とある魔族の成り上がり

小林誉

第8話 拠点

ヴィレジの後に続いて歩いて行った先には、俺の元居た村より少しばかり規模の大きい村があった。建物も木造建築が多く、土壁の造りの建屋は数えるほどだ。この辺りには雪があまり降らないのか、それとも頻繁に除雪しているのかは不明だが、建物の屋根や人の通り道には雪が残っている事は無かった。


「領主様、お帰りさないませ」
「ああ、ただいま」


農作業をしている村人達の横を通り過ぎる時、その中に居た一人の村人からヴィレジが話しかけられた。笑顔で挨拶を返すヴィレジの事を、俺はボロが出ていないか後ろからじっくりと観察する。魅了で操っているにも関わらず、自然な態度で返事を返すヴィレジ…この村に到着するまで色々と聞き出した情報から細かい決め事をしていたのだが、他者に対する態度も事前に打ち合わせしてあったのだ。


「いつものように振る舞え。ただし、あまり不愛想にならないように笑顔で対応しろ」


俺の指示した事はこれだけだ。普段ヴィレジがどんな態度で他人に接しているのか解らないので、こんな曖昧な指示しか出せなかった。本人から聞き出したかったが、それをしたところで本人が失礼と思っていなければ、どんな無礼な態度でも愛想よくしているつもりになってしまうから、あえて笑顔でと言う項目を付け足しておいた。


後ろを歩く俺に気がついた村人達が何か言いたそうにしていたが、仮にも領主の連れている相手に無礼を働く訳にはいかないと思ったのだろう。どんな女なのか気になった村人同士でひそひそと話をしていたものの、俺達の姿が見えなくなると興味を失ったのか、再び農作業に戻って行った。


「戻ったぞ」
「お帰りなさいませ、旦那様。…あの、旦那様?後ろの方は…」
「彼女は俺の大事な客だ。失礼の無いようにしろよ」
「は、はい…」


ヴィレジの屋敷の中に入ると、召使らしき一人の老婆が出迎えに出てきた。俺を見つめるその目からは、ハーフに対しての蔑みや侮蔑よりも、不審の方が強く感じられる。無理も無い。度重なる体の変化によって俺の着ていた服など全てボロボロになっているし、ディウスから奪った最後の一着もイノシシによる攻撃で雑巾と大差が無くなっている。今の俺は大事な部分だけを布で隠した、ただの痴女にしか見えないだろう。


「何か着る物を貰えますか?」
「は、はい」


ニッコリと笑って老婆に催促すると、無遠慮に観察していた態度を叱られるとでも思ったのか、老婆は慌てて屋敷の奥に姿を消した。その間俺は久しぶりに風呂にでも入るとしよう。村を出てからと言うもの、濡らした布で体を拭うぐらいしかしていない。流石にこの季節に水浴びするのは自殺行為だし、山小屋の中で風呂など夢のまた夢だった。


ヴィレジに風呂まで案内させると、いつ領主が帰って来ても入れるようにしていたのか、既に湯を張った浴槽が用意されていた。いったい何本の薪を無駄に使っているのかと呆れるが、それだけヴィレジの財力がある証拠なのだろう。着ている物を脱ぐと、桶に湯を汲んで何度か頭から浴びる。冷えた体には少々熱すぎたが、次第に体の芯から温まっていく感覚に自然と顔の筋肉も緩んでいく。


「はあ~…」


久しぶりに湯船につかると、体に溜まった疲労が湯に溶け出していきそうな気がして一気に眠気が襲って来るが、バシャバシャと顔を洗う事で何とか耐える。寝るのは後だ。今はこれから先どうするかを考える必要がある。とりあえずの拠点となる場所は手に入れた。あまり長い期間居座ると他の土地にまで噂が広まるだろうから長居は出来ないので、短い期間で集中的にスキル持ちと接触する必要がある。


まず第一に優先したいのがヴィレジの友人知人、または親戚などに居るスキル持ちとの接触。ヴィレジ自身も小さいとは言え領地持ちだし、身分の高い魔族との面識はそこそこあるはずだ。


魔族領における貴族と言う存在は、身分が高ければ高い者ほど強力なスキルを持っていると以前ワイズから聞いた事がある。人族では何よりも優先するのが血筋だが、魔族では力の強い者ほど多くの尊敬を集め、その次に財力のある者が支持を集める。このヴィレジはどちらかと言えば財力でこの地位に居るタイプの魔族なのだろう。


当面の目標はそんな貴族の端くれであるヴィレジを利用してスキル持ちと接触し、期待できそうなスキルなら力ずくで奪い取る。どんなスキルを持っているかはヴィレジに探らせれば俺に被害はこないはずだし、危なくなったら財産を拝借してこの地を離れればいい。


「よし」


とりあえずの方針が決まったので風呂から出ると、真新しい女物の衣類が脱衣所に用意されていた。いつの間にかあの老婆が用意してくれたらしい。それらにそでを通してすっきりした気分で廊下に出れば、老婆が俺の事を待っていた。


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「お食事の用意が出来ております」


先程案内された俺専用に用意された個室のドアの向こう側から、老婆のしわがれた声で食事を摂るように告げられた。食堂に設置されているそれほど大きくないテーブルには、座席の数は二つしかない。言う間でもなく俺とヴィレジの分だ。老婆は普段別室で食事をしているらしく、領主と席を共にする事は無い。俺は遠慮なく席に着くと、ヴィレジの反応を待たずに食事を始めた。


まともな食事などたまに作ってくれたアンジュの昼飯ぐらいしか経験の無い俺にとっては、このテーブルに並ぶ料理は正に未知の存在だった。見た事も無いフワフワしたパンや、食欲をそそる匂いを漂わせる肉。みずみずしい野菜がいっぱいに盛られた小皿など、どれも一口食べるだけで感動できる代物だった。


ずっとこの家で暮らしていきたい。ふとそんな甘い考えが沸き上がるが、すぐさま首を振って頭から追い出す。忘れるな。ここは仮初の住まいに過ぎない。魅了で操っているだけなら、その内必ずボロが出る。そうなれば身を立てるどころか良くて牢獄行き、悪くすれば打ち首だ。俺は緩みかけた気を再び引き締めると、残りの料理を胃に押し込めた。


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「私の知人にスキル持ちの男が一人居ます。何のスキルかは聞いておりませんが、ケイオス様が必要とされるなら、こちらを尋ねる様に使いを出しましょう」


老婆の運んできた食後のお茶を飲みながら、ヴィレジにスキル持ちの情報を問いただすと、あっさりとその存在を告げてきた。男か…どんなスキルか解らないのが問題だが、そいつのスキルを奪えば少なくとも男に戻れるかもしれない。やってみる価値はあるだろう。


「さっそく誘き出せ」
「承知しました」


深々と頭を下げるヴィレジの眺めながら、俺はどうやってその男からスキルを奪うか、頭の中で方法を考える事にした。

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