とある魔族の成り上がり

小林誉

第30話 監禁

「ぷあっ!?」


突然水をぶっかけられて目を覚ました俺は、自分の手足に枷が着けられている事に気がついた。鉄製の枷には鎖がついて、それぞれが壁に繋がれている。完全に身動きが取れない程でもないが、一歩歩くだけの距離しか行動できそうにない。


「目が覚めたか?」


今俺に水をぶっかけたらしい人物――気絶する前俺の事を覗き込んでいた女が声をかけてきた。視線を左右に飛ばして状況を確認したところ、どうやらここは襲撃した小屋の中らしい。小屋の中には他に人影はおらず、俺と女だけがこの場に居るようだ。とりあえず死なずに済んだようだが状況は良くない。この女の目的がわからないままなので、いつ殺されてもおかしくはないだろう。


「……なんで俺を殺さなかった?」


俺が口を開いた途端女が勢いよく俺の頬を張った。パンッと言う乾いた音が狭い小屋の中に響き、一瞬の静寂が訪れる。


「口の利き方を知らん奴だ。自分の置かれている状況が理解出来んのか?」
「…………」


反抗的な目で睨み付ける俺を無視し、再び頬を張ってくる。すると女はくるりと背を向け、小屋の中に一つしかない椅子に腰かけた。テーブルの上に置かれていたまだ湯気の出ている何かの飲み物を一口飲んだ後、再び口を開く。


「お前は利用価値がある。お前、スキル持ちだろう? あの氷の矢を放つスキルには私の配下も手を焼いていたからな。集団戦闘ではなかなかの脅威になる便利さだから……私が使ってやろうと言っているのだ」


何を勝手に決めてるんだコイツは。そもそも俺は一度も協力の意思など示していないし、人に使われる気も無いんだ。


「勝手に決めるなよ。俺は誰の下にもつかない。拷問でもして言う事を利かせるつもりかも知れないが、もともと命は惜しくないんだ。好きに使われるぐらいなら自決してやるさ」


身動きできない状態で啖呵を着たところで迫力不足なのは十分承知だ。俺の精一杯の殺気を籠めた視線を正面から受け止めたにも関わらず、女は鼻で笑っている。俺の覚悟が本気じゃないとでも思っているのか? なら目に物見せてやろうと意識を集中し氷の矢を形成しようとしたその時、さっきまで簡単に撃ち出せていたはずの氷の矢が現れた瞬間霧散した。


(失敗した!? ならもう一回!)


再び氷の矢を眼前に出現させたものの、これも現れた瞬間霧散する。ムキになって何度か繰り返したが全て同じ結果に終わった。訳がわからない俺は荒い息を吐きながら呆然としていると、その様子を見ていた女が心底面白いとでも言うように腹を抱えて笑っている。


「お前、今自分がどんな状態かもわからん馬鹿なのか? 倒れる程スキルを連発しておいて、すぐ使えるようになる訳がないだろう。まったく、自分のスキルがどの程度まで使えるのかも把握してない愚か者だとはな。ド素人もいいところだ」


今の女の口ぶりからして、どうやらスキルには使用制限があるみたいだ。今までそんな事を気にせず色んなスキルを使って来たが、一度だってこんな状態になるほど使った事はない。知らなかったとは言え迂闊だった。肝心なところで使えなくなるなら、もう少しスキルに頼らない戦い方もあったろうに……


「ま、頭は悪いがお前のスキルは有用だからな。私が上手く使ってやる」
「何度も言わせるなよ。俺はお前の言いなりにはならない。他を当たるんだな」
「お前の意思は関係ない。なぜなら、私のスキルでお前は自分の意思と関係なく私の命令に従うようになるからだ」


(スキルだと?)


そこで初めて目の前の女に意識を向けると、確かに女の身体は淡い光を発している。間違いなくスキル持ちの反応だ。


「……命令に従うって、まるで奴隷だな。わざわざスキルを使う必要は無いんじゃないか?」
「奴隷契約は手間がかかりすぎる上に逃亡や命令回数の制限がある。だが私のスキル『支配』の影響下に置かれた者は、心から私に対して忠誠を誓うようになるからその心配は無い。お前と戦った魔族達の様に、心から私の身を案じ、尽くす様になるさ」


そう言うと、女は椅子から立ち上がりゆっくりとした足取りでこちらに向かって来る。この身動きできない状況で女の言うスキルを使われては逃げ場がない。まだ負傷の治らない体で必死になって手足の枷を外そうとするがビクともしない。また他人の駒のような扱いを受けるなら死んだ方がマシだ! そんな俺の抵抗を嘲笑うかのように女は俺の顔を両手で挟み込み、その冷たい眼差しで俺の両眼を覗き込む。


「くそっ! 止めろ!」


女の目から言い知れぬ圧力を感じて頭が痺れてくる。このまま俺も女の言う命令だけを聞く木偶に成り下がるのかと固く目を瞑った瞬間、頭にかかっていた靄が一気に晴れた。薄目を開けると、女は俺から離れて小屋の扉に手をかけていた。


「……と言いたいところだが、今日はもう打ち止めだ。さっき新しい配下を増やしたところだからな。お前にスキルを使うのはまた明日だ」


パタンと軽い音を立てて閉じられた扉を見て安堵の為か、俺は一気に脱力してその場に崩れ落ちた。額や背中は汗でぐっしょりと濡れ、全身に得も言われぬ不快感が残る。今は偶然助かったが、あのまま女のスキルが発動していればどうなっていたか。


「……何とかして逃げ出さないとな。問題はこの拘束をどうやって解くかだが……」


スキルも使えないければ自力で破壊する事も出来そうにない状況に、思わず頭を抱えたくなった。後は味方が助けに来てくれる事を期待するしかないが、正直期待できない。リーシュとハグリーは奴隷として買われただけで、俺に対する忠誠心などは持ち合わせていないはずだから期待できない。他の賞金稼ぎもわざわざ助けに来てくれるほど親しくなかった。つまり自分で何とかしなければならないって事だ。


「焦るな……こういう時こそ冷静に考えろ。焦ったら上手くいくものも上手くいかなくなる」


自分に言い聞かせるようにそうつぶやく俺を残し、辺りは夜の帳が下り始めた。

「とある魔族の成り上がり」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く