいただけだ。ハグリー達が彼女に何かするとも考えにくいけど、ろくに会話もしない人間達と一晩同じ部屋に居たのなら疲れるだろうな。


「……どうかしたのか?」


無視しておくのも子供じみているので一応声をかけて見ると、ラウは切羽詰まったような表情でか細い声を絞り出す。


「ね、ねえ。私、一体どんな人に売られるの? ちゃんとした人よね?」


なるほど、落ち込んでいた理由はそれか。リーチが無残に殺されてから俺に生殺与奪を握られている事実を認識して、今更ながら焦っているらしい。まったく馬鹿な女だ。


「さあな。お前がどんな人間に売られるかなんて、その時の運次第だろう。ただ、お前ならどう考える? 散々自分を罵倒した相手がいたとして、そいつを売り払う先が二つあるとする。一つは心優しい男。もう一つは女を嬲るのが好きな変態趣味を持つ男。両者の払う金額が同じなら……はたしてお前はどちらを選ぶかな?」
「そ、それは……」
「まあ、少しでもマシな所に売って欲しかったら精々頑張る事だな。俺の機嫌が良ければそれだけ自分の寿命が延びるかも知れないぞ?」


俺の言葉をどう受け止めたのか、ラウはさっきより深刻な表情で黙り込んでしまった。

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