とある魔族の成り上がり

小林誉

第51話 湖上での戦い

船が出向してから一週間が経った。船旅はとても順調で、嵐に合う事も座礁する事もなく、敵から襲撃される事も無い平穏な旅となっていた。俺達賞金稼ぎ達も例の二人を除いて打ち解けて来て、最近では普通に話せるようになってきた。酒好きな奴や戦い好きな奴など、それぞれの個性も少しわかっていた。今もリザードマンのレザール、獣人のルナールと一緒に、見張り台の上で監視作業を行っている所だ。


「暇ね~。こんなに何もないと退屈で仕方ないわ」
「同感だ。危険な仕事と聞いていたからひっきりなしに襲撃されると思っていたのに、期待外れもいいところだな」
「おいおい。何もないならそれが一番だろう」


二人と話す様になってわかった事だが、この二人はかなり好戦的――と言うか、トラブルを望む傾向があった。レザールなどは昔傭兵をしていた時期もあったらしく、かなり血の気の多い奴なのだろう。暇さえあれば甲板上で武器を振り回し鍛錬を続けている。腕を磨いてくれるのは主として頼もしいが、少し近づきがたい雰囲気も持っていた。


レザール程ではないが、ルナールの方も喧嘩っ早いところがある。航海中船員の一人に下品な誘いを受けた時があったのだが、その時は無言で短剣を引き抜き、顔を引き攣らせた船員ににじり寄って行ったほどだ。たまたま居合わせた俺とハグリーが止めなければ血の雨が降っていたかも知れない。


そんな二人をなだめつつ水平線の先を眺めていた俺の視界に、黒い点が目に入った。最初は鳥か何かと見間違えたのかと思ったが、どうやらそうではないらしく、その黒い点はどんどん大きくなっていく。慌てて覗き込んだ遠眼鏡の先には、甲板に武装した人員を乗せた船の姿が映っていた。


「敵襲ー! 船が近づいて来るぞ!」


俺の怒声に船上が一気に慌ただしくなる。のんびりしていた船員達が可燃物を船内へと押し込め、船室で休んでいたリーシュ達が武器を手に飛び出して来た。船長であるライオネルも同様だ。商船の為に船側に固定武器などないので、船員達はあまり手入れのされていないであろう弓を、緊張で震える手で放つ準備に追われている。そうこうしている間に所属不明の船はどんどん近づいて来て、もう肉眼で十分見える距離にまで迫っていた。


「駄目です! こちらの呼び掛けには答えません!」


手旗信号を送っていた船員が情けない悲鳴を上げる。洋上で声など聞こえないので、意志の疎通は手旗信号で行っているのだろう。


「敵と見て間違いないな。お前達! 落ち着いて行動しろよ! 敵の矢はそう簡単に当たりはしない! こういう時こそ冷静さを保つんだ!」


ライオネルが緊張している船員達を落ち着けるべく、しきりに声を張り上げている。少々頼りないが、あっちはあっちで任せておいて大丈夫だろう。


「さあ仕事だ。みんな準備は良いか?」


さっと見回してみたが全員やる気満々だ。ラウとリーチの二人も、働き次第で望みをかなえてもらえると信じきっているらしく、他の面子よりやる気になっていた。もう敵船は目と鼻の先まで迫っているため、お互いの人数や装備が確認できる。接近してきた船の乗員は見える範囲だけで二十人前後。こちらより小型の船であるため小回りが利くらしく、巧みな操船で接触しようとしている。


「放て!」


ライオネルの号令一下、弓を引き絞っていた船員達が一斉に矢を放つ。するとそれに呼応するかのように敵船からも矢が放たれ、木造の甲板には振ってきた矢があちこちに突き刺さる。


「これでも喰らえ!」


船員達ばかりに戦わせる訳にはいかない。賞金稼ぎ達の中で遠距離攻撃が出来る俺とラウだけは、それぞれのスキルと弓矢で参戦していた。


「ぶつかるぞー! 何かに捕まれー!」


誰かの絶叫に、その場に居た誰もが敵味方問わず何かに掴まる。直後、重量物同士がぶつかる重い衝撃音と、体が海に投げ出されそうな衝撃が襲い掛かって来た。大型の船に乗っている俺達でさえ甲板に投げ出され、ゴロゴロと転がる人間が何人も目に入る。当然小型の船である敵船はもっと衝撃が強かったらしく、甲板から水面に投げ出された人間が何人か居たようだ。今のはどっちがぶつけたんだ? こっちの船員が機転を利かせて体当たりしたのだろうか? そんな衝撃から両陣営が素早く立ち直ると同時に、敵船から鉤爪付きの投げ縄がこちらに投げ入れられ、船と舟の間に極細の橋がいくつも出来上がる。


驚いた事に敵はそのロープの上を器用に走り抜け、勢いよくこちらの船に飛び乗って来たのだ。この身のこなし、敵はかなりの手練れに違いない。油断のならない相手だ。


「やるぞー!」


一瞬怯みそうになる自分を鼓舞するように大声を出す。それらを迎撃する為にそれぞれの武器を構え、俺達は勢いよく走り出した。

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