とある魔族の成り上がり

小林誉

第27話 顔合わせ

部屋の中では一人の男が机に向かって忙しく仕事をしていた。年齢は五十代半ばぐらいだろうか? 黒髪に白髪が目立つ線の細い男だ。この部屋にはこの男しか姿が見えないので、彼が依頼主で間違いないだろう。


「旦那様、依頼を受けた賞金稼ぎの方々がいらっしゃってます」
「うん、すぐに終わるから待っててくれ」


メイドの言葉にも書類から目を離そうとしない。どうやら彼の仕事が一段落つくまで待っていなければいけないようだ。メイドに促されて部屋の中にある長テーブルに着いた俺達に、一度部屋を出たメイドがお茶を入れに戻って来る。その間依頼主を横目で見ていたが、彼はずっと忙しく仕事をしていた。よほど儲かっているのか、それとも人手が足りないのかのどちらかだろう。


「お待たせして申し訳ない」


こんな所で世間話もあるまいと無言でお茶を飲んでいた俺達三人に、ようやく仕事が終わった依頼主から声がかかる。彼は一つ大きく背伸びをすると、大股で近寄って来て俺達の向かい側へと腰を下ろした。そして実力を確かめようとでもいうのだろうか、俺達三人を舐めるようにじっくりと観察する。


「ふむ、ハーフに翼人種、それに獣人か。変わった組み合わせだが、なかなか強そうじゃないか。誰がリーダーなんだ?」
「俺です。他の二人は奴隷ですよ」


俺のようなハーフが奴隷を連れ歩いていると言う事実が驚きだったのか、依頼主は目を剥いて連れの二人の首筋を確認する。彼の視線の先には俺の奴隷である事を証明する首輪の姿があった。


「ハーフが奴隷とはな……普通は逆なんだが、それが出来ると言う事はよほど君の才覚が優れていると言う事なんだろう。その上二人もスキル持ちが居る。これなら依頼を受けてもらっても問題なくこなせるはずだ」
「その依頼なんですが、具体的には何をするんです?依頼書には大森林の調査としか書かれていなかったんですが」
「それなんだが……」


依頼主の話によれば、最近街の東にある大森林で木こりをしている男から気になる情報がもたらされたらしい。その情報と言うのが、どうも森の中で複数の魔族の姿を見かけたと言う事なのだそうだ。大森林では人族、魔族共に狩りや木こりで生計を立てている者が居るので、森の中で魔族を見かける事はたまにある。だがそれはあくまでも一人や二人に限り、今回の様に十人以上が集団で動く事は今までなかったそうだ。


「……杞憂で済めば良いのだが、魔族共が何か良からぬ事を企んでいる可能性も十分あるからな。奴等が何をしているのか、それを調査してきてほしいのだ。もちろん軍事拠点などを作っているなら破壊してもらうし、魔族に遭遇したら殲滅するのが条件だ。ただの調査で一人につき金貨十枚と言う報酬は、危険手当も意味しているんだ」


……なるほどね、確かに魔族がウロウロしているなら複数の賞金稼ぎを集める必要もあるだろう。仮に俺達だけで森に向かっても、奴らに発見されてあっと言う間に全滅するのがオチだ。他の賞金稼ぎと組むのはなるべく避けたいところだったが、この状況ではそうも言っていられない。


「内容は理解しました。もう他の賞金稼ぎは集まっているんですか?」
「広間にいるよ。案内しよう。ついて来なさい」


そう言って席を立った依頼主の後をついて行く。一度部屋を出て左に向かいしばらく進んで行くと、扉と扉の間隔が長いので広間が近いとわかる。ある部屋の前で立ち止まった依頼主の目の前には両開きの大きな扉があった。先頭を歩く依頼主がノックもせずに扉を開けると、部屋の中には十人程の人間が思い思いの席でくつろいでいるのが見えた。


「皆聞いてくれ、同じ依頼を受けたお前さん方の同業者が追加で参加する。仲良くしてやってほしい」


依頼主の紹介に、先に来ていた賞金稼ぎ達は興味深そうな目で俺達を観察してくる。好意的な目で見ている者は少数で、半分ほどがちらりと見た後興味を無くした様に視線を逸らせた。中には俺の瞳の色を見て露骨に嫌悪感を示す者や、好色そうな目でリーシュを上から下まで舐め回す様に眺めている者も居る。決していい雰囲気とは言えないが、いきなり揉め事を起こすのもマズいだろうと思い、あえて反応する事無く俺達は空いている席に着いた。その気まずい様子を黙って見ていた依頼主は愛想笑いを浮かべ、いそいそと部屋から出ていこうとする。


「……まあ、仕事さえしてくれるなら、こちらとしては言う事ないよ。じゃあ人数もある程度揃った事だし、早速現地に向かってもらおうかな。シード、後は頼むぞ」
「はい。お任せください」


依頼主の言葉を受けて、賞金稼ぎの中から一人の男が立ちあがった。どうやらこのシードと言う三十代ぐらいの男が俺達のまとめ役らしい。シードは白髪を短く刈り込み、長身で体だけ覆う鉄の鎧を着こんでいた。腰には長い剣が一本のみで、盾の類は持っていない。部屋を出ていった依頼主の代わりに皆の正面に回り込み、彼は一つ咳払いをして話し始める。


「まず名乗らせてもらおう。俺の名はシード、セイス様の配下で、君らのまとめ役を仰せつかている。特に俺から話す事はないんで、たった今から出発するぞ」


セイスってだれだっけ? と一瞬頭を悩ませ、そう言えば依頼書に書いてあった依頼主の名前がそうであったことを思い出す。そう言えばそんな名前だったな。


「現地までは馬車二台で行く予定だ。屋敷の前に用意されているはずだから、各自適当に乗り込んでくれ」
「ちょっといいかい、シードさんよ!」


シードの言葉にその場に居た全員が立ち上がりかけたその時、一人の賞金稼ぎが手を上げながら大声を出す。皆の注目を集めたのは、さっき俺を露骨に嫌悪する目で見つめていた賞金稼ぎだ。奴はもはや嫌悪感を隠そうともせず、俺を指さしながら露骨に罵倒し始めた。


「なんでハーフなんぞと一緒に行動しなくちゃならんのだ? そいつは半分魔族なんだぜ!? 闘いが始まった時に寝返られたらどうするんだ! そんな奴が居たら、足を引っ張られるに決まってるだろ!」


どうやら俺の存在が気に入らないのは声を上げた男だけじゃないらしく、男の近くに座っていた二人も厳しい目で俺を見ていた。


「……依頼を受けるのに制限はない。人族、獣人、ハーフに妖精族、希望者は誰であろうと受け入れるのがセイス様の方針だ。種族によって差別される事はない」
「でもよ! 万が一って事があるだろ! ハーフだぜハーフ!? 汚らしい魔族の手先なんだぜそいつは!」
「文句があるならお前等だけ抜ければいいだろ。こっちもお前等みたいなのと一緒に動いて、足引っ張られたくないからな」


いい加減頭にきた俺の反論に驚いた様に、一瞬男は呆けた様な表情を浮かべた後次第に顔を赤くし始める。自分が最底辺の存在として認識しているハーフに口答えされるなど、男にとって思ってもいなかった事なのだろう。


「ハーフごときが生意気な口きいてんじゃねえぞ!」


怒鳴り声と共に男は腰の剣を抜く。それに呼応するかのように、男の取り巻き二人も同じように武器を構えた。即座に反応した俺達が武器を構え、部屋は一触即発の緊迫感に包まれる。


「やめんか! これ以上騒ぐならお前達だけ仕事を抜けてもらうぞ! 依頼を受けたからには依頼主の指示に従え! それが嫌ならとっととこの場から出て失せろ!」


シードの一喝にその場が静まり返った。男達は舌打ちしながらもしぶしぶ武器を収め、憎々し気な目でこちらを睨んでくる。やれやれ……ハーフにどんな恨みがあるのか知らないが、別に俺個人から危害を加えられた訳でもないだろうに。まだ不満げな男達は俺に対する敵意を隠そうともせず、先に部屋を出たシード達他の賞金稼ぎの後に続いて部屋を出ていった。


「ケイオス。今回の仕事、最悪魔族以外も敵に回ると思っていた方が良いぞ」
「俺もリーシュと同感だな。それにしてもケイオスよ、お前さん随分と嫌われたもんだな」
「……ま、あれだけ露骨に敵意を示す相手は珍しいが、差別されるのはこれが初めてじゃないからな。別に気にしてないさ。それより二人とも、あいつらが妙な真似をしないか、常に気を配っておけよ」


リーシュの言う通り、あの連中がどさくさに紛れて背中から攻撃してくる可能性は十分あり得る。用心しておいて損はない。俺の言葉にうなずく二人を引き連れて、最後まで部屋に残った俺達は先に行ったシード達の後を追った。

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