とある魔族の成り上がり

小林誉

第45話 世間話

巨大な帆を張り、滑るように動き始めた船はあっと言う間に陸地から離れていく。今まで乗った乗り物は人力か馬しか体験した事が無い俺にとって、風の力がこれほど強力だとは思わなかった。慣れない潮風に少々戸惑ったものの、不快感を感じるほど酷くはない。ぐるりと周囲を見渡すと、船員達は出港時と比べて少しのんびり動いていた。一度動き始めてしまえばあまり仕事が無いのかも知れない。まずは順調な滑り出しと言った感じだ。


今、甲板には反抗的な態度を取っていたリーチとラウを除く全員が出ている。みな滅多に乗る事のない船の旅にはしゃいでいるのか、機嫌が良さそうだ。一応船内に残っている二人にも声をかけてみたのだが、強制でないなら別行動をしたいと主張したので好きにさせる事にした。いちいち喧嘩してたら疲れるからな。ある程度は妥協しよう。


「ケイオス。今更なんだが、この依頼何かおかしくないか?」


隣に立つリーシュが周囲の船員の目を気にしながら耳打ちしてきた。ハグリーなどはまるで気にした素振りも見せないが、やはり慎重なリーシュはフロッシュの言っていた言葉が気になるようだ。


「依頼を断る賞金稼ぎが多いって事か? 確かに俺も妙だと思った。依頼料としては決して悪くない……どころか、高額な方だろう。まあ二か月かかるってのが難点だが、報酬と釣り合った期間とも言えるしな」
「なのに何故断るのか……だな。あの依頼主と船長は、何か隠し事をしているように思えてならない」
「気持ちはわかるが、あまり気にしすぎると持たなくなるぞ。今回は長丁場だ。適当に力を抜いておけよ」


フロッシュ達に何か企みがあったとしても現状では打つ手がない。俺達をどこぞの奴隷商に売り飛ばすとか、何かの罪を背負わせたりするつもりなのか、それとも本当にただ他の賞金稼ぎ達の都合が合わなくなっただけで、俺達が懸念している様な事は全くないとか、色々考えられる。


まあ仮にも大商会が、わざわざ後ろに手が回るような危ない商売をするとも思えないし、気のせいだと思いたい。


最初の頃は初めての船旅と言う事もあってはしゃいでいた俺達一行だったが、すぐにそれにも飽きて、見張り当番以外は各々自由に過ごし始めた。船員達とカードに興じる者や黙って海を眺める者、釣り竿を借りて釣りをする者など様々だ。する事も無かったのでさっさと船室に引きこもろうかと思っていたら、扉に手をかけたところでライオネルに声をかけられた。


「ファウダーさん。お時間があるなら、少しお話しませんか?」


リーシュとの話を思い出して思わず身構えたものの、ライオネルのにこやかな表情からは敵意を感じない。断るのも角が立つだろうから、受けておくべきだな。


「ええ、構いませんよ。私だけですか?」
「はい。できればお一人でお願いします」


チラリと周囲に視線を飛ばしてみたが、誰もこちらに気がついた様子はない。リーシュかハグリーが近くに居たら連れていきたかったが、居ないのならしょうがない。


「わかりました。ではお供します」
「よかった。では船長室にご案内しますよ。どうぞこちらへ」


まるで貴婦人を招くように優雅に礼をするライオネルにエスコートされ、俺は船長室へと足を向ける。今の外見だと女扱いされる事が度々あるので、こんな時改めて自分の外見が変わっているのだと実感させられてしまう。まあ、舐められる事も多いが、概ね得する事の方が多いので良し悪しだな。


案内された船長室は、こじんまりとしているが質素で品の良い調度品がいくつか置いてあり、粗野な外見のライオネルとは相反する部屋だった。一つだけある棚に各種の高価そうな酒瓶が置いてあるのだけはイメージ通りだろうか。物珍しそうに眺めている俺の視線が目に入ったか、ライオネルは一つの酒瓶を取り上げる。


「飲みますか?」
「いえ、見張りもありますので遠慮しておきます」


昼間っから酒を飲むほど酒好きではないし、最近酒を使って他人を陥れた俺からすれば、どうしても遠慮したくなる。そうですかと酒瓶を棚に戻したライオネルは、今度は湯を沸かし始めた。その間狭い船長室は沈黙に包まれる。勧められるままに一つだけあるテーブルの席に着き、俺はライオネルの様子を黙って見ていた。


「どうぞ」
「ありがとうございます」


熱々のお茶の入ったカップを両手で受け取り、目の前のテーブルに置く。航海中の船の中だけあって多少カップの中身が揺れていた。


「さて……では、茶飲み話でも始めるとしましょうか」


にこやかな表情はそのままで、雰囲気だけを一変させたライオネル。一体何を話すつもりなのか……気を引き締めていこう。

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