とある魔族の成り上がり

小林誉

第53話 犠牲者

俺が男の後を追って船内に入っている間に、形勢はこちら側が有利になっていたようだ。ライオネル達船員はともかくとして、ハグリーやレザールの活躍が凄まじい。手練れ相手だと言うのに二、三人同時に切り結び、尚且つ一人一人確実に仕留めていくのだ。それに奮起させられたリーシュ達も自分と相対する敵を上手く押さえつけるので、その隙を船員達が確実に突いていった。


「撤収!」


乗り込んで来た人数の半数以上が倒され形勢不利と見た敵は、リーダー格の男の指示で自分達の船へと戻って行く。残り数本になったロープの上を器用に走る男達の背に、俺達賞金稼ぎと船員達が殺到した。


「逃がすか!」
「生かして帰さん!」


渡っている途中でロープを切断され、水面に落下する敵や、逃げる途中で容赦なく背中に武器を突き立てられる敵が続出したので、無事に船に辿り着けた人数は五人といなかっただろう。全てのロープを切り離してゆっくりと離れていく小舟。その時ふと視線を上にやると、見慣れた姿が何かを抱えて空を舞っていた。リーシュだ。彼女は両手で火矢を引き絞り、小舟の帆を目掛けて勢いよく放つ。


予想外の方向から攻撃を受けては対処する暇など無く、火矢が刺さった小舟の帆はみるみる炎が燃え広がっていく。襲撃者達は慌てて水を組み上げて消化しようとしているが焼け石に水だった。マストに巻き付けてあったロープが熱で切れ、帆が甲板上に落ちて今度は船体に火が燃え移る。ここまでくればもう消火は不可能と判断したのか、男達は我先に水面へと飛び込み始めた。その一部始終を見届けたリーシュが羽ばたきながら戻って来る。


「やるじゃないかリーシュ。これで奴等全員魚の餌だな」
「ああ。この広い湖で運よく船が通りかかるとも思えんしな。すぐに体力が尽きるだろう」


どんどん遠ざかって行く小舟の周りに浮かぶ男達が何やら叫んでいたが、わざわざ引き返してまで助ける理由などない。人を襲っておいて助けてもらえるはずが無いだろうに。


改めて船上を見回すと、こちらの被害はかなりの物だった。多くの船員が体のあちこちに深い切り傷を作り、痛みに呻いていた。倒れたまま動かない人間も何人か見られる。必死の呼びかけにも答えないところを見ると、もう絶命しているのだろう。


「しっかりして! ねえ、誰か何とかできないの!?」


悲痛な声に振り向くと、腹を抑えたリーチの側で焦りを浮かべるラウの姿があった。


「どうした!?」
「リーチが腹を刺されて……! 」


慌てて駆けよってリーチの状態を見てみたが、かなりひどい負傷をしている。リーチは他の面子と違って全身を鎧で覆わず、胸当てだけを着けていたから隙間を狙われたのだろう。裂けた腹から腸が飛び出し、溢れた出血が甲板を濡らしている。一目で致命傷だとわかった。


「ち……ちくしょう……! せっかく混じり物と縁が切れると思ったのに……ついてねえ……」


この期に及んで悪態をつく根性には正直感心する。リーチは自分が死ぬのを悟っている、苦痛に呻きながら恨みがましい目で俺を睨みつけた。


「お前のせいだ……! お前が俺をこんなところに連れて来るから……! くそったれ……。死にたくねえよ!」
「しっかりして! 死んじゃダメよ!」


話している内に意識が朦朧としてきたリーチは、まるで何かに救いを求めるようにあらぬ方向に向けて震える手を伸ばした。その手をとったラウが必死に励ましたものの、やがて力尽きたのか、リーチはパタリと手を下ろす。完全に事切れたリーチの顔は無念に歪み、まるでこの世の全てを恨んでいるかのようだった。


「あんたのせいよ! あんたがこんな依頼受けたから! だからリーチが死んだんだ!」
「おい止せって!」
「止めなよ!」


リーチが死んだ事で逆上したラウが、掴みかからんばかりに俺に詰め寄って来る。止めに入ったグルトとルナールを押しのける勢いだ。コイツとリーチは二人とも俺に対して反抗的だったし、仲間意識でもあったのかも知れない。だからこれだけ逆上しているのだろう。しかし俺は涙で濡れるラウの目を正面から睨み付け、冷たく突き放す様に言い放った。


「確かに依頼を受けたのは俺だが、死んだのはリーチ自身の責任だぞ。他の面子と同じように全身鎧を着けてればこうはならなかったし、賞金稼ぎが体を張るのは当たり前だろ? 運が悪かったと諦めろ」
「なっ……!」


俺の物言いに絶句したラウは、よろよろと後ずさる。コイツは何でショックを受けてるんだ? 俺に対して冷たい対応をしていた奴が死んだところで、俺が悔やむとでも思っているのだろうか?


「あ、あんた、あたし達奴隷を何だと思っているの? 仲間みたいな顔してて、実際はそうじゃなかったって事!?」
「基本的に仲間だと思っているよ。ただ、お前と死んだリーチみたいに態度の悪い奴は、あくまでも道具としてしか見ないって事だ。お前まさか、自分が冷たい態度をとってるのに俺が何とも思わないと思ってたのか? そんな訳ないだろう。嫌な奴にはそれなりの対応をするに決まってる」


今更その事実に思い至ったがラウは口を金魚のようにパクパクとさせて喘いでいた。そんな様子を他の奴隷達は冷ややかに見ていた。ラウとリーチは俺だけでなく他の奴隷達とも関わろうとしなかったし、嫌われていたふしがあった。そんな二人組の片割れが死んだところで同情する気にはならないんだろう。


そんなラウを無視して、俺達は甲板の片づけに加わるために、転がった死体や折れた矢などの回収作業に入った。いつまでも馬鹿の相手はしていられないからな。

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