とある魔族の成り上がり

小林誉

第21話 根暗な依頼主

「…ここが依頼主の屋敷か?」
「らしいな。他に建物も無いし、ここ以外あるまい」


依頼を引き受けた俺とリーシュが辿り着いたのは、街からかなり離れた山中にある屋敷の前だった。かなり大きな屋敷ではあるものの、あまり整備が行き届いていないらしく、壁には名も知らぬ植物の蔦が無数に張り付いている。冬のどんよりした雲の下で見る屋敷は、死霊系の魔物が出て来てもおかしくない雰囲気だ。


思わず二人してゴクリと喉を鳴らすが、とにかく黙って立っていても仕方が無い。軋んだ音を立てる門扉を開け、俺達は敷地内へと足を踏み入れた。屋敷の大きさに比例して敷地内にある庭も相応の大きさを誇っている。ただこちらも整備と言う概念が欠落しているらしく、過去に美しかったであろう庭は雑草が生え放題の無残な姿を晒していた。


屋敷の入口には大きなドアノッカーがついているが、こちらも錆び放題だ。だが無断で屋敷に入る訳にもいかず、意を決してそれを叩く。ガンガンと大きく鈍い音が周囲に響き渡る事しばし、軋んだ音を立てて内側から扉が開かれた。


「………」


中から顔を出したのは陰気そうな男だ。年の頃は二十代の半ば程のまだ若い男だが、その暗い雰囲気のために四十にも五十にも見える。雰囲気に圧倒されて何も言えないでいる俺達としばらく見つめあった男は、外見から想像できる通りのぼそぼそとした喋り方で話し始めた。


「…何者だ?」
「あ…俺達は賞金稼ぎ組合の依頼で来た賞金稼ぎで…」
「賞金稼ぎ?ふん…あの依頼か。ハーフってのが気に入らんが…いいだろう…入れ」


そう言うと男は俺達二人を屋敷の中に招き入れる。俺は人族の領域に入ってから初めて差別らしい差別を受けた事に少し驚いていた。魔族は性格的に言いたい事を言う奴が多いのだが、人族は体面を気にするあまり露骨に他者を非難する事は少ない。その人族に面と向かってハーフ呼ばわりされた事に新鮮さすら感じていた。


屋敷の中は敷地同様にかなりの広さを誇っており、廊下や階段の踊り場には豪華な調度品があり、壁には誰のものか解らない大きな肖像画までかけられていた。だがそれらは一つの例外も無く埃をかぶっている。誰も手入れなどしていないのだろう。


男は俺達二人に構う事無く廊下を進み、ある一つの部屋の中へと消える。ついて来いとも入っていいとも言われていないが、この依頼主には気を使うだけ無駄に終わると割り切り俺達も男の後に続いた。部屋の中では先に入っていた男がテーブルを挟んだ向こう側に座っており、俺達に向けて顎で席に着くように促す。なかなかいい性格の御仁の様だ。


「えーと、では早速依頼の内容について…」
「お前達に頼むのは依頼主である俺の護衛、そして襲撃者の始末だ。期間は七日、その間俺を守りきれば報酬を払おう」


こちらの話を遮って男は一方的に宣言する。その態度に辟易させられるが、詳しい話を聞かない事には先に進まない。護衛対象が嫌なやつなのは今のやり取りで確信したが、襲撃者の情報はあればあるだけ有り難いのだ。


「出来れば敵の情報など聞いておきたいのだが」


俺では埒が明かないと思ったのか、誰に対しても強気なリーシュが男に問いただす。男は俺を見た時とは違い好色そうな目でリーシュの全身を舐め回す様に観察した後、少し声のトーンを上げて話を続けた。


「…俺には弟が一人いるんだが、今そいつと領地の相続で揉めていてな。後七日経てば全ての財産が法的に俺の物になるんだ。あいつはそれを阻止するために何とかして俺を殺そうとして来る。お前達にはそれを阻止してもらうぞ」


なんだよ…金持ちのお家騒動か。随分とつまらない事に巻き込まれてしまったが、今更止めると言う選択肢は無い。話を続けよう。


「その弟と言うのはどんな奴だ?強いのか?それとも金で雇った人間に襲わせるような奴なのか?」
「…あいつは金を持ってないから人を雇ったりはしないはずだ。ただ…弟はスキルを持っている。場合によっては単独で来るかもしれん」
「スキルの内容は?」
「…知らん。あいつは一度たりとも俺の前でスキルを使った事が無いからな」


スキル持ちね…どんなスキルか解っていれば対策の立て様もあるんだが、何も情報が無いなら屋敷の中に立て籠もるぐらいしか手が無いぞ。放火されて屋敷ごと焼き殺される危険はあるものの、仮にも財産を狙う奴が火をかけるとも考えにくい。となれば、やはり屋敷に籠るのが無難だろう。


「…お前達には早速今日から泊まり込んでもらうぞ。この隣の部屋が空いている。好きに使え」


それだけ言い切った男は、話は終わりだとばかりに俺達二人を部屋の外に追い出した。やれやれ、こいつ本当に狙われている自覚があるのだろうか?仕方が無いので二人して隣の部屋に移ると、そこは予想通りベッドはおろか家具まで埃まみれだった。解っていたとは言えその状況に二人してため息を漏らす。


「…これじゃ野宿の方がマシじゃないのか?」
「文句を言っても仕方あるまい。軽く掃除しよう」


まるで母親の様に俺の尻を叩くリーシュにため息をつきながら、俺は掃除道具を探しに一回へと足を向けた。こんな調子で本当に大丈夫なのかね?

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